虚ろな俺と溢れた君
戸橋 斗春
第1話 終わりと始まり
「起きてくれよ。
……こんなの、嘘だろ?」
目の前には、胸にナイフが刺さった女性が倒れていた。
胸元を中心に、血が服を染めていく。
抱えている体は、先ほどまでの温度を少しずつ失う。
涙で、前はもう見えない。
—―隣で誰かが泣いている。
♠
「うっ」
目を開けた俺は、あまりの眩しさに声を上げた。
次第に、光に慣れて周りを見渡せば、そこは白一色の部屋だった。
家具はテーブルとクローゼット、そして自分が寝ていたベッドだけ、部屋の奥には機械的な引き戸が一つ見える。
どこかに照明があるわけでもないのに天井そのものが明かりを発し、部屋は十二分な明るさをもっていた。
先ほどのテーブルには、上に一枚の紙と、カードが置いてあるのが視認できた。
そして、次に気が付いたのは、自分の服装だ。
今着ているのは白衣、まぁそれは重要じゃない。
気になるのは自分の首についた首輪のような物。
首についているせいで、自分からでは見えないが、触った感触からして金属製の物だろう。
力を入れてみたが、外れることはなさそうだ。
ここは……どこだ?
俺は、どうしてここに……あれ?
……おいおい嘘だろ―—何も思い出せない。
考えても考えても、頭の中には何もない。
自分の名前、家族、友人、経験、俺には何も思い出すことができなかった。
気持ち悪さと虚無感が俺を襲うと共に、 ズキリと、頭に痛みが走る。
パニックになりながら過去を思い出そうとするが、頭痛により、思考さえままならなくなっていく。
頭痛に疲れ、俺はようやく思考をやめた。
……とりあえずここを調べるか、現状が何かしらわかるかもな。
俺は、不安をかき消すようにベッドから降り、テーブルの上にある紙を手に取る。
その小さな紙には{中央広場へ集まれ}とだけが書かれていた。
次にカードを手に取る。
手に取った瞬間、カードはスマホのように画面を映す。
そのカードは、かなり電子的で、薄いが強度はだいぶありそうに思えた。
カードには、ここの地図であろう物が映しだされていて、 食堂やら、道場やら、射撃場なんていう物騒な場所も書かれている。
そんな地図の真ん中に、大きく{中央広場}と書かれた部屋を見つける。
というか、文字とか単語の意味は理解できてるな。
う~ん……でもどこで学んだかとか、どうして知っているのかは分かんないんだよな~。
初めて見る文字なのに、意味だけはわかる。
なんとも言えぬ気持ち悪さともどかしさが、少し不気味だ。
家具なども、今まで見た記憶はないが、それがどのような物なのかはわかる。
ひとまずは、紙に書いてる通り中央広場へ向かうとするか。
そう考えた俺は、部屋の扉に手をかける。
難なく開いた扉の向こうは、病棟のような作りで、廊下の横に何個も整然と扉が設置されている。
そしてその扉の横には、カードリーダーのような物が付いている。
まるで囚人室だな。
そんなことを思いながら、俺はさっきのカードを頼りに中央広場へと足を進めた。
途中から、動く赤い丸が、自分の位置だと理解できたため、着くのに時間はかからないと思ったのだが……この施設……非常に大きい。
マップの中央広場から、比較的に近い場所からスタートしたはずなのに、20分程はかかった気がする。
道を何度も曲がり、少しずつ中央広場に近づくと、それと共に段々と声が聞こえ始める。
かなり複数の声だ。
ようやく着くと、俺はその光景に驚いた。
まず広場というのがとても巨大だ、高校の体育館が二個は入りそうなほどの部屋で、中央にはステージらしき物が見える。
そしてまばらにテーブルとイスが置かれており、そこでは大勢の人が不安そうな顔で話し合いをしていた。
大体1000人くらいか?
多すぎてよくわからないな。
みんな首輪をつけていて、老若男女問わず集まっているな。
というか、あれ?
なんか注目されてるような……
あっ、みんな服をちゃんと着替えてる……
そういえばクローゼットあったじゃん!
俺だけ白衣でめっちゃ目立つ……
はっず、いったん戻ろうかな。
そんなことを考えていると、突然誰かが俺に抱き着いてきた。
「うわっ」
驚きながらもそいつの体を支えると共に、俺は視線を下げる。
「よかった、生きてたんだ」
少し震えた声でそう言ったのは、15歳程の女性。
髪はセミロングで、目と髪色が少し青いのが特徴的だ。
服装もそれに合わせたような、青を基調としたリボン付きのTシャツが似合っている。
身長は160cmくらいかな?
ついでだが、まるで膨らみは感じなかった。
まな板レベルだ。
「抱き着かれるなら、胸があった方がうれしかった……」
「……え?
ごめん。
聞き間違えかな?」
当惑と殺意の宿った、形容し難い顔をしている。
「な、何してるの?
お前」
「……え?」
「え?
いや、だからどうしてこんなことを?」
「ご、ごめん。
会えた事に安堵してつい。
というか、ちょっと雰囲気変わった?」
じっと俺を見つめ、不思議そうに首をかしげる。
だいぶ当惑しているようだ。
俺がこんなことを言うと、予想していなかったのだろう。
「あ~もしかして俺の友達とかか?
いや、でも抱き着いてくるってことは、もしかして俺の恋人だったりするのか?」
より混乱したのか、言葉が出てこない。
アニメとか漫画だったら、顔の横にクエスチョンマークでも出てきそうな感じだ。
「あ、悪い。
まずこれを言わなきゃだよな。
俺さ、どうやら記憶がないみたいなんだ。
だから、お前のことも覚えてない」
「……え?
えあ?
あ、なるほど。
だからさっきから口調が違うのか」
「理解が早いな。
まぁそんな訳だから、苦労を掛ける」
「OK、分かったよ。
「その湊っていうのが俺の名前?」
「そう、君の名前は
私は
「ああ、よろしく頼むよ、恵莉香」
「……うわぁ」
「え?今引かれるようなことあった?」
「いやぁ、前の湊とのギャップが……凄くて。
前はこんなに本音での会話とか、元気な表情とかしなかったからさ」
それって、無表情で無口の人だったってことか?
過去の俺、めっちゃ話づらい奴だったのか……
そんなことを考えていた、次の瞬間。
目の端で、閃光が見えた。
そちらの方に顔を向ければ、この部屋の中央で、中性的な女性がふわふわと浮き、周りを見渡していた。
そして何かを確認して頷くと、その口を開いた。
「よし、みんな集まったみたいだね。
これから色々と伝えるけど、一度しか言わないから、よく聞いててね。
質疑応答はないから、そこのところも注意して。
最初に、君たちにやってもらうことを言おうか。
君たちには、超常的な能力を与えた。
その能力と、君たちの実力で、君たちの価値を私に見せてほしい。
能力は君たちに配ったカードから確認できるよ。
価値の証明のために、これから試練のようなものを与えるから、君たちはその試練を達成してくれ。
死ぬ可能性もあるから、全力で臨むことを勧めるよ。
最初の試練は二日後。
まぁチュートリアルみたいな試練だから、死ぬことはないと思うけど。
ルールについては、その日に説明するから、ちゃんと備えておくように。
そして次に、この施設での注意事項について説明しよう。
一つ目、他者の血を摂取してはいけない。
二つ目、ここから脱出してはいけない。
三つ目、自分の首輪をとろうとしてはいけない。
四つ目、私の言うことに従わなければならない。
五つ目、他者に危害を加えてはならない。
六つ目、物を盗んではいけない。
この六個に注意してくれ。破れば首が吹き飛ぶからね。
あ、ただし、試練とか実験のときだけ、五つ目以降の注意事項は守らなくていいよ。
それじゃあ、重要なことは伝え終わったから、帰るね」
次の瞬間、彼女の体が一瞬にして消えると同時に、辺りに一瞬だけ稲妻が走った。
「……いったい、どういう事だ」
誰かが発したその言葉を皮切りに、今までのみんなの不安が解放された。
混乱とパニックで声を荒げ、様々な言葉が聞こえてくる。
「湊、ついてきて」
そう言うと、恵莉香は俺の手を掴み、人混みの中から引っ張り出す。
そして、どこかへと歩き始めた。
「お、おい。
どこに行くんだ?」
「私の部屋。
理由としては、この漫画みたいな展開を、どうやって切り抜けるかってことを話し合うため。
あと、危害を加えてはいけないって言葉の抜け穴をついて、初手で催眠能力持ちが、催眠しまくるって展開を避けるため。
能力もルールも、どんなものか分からないから、一応念には念を入れないと。」
こいつ、状況判断能力高いな。
それに何より冷静だ。
しばらく歩くと、カードを扉へ
部屋の中は、俺と全く同じ作りになっており、俺は一先ずベッドに座らされた。
その隣に、恵莉香が座る。
……こいつ前から思ってたけど距離近くね?
パーソナルスペースバグってんのか?
……まぁ、俺としては少し嬉しいけど。
「……とりあえず、湊の質問に答えていこうか。
君も自分のことを知らないままだと、気持ち悪いよね?
まぁ、あまり答える気はないんだけど」
「え?
どういうことだ?」
「……おそらく、君はわざと自分の記憶を消してるからだよ。
解離性健忘ってやつだね。
強いストレスによって、自らの記憶を消しちゃったんじゃないかな。
だから、前の湊のことを教えても、ただ君が苦しくなるだけだと思う。
もしかしたらまた記憶を消すかもしれない」
「解離性、健忘……そう、なのか」
「それに、前の君より、今の湊の方が楽しそうだ。
前の君は……強すぎた」
「どういうことだ?」
「い、いや、何でもない」
なるほど、俺のことを思っての行動ってことか。
そういえば、過去を思い出そうとしたら、前は頭痛がしたな。
あれは思い出さないようにってことなのだろうか。
過去の俺は強すぎた?
意味わかんねぇ。
「じゃあ俺に関する質問は一つだけでいいや。
お前と俺ってどういう関係なの?」
「……ん~難しいけど~、家族であり同士……かな。
深くは言えないけど、味方であることは確か」
「なるほどわからん。
兄妹とか姉弟的な人って考えでいいのか?」
「ノーコメント。
質問は終わったし、そろそろ本題に入ろうか。
私たちが、この世界で生き残る方法について」
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