12〈鈴花〉聖剣ゴムボーイ


近野ちかの鈴花、それが聖剣ゴムボーイの本名だった。


毎年ウンザリしている庭のハイノキの剪定に色々なノコギリを試したのだが、ある年出会った「ゴムボーイ」と云うノコギリの切れ味に感動し、以来ずっと愛用してきた。ゲームブックでキャラクターを作るときに名前を「聖剣ゴムボーイ」としたのもゴムボーイを愛する鈴花にしてみれば極自然な事だった。


21歳で子供を産んだ専業主婦の鈴花にはあまりダーク・シーを遊ぶ時間は無かったが、子供が寝てからの僅かな時間 コツコツと章を進めてきた。帰りの遅い夫が帰宅するまでの毎日 1、2時間ほどが鈴花の自由な時間だった。


子供は二人、上の子は精神的に少し大人びてきたが二歳下の子はまだまだ甘えたい盛り。

「早く寝ないと怖い悪魔がくるぞー」

と寝かしつけるのが鈴花の定番だ。


夫の英俊ひでとしは鈴花の五歳上の38歳、半年前に責任ある立場に昇格して以来、帰りの遅い日が続いている。鈴花はワンオペの育児をこなしながらも英俊より先に寝ることもなく、帰りを待って温かい食事を用意する事を誇りにしていた。英俊もワンオペの育児を当然と思っている訳では無く

「もっと休める仕事に転職しようか」

と言ってくれているが、英俊が好きな仕事に就けている事を知っている鈴花は、彼にそんな犠牲を払って欲しくなかった。


「今が一番ふんばりどきだ!」


自分にそう言い聞かせ鈴花は毎日を過ごしていた。

そんな鈴花の唯一の息抜きがダーク・シーだった。


聖剣ゴムボーイとしての職業プロフェシオ魔剣士デモナスウォドフィテル。魔法剣士では無く、ダーク・シーでは悪魔の力を得た剣士の事を指す。側頭部から山羊の角を生やし、ヘルムから覗く目も真っ赤に光る山羊の物だ。ヘルムを外すと顔面の皮膚は焼けただれ 頭部には10匹ほどの蝿と無数の蛆がまとわり付いている。

剣士スウォドフィテル時代には普通の女性の顔だったのだが、魔剣士デモナスウォドフィテルに転職してしばらくしてヘルムを脱いだ時に体が異様に変化している事に気付いて鈴花は大ショックを受けた。物語とは云え、自分の分身としては余りにも醜く、異形すぎる。肉体は常に内から地獄の炎で焼かれ、あちこちからその炎が漏れ出ている。身体には悪魔的な装飾を施された黒い鎧を身に纏い、刃幅10cm程もある肉厚のショートソードを二本それぞれ左右の手で抜きやすいように腰の後ろに互い違いに装備していた。

剣の名前は『グランダアルボ』と『クラーゴン』。ダーク・シーでは自分でクラフトした武器には自分で命名できるため、これは鈴花が付けた名前だ。


現在のレベルは36、ほとんどソロで遊んできた鈴花にはマイペースで進められるダーク・シーが合っていた。

子供二人を寝かしつけ、二人が明日着る服を用意して 英俊の食事にラップを掛けてから不安なニュースばかりのテレビを横目にゲームブックを広げて『DARK SEA』と起動する。


〈orbis terrarum commutationem〉

金色に光り輝くホログラフィの光。


そしてその日、鈴花は異形の魔剣士の姿に変異した。

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