road to the zenith
西順
zenith=頂点
「ぜえ……、ぜえ……、ぜえ……」
ひたすら歩き続けて1時間。流石に歩き続ける事に限界を感じ、近くのハンバーガーチェーン店に逃げ込む少年。と言っても学生のお小遣いなど高が知れているので、ハンバーガーは注文せず、とりあえずコーラだけを注文して、お一人様席に座った。
自分が思っていた以上に喉が渇いていたらしく、思わずコーラをカップの半分まで飲んだところで、ハッと我に返り、ストローから口を離す。
「危ねえ。飲み干したらここに滞在する理由がなくなって、またすぐに歩き出さなきゃならなくなっていたところだった」
そう言いながらスマホを取り出し操作すると、ゲーム画面に切り替わる。画面に現れたのはステータス画面で、キャラクターとそのステータスが表示されている。
キャラクターはいかにも初期装備と思われる革の鎧を着ており、武器も何の変哲もない剣である。それがこの少年がまだこのゲームを始めたばかりである事を物語っていた。そしてステータスのある項目を見て、少年は嘆息する。
「1時間歩いて5863歩か。確か10連ガチャ1回で10000歩必要だから、帰りも同じくらいの歩数だと考えると、ガチャ1回くらいは引けるか。でもなあ……」
少年の顔は決して明るいとは言えない。彼が遊んでいるこのゲームの名は、『road to the zenith walk』。彼が好きなゲーム、『road to the zenith』シリーズをベースにした、現実世界を歩く事でゲームが進行していくタイプのゲームだ。
そもそも『road to the zenith』シリーズ自体が、ゲーム内の世界を歩き回り、その歩数が戦闘力となるゲームなので、今やっている『road to the zenith walk』と言うゲームがスマホゲームとして登場したのも当然であった。
しかしゲーム内世界を歩き回る『road to the zenith』と違って、この『road to the zenith』は実際に現実世界を歩き回らなければならないので、体力のないゲーマーには酷であった。
『road to the zenith』は、歩数がゲームの肝となるゲームだ。ゲーム内の広大なフィールドを歩き回って歩数を稼げば、その歩数の分、戦闘力が上がる。フィールドに現れるモンスターを倒してもレベルは上がらない。そもそもこのゲーム自体にレベルと言う概念はないのだ。歩数こそが全てであり、歩数こそが正義。それが『road to the zenith』と言うゲームだ。
ではモンスターは何の為に出現し、何故倒さなければならないのか。それはストーリーを進める為である。『road to the zenith』では魔王によって人間の世界は極端に制限された状態から始まり、最初は歩ける範囲がとても狭く、その範囲内を歩き、一定数のモンスターを倒す事でボスモンスターが現れる。そいつを倒す事で、新たなフィールドが解放され、ストーリーが先へ進んでいく。最終的にはマップを全て解放し、世界を魔王の手から取り戻すのが、シリーズを通しての主人公の目的となる。
が、それはゼニス公式が用意したこのゲームの入口に過ぎない。このゲームを遊び尽くす者たちにとって、このゲームの肝は、対人戦にあるからだ。
歩けば歩く程強くなる。と言う簡潔なコンセプトゆえ、このゲームにのめり込んだ者たちは、ひたすら歩き回る。魔王を倒しても尚歩き回る。何故か? 最強を目指してだ。
このゲームにも様々な武器がある。魔法がある。しかしこの世界に通貨は存在しない。全ては歩数に収束するからだ。つまり歩数はプレイヤーの戦闘力でもあり、通貨でもあるのだ。強い武器を手に入れたければ歩け。強い魔法書が欲しければ歩け。それがこのゲームの掟でありルールだ。
しかし何かを手に入れようとするならば、それは戦闘力を犠牲にする事と同義である。歩くだけならば、最初のフィールドをひたすらぐるぐる回っていれば良い。しかしそれでは対人戦では勝てない。どれだけ歩いて戦闘力を上げても、強い武器や魔法を使ってくる他プレイヤー相手では後手に回る事になる。なのでこのゲームで強い武器や魔法を手に入れる為、プレイヤーは世界を踏破する。魔王を倒してもその先に隠しフィールドが存在している場合がある。そしてそこには、そこにしか売っていない強力な武器や魔法書が売っているのだ。
だからプレイヤーは歩く。歩き回る。強力な武器や魔法書は値段が高いからだ。そしてそんな強力な武器や魔法を手に入れても、歩数の殆どを武器や魔法に回してしまったら、今度は歩数の戦闘力が著しく低下し、対人戦で勝てなくなってしまう。
なのでプレイヤーはどれだけ歩けばどれだけの武器や魔法が手に入るのか。己の戦闘力と相談しながら、歩いて歩いて、歩いて行かなければならない。それは尽きる事のない己の鍛錬であり、世界の探求なのだ。
『road to the zenith』は魔境。他のゲーマーたちからはそのように揶揄される。それは対人戦が意味の分からないレベルで展開されるからだ。カードゲームに近いターン制バトルの『road to the zenith』の対人戦は、rookie、bronze、silver、gold、platinum、diamond、masterと分けられ、更にその上にこのゲームの名前にもなっているzenithと言う最高位ランクがある。
このゲームの対人戦で1番プレイヤー数が多いのがplatinum帯と言われ、そこでの死闘も脳を焼くくらいの興奮ものなのだが、zenithは正にレベルが違う。その武器どこで手に入れたんだよ!? その魔法どこで売っていたんだよ!? それ24時間歩き回っていないと出せない戦闘力なんですけど!? 観戦者たちのそんな言葉がチャット欄を高速で流れていく中、それに負けないスピードで、どんな仕様なのか分からない武器や魔法が飛び交うのが、『road to the zenith』のzenith帯のバトルなのだ。それは対戦する2人のプレイヤーの脳を焼くだけでなく、それを観戦している世界中のプレイヤーたちの脳をも焼く、正しく頂点を決める熱き真剣勝負であった。
そんな熱いゲームの最新作として出されたのが、少年が遊ぶ『road to the zenith walk』なのだ。まだゲームが発売されてから1日。この時期からならば、まだ10代の自分でも、zenithまでとは高望みしないまでも、diamondやmasterまでは辿り着けるのでは? と思って、ゲームをダウンロードして街中を歩き始めたものの、どうやらそう簡単にはいかないらしい。普段から家の中でゲームばかりしている者には、外を歩き続ける事は、そんなに甘いものではないようだ。1時間歩いただけでバテバテである。
今最前線で戦っている者は、どれくらいなのだろう? と、コーラ片手に調べてみると、
「は!? もうダイヤ到達しているプレイヤーがいるのかよ!?」
と驚いてスマホをテーブルに落としてしまった。
(いやいや、これまでのシリーズから逆算すると、ダイヤに到達するには、それこそ24時間歩き続けなきゃ無理だろ!?)
理解が及ばず、落としたスマホを拾い、SNSや掲示板で情報収集してみると、噂や憶測が乱れ飛んでいた。ある者は、歩かずにスマホを振って歩数を稼いでいるのでは? と発信するも、このゲームではGPSの設定が絶対なので、それはあり得ない。と他の者が否定する。またある者が、電車や車と言った乗り物を使用して距離を稼いでいるのではないか? と発信すれば、このゲームはあくまで歩く事を前提に作られているので、歩く速度以上での移動でも、それを感知して歩数に記録されない。とこれも否定されていた。
そんな様々な情報の中で、これは確度が高い。と皆が噂するのが、チームを組んでこのゲームをしている。と言う情報だった。つまり、複数人でチームを組み、1つのスマホを使って交代交代で歩いている。と言う事だ。これならばGPSの追跡も逃れられる。と噂に上り、中にはこれをしている人たちを見た。なんて情報を流す者もいた。
(うう〜ん、そこまでするのか? と言うか、そんな事して勝って、嬉しいのか? まあ、自分たちが頂点に立った! って言う自己顕示欲は満たされるのか。脳は焼かれないけど。まあ、こう言う輩は、強い武器や魔法を手に入れても、ガチ中のガチ勢と対戦したら、その戦術でボコボコにされるんだよなあ。今だけ頂点にいる幸せに浸っていれば良いさ。いや、交代交代でも24時間歩き続けているんだ。喜んでいる暇なんてないか。うわあ。無駄な足掻きをしているなあ)
そんな事を思いながら、少年は残ったコーラを飲み干し、今日のところはここまでと割り切り、家に帰って10連ガチャを回したのだった。
ちなみにこの戦法対策として、そして歩き過ぎによる怪我防止の為、運営から2時間置きに、顔認証、指紋認証、声紋認証によるランダム本人確認のうえ、送られてきたパスコードを打ち込まなければならないと言う、ガチ勢からしたら面倒臭い機能が搭載される事となったのだった。
road to the zenith 西順 @nisijun624
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