無能と追放された俺の治癒魔法は「呪い」を代償にするだけでした。~死の森で出会った最強の女剣士は俺の呪いを打ち消せる唯一の存在だったので、専属ヒーラーとして契約結婚することに~

希羽

第1話 呪われた治癒術師

 じわり、と左腕に黒い痣が浮かび上がる。


 焼印を押されたような鈍い痛みが、神経を逆撫でするように広がっていく。


「カイ、何をぐずぐずしている! リナの腕を早く治せ!」


 パーティーリーダーである勇者アレクの苛立った声が、湿った洞窟に響いた。


 彼の視線は、感謝や信頼といったものとは程遠い。まるで汚物でも見るかのように、蔑みに満ちていた。


「……あぁ、今やる」


 俺は短く応えると、ゴブリンの毒矢を受けた女戦士リナの腕に手をかざす。


「……ヒール」


 淡い光が俺の手のひらから放たれ、紫に変色していた彼女の傷口を包み込んでいく。肉が盛り上がり、傷が塞がっていくのと引き換えに、俺の左腕の黒い痣はさらに濃く、大きく広がった。激しい頭痛と吐き気がこみ上げてくるが、奥歯を噛んで耐える。


 これが、俺の治癒魔法。


 他者を癒せば癒すほど、その代償として「呪い」が俺の身体に蓄積されていく。


 傷を治せば痛みと呪いの痣が、病を癒せば高熱と倦怠感が、俺を苛む。世界でただ一人、俺だけが持つ呪われた異能。


「……ふん。相変わらず気味の悪い光ね」


 腕を治してもらったはずのリナは、感謝の言葉もなく、忌々しげに吐き捨てた。


 魔法使いのマヤも、杖を握りしめながら冷ややかに言う。


「カイ、あまり私たちに近づかないで。あなたの呪いが移りそうだわ」


 もう、慣れたものだった。


 勇者パーティー、暁の剣に拾われて一年。俺の扱いは、便利な道具以下。呪いをまき散らす不浄な存在として、常に距離を置かれ、蔑まれてきた。


 それでも、俺はここにいるしかなかった。


 この呪われた力でも、誰かの役に立てるのなら。そう信じて、今日まで耐えてきた。


 その日、俺たちは高難易度ダンジョン「ゴルゴナの迷宮」の深層部にいた。


 目的は、深部に巣食うというミノタウロスの討伐。だが、俺たちの実力に対して、それはあまりに無謀な挑戦だった。


「グルォォォォォ!!」


 突如、洞窟の奥から地響きと共に巨大な影が現れる。


 身の丈3メートルはあろうかという、牛頭の巨人。血走った目で巨大な戦斧を構える、この迷宮の主、ミノタウロスだった。


「くそっ、囲まれた! アレク、どうする!?」

「落ち着け! マヤ、魔法障壁を!」


 しかし、マヤの詠唱よりも早く、ミノタウロスが戦斧を振り下ろす。轟音と共に地面が砕け、衝撃波でパーティーの陣形が崩壊した。


「きゃあっ!」

「ぐっ……!」


 状況は、誰の目にも絶望的だった。


 ミノタウロスだけでなく、周囲からは無数のゴブリンやオークが湧き出てくる。撤退しようにも、退路はすでに断たれていた。


 誰もが死を覚悟した、その時。


 勇者アレクが、何かを決意したように叫んだ。


「……作戦がある。カイ、お前が囮になれ」

「――は?」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


 アレクは、俺を真っ直ぐに見据えて、言葉を続ける。


「お前が奴らの注意を引きつけろ。その隙に俺たちが体勢を立て直し、ここを突破する」

「な……何を言ってるんだ。そんなことをすれば、俺は……!」

「うるさい! これは命令だ! それとも、ここで全員仲良く死にたいのか!?」


 それは、作戦とは名ばかりの、生贄の強要だった。


 俺は助けを求めるように、リナとマヤに視線を送る。だが、二人はバツが悪そうに目を逸らすだけ。誰も、俺を庇おうとはしなかった。


 ああ、そうか。


 こいつらにとって、俺はその程度の存在でしかなかったのか。


 一年間、この身を蝕む呪いに耐えながら、必死にこいつらを癒してきた結果が、これか。


 心の奥で、何かがぷつりと切れる音がした。


「……分かった」


 俺の返事に、アレクは安堵と侮蔑が入り混じった笑みを浮かべる。


 だが、俺は最後の力を振り絞り、まだ傷の癒えていないアレクの肩に手を置いた。


「最後に、一つだけ。お前たちの無事を祈っている。……ヒール」


 これまでで最も強い光が、俺の手から放たれる。


 仲間たちの擦り傷、疲労、その全てが光の中に溶けていく。その代償に、俺の左腕は肘まで真っ黒な痣に覆われ、立っているのもやっとの激痛が全身を襲った。


「なっ……。よし、今だ! 行くぞ!」


 俺の治癒にアレクが一瞬怯んだが、すぐにそれを好機と捉えた。


 彼は踵を返し、仲間たちに撤退の号令をかける。その背中に、俺は最後の言葉を投げかけた。


「アレク」


 彼が、忌々しげに振り返る。


「これで、パーティーから追放ということでいいんだな」


 アレクは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに鼻で笑った。


「ああ、そうだ。お前のような不吉で無能な男は、もういらない。せいぜい、名誉の盾になって死ぬんだな」


 それが、俺が勇者パーティーで聞いた最後の言葉だった。


 彼らが走り去っていく背中を、俺はただ黙って見送る。

 もう追いかける気力も、未練もなかった。


「グルルル……」


 涎を垂らした魔物たちが、じりじりと俺を取り囲む。


 左腕の激痛で、意識が遠のいていく。


(ああ、もう、いいか……)


 誰かのために力を使っても、蔑まれ、裏切られる。


 そんな人生なら、もうたくさんだ。


 迫りくるミノタウロスの巨大な斧を見上げながら、俺は静かに目を閉じた。

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