SCENE#80 迷い浪人 誠十郎、転んでもただでは起きぬ(大福拾うべし!)旅
魚住 陸
迷い浪人 誠十郎、転んでもただでは起きぬ(大福拾うべし!)旅
序章:剣と草鞋の珍道中、腹の虫は大合唱、そして伝説の転び方
時は江戸中期、泰平の世とはいえ、一度は主家を失い、浪人となった身には明日をも知れぬ不安がつきまとう…はずが、橘 誠十郎(たちばな せいじゅうろう) には、あまり縁がなかった。かつては腕利きの剣客として鳴らした男だが、今はもっぱら、道端の草花を眺めては「ふむ、この花は天ぷらにしたら美味そうだな…だが、揚げる油がない。人生とは斯くも不自由なものよ…」と呟く毎日。
腰には錆びた刀、心には空腹と、ほんの少しの虚無感を抱え、誠十郎はあてもなく、あてもなく西へ…というよりは、たまたま西へ向かう人の流れに乗って旅立っていた。目指す場所などない。ただ、美味いものにありつけたら、それでよし。
彼にとって、最高の剣筋とは、迷いなく食い物へ伸びる箸の動きであり、最も研ぎ澄まされた集中力とは、目の前の甘味をいかに早く平らげるかにかかっていた。ちなみに、彼のもう一つの隠れた才能は、石につまずく技術が天下一品であることだった。
第一章:お団子と人情の味、そして胃袋の神聖なる領地
最初の出会いは、東海道を進む道中、とある茶屋だった。誠十郎が茶屋の縁側で「お団子をあと三個…いや、五個!いや、できることなら、この茶屋の団子をすべて胃袋に収めたい!それが武士としての本懐よ!」と唸っていると、隣に座っていた年老いた行商人、源兵衛(げんべえ) が、誠十郎の器からこっそり団子を一つ摘まみ食いした。
「お主も好きじゃのう…」と源兵衛が悪戯っぽい笑顔を向けると、誠十郎は一瞬眉をひそめて「む、拙者の胃袋は神聖な領域ぞ。いかなる者も侵入を許さぬ…だが、お主のような古狸には特別に許可しよう。これもまた縁というもの…」と返す。
源兵衛が「団子は分かち合うてこそ美味いのじゃ。それに、このみたらしは格別じゃろう? 独り占めする輩は、地獄で鬼に団子を食い尽くされるぞ!」と笑うものだから、誠十郎も「ええ、特にみたらしは格別で…ま、一つくらいなら誤差の範囲ですな。人生とは、この蜜のように甘く、しかし、食べすぎると後で胃もたれという苦行が待っている…」と、妙な理屈で納得し、そこから意気投合。
源兵衛は人の良いおじいさんで、誠十郎が無愛想な顔をしていても、「おや、また顔に『腹減った』と書いておるぞ。まるで干からびた鯉のようじゃ。ひょっとして、お主、米問屋の隠居か? いや、それとも団子屋の守り神か?」などとからかい、道中、珍妙な世間話を語って聞かせた。源兵衛との旅は、誠十郎の凍っていた懐具合を少しずつ温かく…ではなく、閉ざされていた心を少しずつ解きほぐしていった。
ある宿場町では、身寄りのない子供たちが飢えている姿を目にした。かつての誠十郎なら「ふむ、腹が減るのも修行のうち。拙者も常に腹が減っている。これも試練…」とでも言っただろうが、源兵衛が「お主、お団子を十個も食べたろう? 少しは分け与えねばバチが当たるぞ!地獄で鬼に団子を食い尽くされるぞ!」と冗談めかして言うものだから、誠十郎はしぶしぶ、しかし内心では温かい気持ちで、僅かながらの銭と、懐に忍ばせていた干し柿を子供たちに分け与えた。
子供たちの屈託のない笑顔に、「ふむ、干し柿もなかなかやるな。団子には劣るが、空腹という試練に耐えるには、甘みもまた重要である。これを『飢餓の甘露』と名付けようか…」と妙な納得をする誠十郎だった。
第二章:大根騒動と友情の芽、そして大根哲学の開花と活用
旅の途中で立ち寄った村では、村人たちが「今年は大根が豊作すぎて困る!」と嘆いているのを目にした。誠十郎は首を傾げた。
「困る? 大根は煮ても焼いても美味かろうに。まさか、大根が動いて人を襲うとでも言うのか? それはそれで面白そうだが、まずは醤油で炒めてみるべきだ…」
しかし、話を聞くと、収穫しきれない大量の大根が悪くなってしまうという。そこで誠十郎、「よし、拙者に任せろ! 大根を食らい尽くしてやる! あの代官、美味しいと評判の店を独り占めしていると聞いた。許せぬ! この村の大根で、奴の胃袋を破裂させてやる!」と、かつて剣の腕を振るったように、今度は大根を捌き始めた。
「まずは切り干し大根だ! 食感の妙が肝心! まるで剣の達人が繰り出す連続技のようだな!」
「次は漬物だ! 塩加減は命取り! 一歩間違えば全てが台無しになる。剣術と通じるものがある!」
「余った分は…よし、大根踊りで消費しよう! 踊って汗をかけば、食欲も増すだろう! そして、大根とは、なんと奥深き野菜よ。煮込めば柔らかな慈悲の心となり、漬ければ酸っぱき試練となる。そして、すりおろせば、どんな料理にも溶け込む無限の可能性を秘めておる。まさに、人生の縮図!」
誠十郎の奇抜な発想と、源兵衛の「お主、本当に浪人か? 農夫の間違いでは? それとも、大根の精か? まったく、この御仁は剣より箸の扱いのほうがよほど達者じゃわい」という絶妙なツッコミが絡み合い、村は大騒ぎ。
村人Aは「…お侍さん、大根の話ですよな? なぜか説得力があるような、ないような…」と首を傾げ、村人Bは「いや、ひょっとして、大根の神様なのでは…? 我々は大根の神に救われたのか!」と呟いた。
最終的には、誠十郎の発案で大根を使った新しい料理が生まれ、村は活気を取り戻した。村人たちの感謝の言葉と、どっさりくれた大根を抱え、「しばらくは献立に困らんな。しかし、大根ばかりでは飽きそうだ…そろそろ肉が恋しい。やはり肉は全ての食材の頂点に立つ、揺るぎない存在だ!」と満足げな誠十郎だった。
第三章:猫と縁結びの珍騒動、そして温泉まんじゅう争奪戦と動物的嗅覚
旅は誠十郎を、とある温泉地へと導いた。そこで彼は、迷い猫を探しているという若女将、お春(おはる) と出会った。お春は誠十郎を見るなり、「あら、あなた、うちの猫にそっくり! 特にその仏頂面が! あ、でも、あの猫はもっと饅頭が好きそうな顔をしてるわ! あなたもね、誠十郎さん!」と抱きついてくる始末。
誠十郎は「拙者は猫ではない!それに、仏頂面とは聞き捨てならぬな。これは精悍な顔立ちだ。それに、拙者は饅頭より団子が…いや、今は温泉まんじゅうに興味がある…」と困惑したが、お春の純粋さに悪い気はしない。
しかし、どう見ても誠十郎は猫には似ていないのだ。源兵衛が「おや、お春さんは変わった目をしておるのう。もしかして、猫と人間の区別がつかぬ病か? それとも、よほど猫に飢えておるのか? まさか、お主、本当に猫に似ておるのか?」と茶化すと、お春は「だって、あの野良猫もこんなふうに仏頂面で、でも根は優しいのよ! それに、宿の番犬が誠十郎さんにお団子をねだっていたの! やっぱり誠十郎さん、何か動物と通じるものがあるのかしら? 動物たちは嘘をつかないものね!」と譲らない。
誠十郎と源兵衛は、渋々お春の猫探しを手伝うことに。しかし、猫はなかなか見つからず、代わりに誠十郎は、なぜか、温泉まんじゅうを追いかける犬と追いかけっこをしたり、「まさか、この川に美味い魚が隠れているのでは? 刺身にしたら美味かろう…活きの良い魚を捕らえるには、瞬時の判断と素早さが肝要だ!」と川で釣りをしていた少年が釣った魚を横取りしようとしたり…と、相変わらずの調子。
その途中、誠十郎がふと立ち止まり、嗅覚を研ぎ澄ませた。「…この匂い、まさか…!」。彼は温泉まんじゅうの香りに引き寄せられるように駆け出し、偶然、とある縁結びの神社で、お春が探していた猫と、猫を抱いた若い男を見つけた。
男は実は、お春が幼い頃に別れた幼馴染で、猫を介して再会を果たしたのだった。二人の仲を取り持った形になった誠十郎は、お礼にと大量の温泉まんじゅうを贈られ、「ふむ、猫も悪くない。特に温泉まんじゅうは。最高の剣筋とは、わらび餅の喉ごしのようなもの。一切の抵抗なく、すっと通り過ぎるのだ。そして、饅頭の香りを嗅ぎ分ける鼻もまた、剣士にとって重要な能力である!」と猫を撫でるのだった。
第四章:甘味と師弟の絆(?)、そして人生の甘さについて、と奇妙な経営戦略
旅路の途中、誠十郎は、かつての自分のように、生きる意味を見失い、甘味処の軒先でぼんやり座っている若い浪人、新助(しんすけ) と出会った。新助は、誠十郎を見るなり「あなた様も、人生に疲れた口ですか? 顔色が悪くて、まるで抜け殻のようですが、まさか…腹が減って倒れそうですか? おにぎりでも差し上げましょうか?」と問いかけた。
誠十郎は「いや、拙者は甘味に疲れただけだ。この団子の餡が甘すぎて、胃がもたれたのだ。甘さばかりでは飽きるし、固すぎても喉を通らぬ。人生とは斯くも奥深きものよ。特に甘味の奥深さは計り知れぬ…」と答え、新助は拍子抜け。
誠十郎は、新助の人生相談に乗る…というよりは、新助に様々な甘味を奢り、その度に「この大福の餡の甘さと餅の柔らかさが人生だ。甘さばかりでは飽きるし、固すぎても喉を通らぬ!」
「この羊羹のしっかりとした歯ごたえが、苦難を乗り越える力になる。だが、食べすぎると腹を壊す!」などと、妙な人生哲学を語り聞かせた。
新助は最初は「師匠、それは甘味の話では? それで剣術の奥義が掴めるのでしょうか…? もしかして、甘味処の経営学でしょうか?」と呆れていたが、誠十郎の奇妙な説得力と、何より美味い甘味に惹かれ、いつしか誠十郎を「甘味の師」と仰ぐようになった。
新助は誠十郎の教えを真に受け、「師匠、この『甘味の奥義』を甘味処の経営に活かしましょう! 甘さの強弱、食感の変化、そしてお客様の胃袋の許容量を見極めることで、店は大繁盛間違いなし!」と目を輝かせる。
新助の瞳に「次は何の甘味を食べようか…」という期待の光が戻った時、誠十郎は「ふむ、弟子の成長も、また一興!しかし、拙者の懐が寂しくなるのもまた事実…そろそろ修行と称して新助に甘味を奢らせるか。いずれこの甘味の奥義を記した書物を残せば、後世に名を残すことも夢ではなかろう。特に食いしん坊の歴史書に!」と、満足げに次の甘味処の看板を見つめるのだった。
終章:饅頭と縁の行く末、そして盛大な転倒、その後の余韻
数年の旅を終え、誠十郎は以前と変わらず、しかしどこか朗らかな表情をしていた。腰の刀は相変わらず錆びたままだが、その心には迷いがない…どころか、次はどこの土地の饅頭が美味いか、という新たな目標ができていた。彼はもはや、あてのない浪人ではなかった。旅の途中で出会った人々との縁が、誠十郎に新たな生きる意味…いや、新たな食の楽しみを与えていた。
ある日、誠十郎は、かつて大根騒動を解決した村を訪れた。村はすっかり賑わっており、子供たちは立派に成長し、大根を使った様々な料理が名物になっていた。
その光景を目にした誠十郎は、「ふむ、大根も出世したな!拙者の胃袋の肥やしとなった甲斐があったというものだ。やはり、腹が減っては戦ができぬ故、早く片付けて食事にありつきたい。そして、その食事こそが、我々を動かす原動力となるのだ。大根よ、これからも精進せよ!」と静かに頷いた。
誠十郎は再び旅に出る。しかし、それはもはや孤独な旅ではない。彼の懐には、源兵衛からもらった旅の思い出の品、お春からもらった大量の温泉まんじゅう、そして新助が初めて自分で作ったという、いびつな形の大福が入っていた。彼の心には、出会った人々との絆が深く刻まれ、その一つ一つの出会いが、誠十郎をさらに大きな…いや、さらに食いしん坊な人間へと成長させていた。橘 誠十郎 は、剣の道もさることながら、人との縁と、そして何よりも甘味の道を極めた、真の浪人となっていた。
そして、とある小道の石につまずき、盛大にステン! と転んだ。その転び方は、まるで計算し尽くされたかのように、地面に大の字になり、懐から大事な大福がころりと飛び出す。誠十郎は血相を変え、まるで愛する者を失ったかのように慌ててそれを拾い上げながら、誰にともなくつぶやくのだった。
「おっと、危ない。せっかくの甘味を粗末にするところだった…もしこれで餡が飛び出ていたら、拙者は立ち直れなかったぞ。剣士にとって刀は命だが、浪人にとっては甘味こそ命なのだ! この転び方もまた、人生の甘さ、そして油断を表している…拙者の石につまずく才能も、また新たな道の探求となるやもしれぬ!ワッハッハッ」
彼は何事もなかったかのように立ち上がり、大福を大事そうに懐にしまい直し、再び歩き出した。彼の旅は、まだまだ続く。どこかの里で、また新たな美味と、奇妙な出会いが誠十郎を待っているかもしれないから…
SCENE#80 迷い浪人 誠十郎、転んでもただでは起きぬ(大福拾うべし!)旅 魚住 陸 @mako1122
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