第11話 村を出る日

 翌朝。

 村はいつもと変わらず静かで、鶏の声がのどかに響いていた。

 けれど僕の胸の内は、昨日の夜からずっと落ち着かなかった。


 畑を荒らした魔獣を追い払ったことで、村の人たちの目が変わった。

 これまで避けられてばかりいたのに、今日は道を歩くだけで「ありがとう」と声をかけられる。

 少し照れくさくて、でも悪い気はしなかった。


「これ、旅に持っていきなさい」

 パン屋のおばさんが袋いっぱいの丸パンを渡してくれた。

「焼きたてだから熱いけど、すぐ食べれば元気が出るよ」


「ありがとうございます」

 深く頭を下げると、胸元のミオがぷるんと顔を出す。

「ムキュッ!」

 短い手をちょこんと出して、袋に触れる。


「……お礼、言ってるのかな」

 僕がそう言うと、おばさんは目を細めて笑った。

「ほんと、いい子だねぇ」


 広場では、昨日一緒に遊んだ子どもたちが集まってきた。

「スライムのお兄ちゃん、もう行っちゃうの?」

「また遊んでよ!」


 泣きそうな顔で見上げてくる子もいる。

 ミオは地面に降りて、子どもたちの足に「ぷにゅ」と体をすり寄せた。

 別れをわかっているように。


「また来るよ」

 僕は子どもたちの頭を順番になでながら答えた。


 ――そして。


 村の門まで来たとき、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。

 見慣れた景色を背に、僕は深呼吸する。


「行こう、ミオ」

「……さと、……くん!」


 たどたどしい声が、背中を押してくれる。

 ミオは短い手を伸ばして、僕の手に触れた。


 ぎゅっと握り返す。

 ――もう、ひとりじゃない。


 僕とミオは、村を後にして歩き出した。

 新しい世界へ。


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