第3話 第一試練

 一通りの作戦を練り終わった俺たちは、各々の部屋に向かった。


 ドアを開けると、そこには一つのバッグが置いてあった。

 横には、{7時に転送されるので、それまで部屋から出ないでください}と書かれていた。


 バッグにマチェットが入るか不安だったが、ある程度縦長で助かったな。

 そんなことを考えながら、俺はバッグに食料と衣服を入れて翌日に備えた。


   ♠


 朝起きて、緊張感に体が震えた。

 体の興奮が収まらず、頭が異様に回る。

 俺は生きて帰れるのだろうか。

 不安は尽きないが、時間は迫ってくる。


 7時になると、視界に稲妻が走った。


 一瞬の浮遊感の後、俺は地面へと着地する。

 海風が俺の肌を撫でる。

 先ほどまでの殺風景な部屋とは異なり、目の前には海が広がっていた。

 見上げれば、青い空と太陽が見える。

 俺の隣には、先ほど用意していたバッグが転がっている。


「外……だと?」

 予想外な場所に、思わず言葉が漏れた。


 やべ、ぼーっとしてる場合じゃなかった。

 恵莉香に言われた通り、まずは合流しなきゃな。


 カードを取り出し、調べてみれば、新しく追加された地図機能を見つけられた。

 開いてみると、ここが島のような場所だという事が分かる。

 中央には何か大きな建造物、それを囲うように森やら、市街地みたいな場所やら、まぁ様々な場所があるようだ。


 広さはよくわからないが、1000人近くがここにいるなら相当広いのだろう。

 俺が今いるのは地図の南側だ。

 合流場所は、東の端。

 とりあえず色々探りながら移動しよう。

 そう思い、森に入りながら東の端を目指した。


   ♦


 ここは……森?

 周りには木々が生い茂り、照り付ける太陽の光を遮ってくれている。

 私のすぐ近くには先ほどまで用意していたバッグがあり、とりあえずそれを回収した。

 次に、カードを起動して現在地とこの島の地形を把握する。


 南寄りの中央か。

 まぁ悪くはないかな。

 それより、カードの自分の位置である赤い点から、レーダーみたいなものが発されている。

 そして、それに当たって一つ青い点が表示されている。

 運営が言っていた宝石なのか、それとも他の参加者たちの居場所なのか。

 表示された青い点は、この島の中央。

 東へ向かうのにちょうど通るし、探ってみるのも悪くないかな。


 私は中央の大きな建造物近くに立ち寄った。

 木々や林を抜けていくと、全長60mほどのタワーが聳え立っていた。

 真っ黒なタワーには、一つだけ扉らしき物が周りと比べ窪んでいた。


 私が木々から観察していると、扉らしき物が左右に開く。

 そこから出てきたのは、メタリックカラーをした人型のロボットだった。

 胸の部分には青い野球ボールほどの宝石が取り付けられていた。

 いや、重要なのはそこではなかった。


 右手はナイフのように鋭く、その右腕にはまだ乾ききっていない血がしたたり落ちている。

 立ち止まっていたロボットは、一つだけ突出しているカメラのような物を私の方に向けた。


 これは……ヤバい!


 直感的に危険を感じた私は全力で後ろへ走り出す。

 すると、後ろから少し遅れて、私に近づいてくる音が聞こえた。

 走っても走っても、その音は徐々に近づいてきているのが分かる。


 どうする!?

 戦うか!?

 この銃でまともに勝てるはずがない。

 勝機はカメラを壊す事のみ。

 初心者の私が当てられるかなんて分からない……チャンスは恐らく一回。

 体力のある今すぐ戦うべきか?


 無我夢中で走っていると、いつの間にか、私に並走して声を掛けてくる人がいた。

「ねぇあんた、ダイジョブそ?

 よかったら私が、あいつ止めたげよっか?」


 声を出す余力がない私は、首を一度だけ振る。


「了解」


 気が付けばその姿は消え、後ろから迫ってきていた音も消えていた。

 少し遅れてそれに気が付き、足を止める。


 し、死ぬかと思った。

 私は生粋の引きこもり。

 そんじょそこらの人間より、体力は圧倒的に低い。

 助けてもらわねば、もしかしたら……


 そんなことを考えていたら、私の目の前から女性が突如現れた。

 長身で白髪。

 タトゥーやらハートの耳飾りをつけている。

 あと私より圧倒的に胸が大きい!

 ずるい……私より一歳上くらいの見た目なのに!


「お疲れ~ほいこれ」


 そう言った彼女は、先ほどロボットの胸についていた宝石を私に手渡した。


「い、いや、いらないよ。

 助けてくれたのにその上、宝石まで」

「そう?

 私ポイントは余ってるし、要らないんだけど」

「それでも、受け取れない」

「そ、なら貰っとくか~」


 それに、あの運営のことだ。

 ロボットから離れた宝石にも、レーダーが反応するだろう。

 大方、それで参加者同士の奪い合いでも誘うつもりだ。

 なら現状、能力が使えない私が持っていても、リスクが増えるだけ。


「じゃ、私はもう行くから。

 またね、恵莉香」


 そう言うと、彼女の姿は瞬時に消えた。

 多少の違和感を感じたが、私は考え始める。


 やはり瞬間移動の能力か。

 私はカードを起動して地図を開く。


 青い点は……ない。

 レーダーの範囲は私を中心に半径30mほど、つまり彼女は30m以上離れてても移動できるのか。

 それとも私の予想が外れてて、宝石はロボットから離れればレーダーに反応しないのか。

 助けてもらった上、能力を探り囮にまでなってもらうのは申し訳ない気もするが、それもここでは仕方ない事だろう。


 にしても、なるほど。

 運営もよくこんな試練を考えたものだ。

 レーダーは宝石に反応して、宝石を持っているのは参加者を襲うロボット。

 知らないで近づけば、私のように殺される可能性がある。

 つまりレーダーは、宝を探す物でもあるが、敵を探す物でもあるわけだ。

 恐らく、あのようなロボットがこの島に多くいて、それから逃げながら生き残ることが、今回の試練の内容だろう。


 欲をかいてロボットを倒し、宝石を得ても、他の参加者に襲われる。

 宝石目的じゃなくても、バッグを目的に参加者を襲う人はおそらくいるだろう。

 全く、人の欲を使った良い試練だ。


 息を整え終わり、額の汗を腕で拭うと、私は再び歩き出した。


   ♠


 あれから何も起きず、俺は無事に、東の端に着くことができた。

 恵莉香を待っているうちに、日は沈み、夜になってしまった。

 俺は近くの木の上に登り、バレないようにと願いながら、眠ろうとしていた。


 恵莉香は無事だろうか。

 まぁ、今のところ試練は本当にただの無人島生活だ。

 恐らく恵莉香も、明日には無事にここへ辿り着くだろ。

 ……ん?

 今、何かが動く音が――!?


 俺は飛んでくる火球を、木から飛び降りて寸前でかわす。

 髪の毛が少々焼け、後ろでは木が燃え始めている。

 幸い、野球ボールほどの大きさで、速さは時速60kmほどだ。


「っぶねぇな」

「……あれを躱すのか。

 おい、てめぇのバッグとカードを寄越せ」


 そう言った方を見れば、30代ほどの男がいた。


「……は?

 正気かお前?

 そんなことのために俺を殺そうとしたのかよ」

「そんなこと?

 いやいや重要だろ。

 お前みたいなお利口さんには、わかんねぇかもな。

 俺は生き残りてぇんだよ。

 だから、てめぇを襲って奪おうかとな」


 カードは今後も使う。

 だから絶対に手放せない。

 バッグだけを渡して帰ってもらえるだろうか。

 ……バッグは諦め逃げるか。

 それともバッグを頑張って回収してから逃げるか。

 ……もしくは、戦って気絶でもさせるか。

 戦えば、俺の能力の使い方について何かヒントがあるかもしれない。

 それに……能力者ってのがどれほど強いのかも、理解しておくべきかもしれない。

 今後の試練において、能力がどれほどの物なのかについて理解しておくことはきっと重要だ。


「……はぁ。

 なあ、一日分の食料をあげるから、帰ってくれないか?」

「あぁ?

 駄目に決まってんだろ。

 全部だ、全部置いていけ!」


 距離——6m。


 いつもは短い距離が、今はとても長く感じられる。

 一歩、前に踏み出そうとした。

 だが、足は動かなかった。


 恐ろしく、怖い。

 …………死にたくない。

 記憶がなくて、失う物がないってのに、こんなにも死が怖いもんなのか?

 ……戦いたくない。


 足は、後ろにも、前にも進もうとしなかった。


 ここで勝って、なんになる?

 逃げてしまえば――きっと殺されることはない。

 ……いや、あのリュックには恵莉香の物もある。

 彼女の貴重なポイントを、俺のような足手まといのために、使ってくれたのだ。

 その恩義に対して、怖いから逃げました。

 だなんて、それでいいのか?


 俺は全速力で接近し、殴りにかかる。


「ぐっ!」

 男はすぐさま先ほどのような火球を二つ放ってきた。

 一つは左寄り正面、一つは右、退路を断って確実に当てる気だろう。


 俺は姿勢を低くしながら、間を縫うようにそれを避ける。

 緊張と恐怖が増すと同時に、今までの雑念が消えていく。


「馬鹿め!」

 叫ぶようにそう言った男の両手からは、バランスボールほどの大きい火球が生成され、射出された。

 先ほどより大きく、速く放たれた火球だ。


 俺は木を使い、三角飛びで火球を避ける。

 着地後を狙った火球も、寸前で回避し、さらに距離を詰める。


「化け物かよ!」


 残り2m。


 男は両手を俺に突き出し、再び火球を発射する。

 今度は連発。

 両手から計六つの火球が俺を襲う。

 その攻撃に素早く反応し、少し退いて、木を盾にするように攻撃を凌ぐ。


 あれが全力じゃなかったのか!?


 木の裏から、少し様子を顔を覗かせると、半径2mはある火球を生み出し、俺目掛けてぶん投げた。

 その火球は、盾にしていた木を吹き飛ばし、辺りを火と煙で包んでいく。


「……さすがに死んだか?

 はは、俺の能力がありゃこんなもんか」


 煙にまぎれ、背後から肉薄し、誇らしげに笑うその顔をぶん殴る。

 少し吹き飛びながらも、男は俺へと手を向けてきた。

 その手から火球が放たれ、俺に襲う。


「チッ!」

 俺は避けることは無理と判断し、左手で火球を受ける。

 それでも俺は足を止めず、前に走ってアッパーを男に見舞わせる。

 男の体が後方へ倒れ、そのまま意識を失った。


 それと同時に、俺の体から緊張が抜けていく。


 殺しに来た相手とは言え、人を殴るのはいい気がしないな……


 左手が痛い。

 爆風に巻き込まれたし、木片があちこちに刺さりやがった。

 まさかあれほどの連発と、高火力が出せるとは。

 最後の慢心がなければ負けてたかもな。


 いや、そんな事考えてる場合じゃなかった。

 そこそこの力で打ったが、気絶は数秒から数十秒で治る。

 まぁ治ってもしばらくはまともに動けないんだが。

 早めに、こいつのカードと、危なそうな物だけ奪っておかなきゃ。


 にしても、あまり燃え広がらなくてよかった。

 能力で作った炎だから消えやすいとかか?

 ……俺も早く、能力が使いたい。


 男が持っていたライター、ナイフ、カードを奪って自分のバッグに入れようとしたそのとき、俺は気が付いた。


 そういえば俺のバッグ木の上に掛けてたよな。

 ……もしかして燃えてるんじゃ。


 急いで確認すれば、そこにはマチェットだけが原型をとどめていた。

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