世界に、枯れない花束を。
月影 莉々
プロローグ
︎︎2070年。私は、ただ淡々と毎日を過ごしている。夢中になれるものはない。強いて言うなら、歌を歌うことくらい。
「三日月〜!早くこっち来て! 」
「は〜い」
私の高校生活は順調、なのかな。放課後に新しい友達と遊びにいったりしている、ごく普通の女子高生だ。高校生になってから染めた、晴れの日の空のような水色の髪にクラゲヘアーをして、中学の頃より短くしたスカートを緩やかに揺らしながら遊歩道を歩く。
「ねぇ、三日月。今度の長期休み、二人で宇宙旅行に行かない?」
「え、めっちゃ行きたい。去年は受験で忙しかったから、結構久しぶりに行くかも」
「じゃあ決定ね。がち楽しみ」
「私も」
植物が何も生えていない道を見渡しながら莉奈が言う。
「今頃は桜が咲く季節だよね。見たいなぁ、桜」
「もう地球上から消滅したもんね。お花見が恋しいよ」
「ね〜」
たわいないことを喋っていると ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
「ピコン」
スマホがスクールバッグの中でブルルと震え、通知音が鳴った。通知を開く。
「え⋯⋯ 」
立ち止まると同時に、口元を手でおさえる。
「どうかした? 」
「また⋯戦争が始まったらしい」
「え、やばいじゃん」
そうこう話しているうちに、構造物が次々と組み立てられ、青く透き通った空が見えなくなる。戦争が始まる時には、建物や街、人を守るために防御壁が現れるのだ。
「三日月、今日はもう解散する? 」
「うん、はやく家に帰ろう」
「じゃあ、また明日ね」
「うん、気をつけて帰ってね」
手を振って、別れる。
「はやく帰らなきゃ」
早歩きで家に向かう。
***
家に着いた。地下にある防音室へと向かう。
『〜♩〜〜♩〜〜〜♩ 』
いつものように、トランペットでメロディーを奏でる。
「今のどうだった? 」
「最後の音のピッチが少し不安定だった。最後まで気を抜かずに、一つひとつ大事に吹いていこう」
万能なAIが細かく音を分析してアドバイスをくれる。
「ありがとう。もう一度やってみるね」
『〜♩〜〜♩〜〜〜♩ 』
「どう? 」
「確実に良くなったよ。その調子! 」
「ふふっ。嬉しい、ありがとう」
一旦、課題曲の練習を終える。
三日月は、同じ部屋の壁際に近づいた。
隠し扉を押して、隠し部屋に入る。結構前に演奏していた曲を、何故か吹きたくなったのだ。見渡すと、ほこりだらけで長い間だれも出入りしていなかったことが一目瞭然だ。
「楽譜、あるかな」
昔の貴重な書類が山のように積み重なっているところに手をのばす。
「⋯⋯なに、これ」
手に取った紙は見るからに古い。どうやら楽譜のようだ。
「ねぇ! これ、演奏してくれない? ピアノでいいから」
すぐさまAIの元へ戻る。
「わかりました。今から楽譜を読み取るね」
「ありがとう」
「準備が出来たよ。流すね」
『〜♩〜〜♩〜♩〜〜〜♩〜〜〜〜♩ 』
「この楽譜には、歌詞もついてるみたいだから、音に当ててみるね」
「うん! 」
『〜♩〜〜♩〜〜〜♩この難局を超えたら〜♩♩ 』
一通り曲を聴く。
「⋯⋯! めっちゃいい曲! 音の重なりが細かくて⋯めっちゃ作り込まれてるのがよくわかる」
楽譜をじっくりと見つめる。
「そうだね。楽譜の紙質を分析すると、1970年に作られた曲ってことがわかるよ」
「そうなんだ! 歌ってみたいかも」
「じゃあ、ピアノで演奏するね」
AIと合わせてみる。
『〜♩〜〜♩〜〜〜♩この難局を超えたら〜♩♩スパークするだろう 僕の宇宙が〜♩』
なんだか、この曲に聞き覚えがある。だからかな、初めて歌ったにしては、すんなり最後まで歌えた。
「三日月ちゃん、とっても上手だった。文句なしの歌声だよ」
「ほんと〜? 」
「ほんとだよ。自信もって! 」
機材の電源をつけて、録音を開始する。
「MIX任せていい? 」
「もちろん! 」
動画投稿サイトを開き、動画をアップロードする。
『Peaceful mind / 三日月 平和を願う高校生が全力で歌いました』
私は、まだ無名。戦争のない、平和な世界になって欲しい。
***
次の年の春。金曜日の放課後。
「ねぇ、三日月。最近流行ってる曲なんだけど」
そう言われて、莉奈のスマホ画面を覗く。
「ちょっと待って。私だよ、これ! 」
「え、嘘でしょ? でも、声が似てるな〜とは思ってた」
『ギャラクシーチャートトップ20』
「莉奈、下にスクロールして? 」
「りょーかいっ」
『トップ17 ︎︎Peaceful mind / 三日月』
「⋯⋯っ! 」
手で口を覆いながら声も出ないほどに驚く。
「すごいじゃん、三日月〜」
莉奈が、三日月の頬をむにむにと引っ張っている。
「痛いってば〜」
「ピコン」
三日月のスマホがブルルと震え、通知画面が映し出される。
三日月様へ
︎︎ Peaceful mind / 三日月 ︎︎がギャラクシーチャートトップ17に選ばれたことを記念して、『ギャラクシースペシャルライブ2071』に出場して頂きたく、ご連絡しております。
︎︎日時・会場・交通手段については以下の通りです。
・日時⋯2071年8月1日10時〜18時
・会場⋯海王星アリーナ中央
・交通手段⋯アクアシティ発、海王星行き。夜行列車the Milky Way
※交通費は当委員会が全額負担致します。
︎︎ ご連絡をお待ちしています。
ギャラクシーチャート管理委員会本部より
「ほんとに⋯私が選ばれたんだ⋯⋯! 」
信じられない。まさか私がトップ20に入っているなんて。
「三日月⋯凄すぎるよ⋯! 」
莉奈が隣でわんわん泣いている。
「莉奈⋯⋯ありがとう」
涙を拭って、潤う瞳を見つめながら莉奈の肩に両手を置く。
「⋯⋯莉奈も、一緒に来る? 」
「⋯⋯へ? 」
顔を上げてポカンとする莉奈の顔は「何を言ってるんだ」といった様子だ。
「莉奈となら、良いステージがつくれそうだから」
ぱぁっと莉奈の表情が明るくなる。
「もちろん、いいよ! 」
「じゃあ、そういうことで。今から私の家に来て」
「三日月ってば、いっつも急だよねー。まぁ、いいけど」
スクールバッグを背負って二人で並んで歩く。
「莉奈って、過去にピアノ弾いてたよね? 」
「弾いてたけど⋯それがどうかした? 」
「ライブの時に、シンセサイザーで演奏して欲しいなって」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら三日月の顔を見つめて言う。
「え! 面白そう! その依頼、引き受けるよ」
「やった、ほんとにありがとう」
三日月の家に着く。
「相変わらず凄いね、三日月サマは〜! 」
見上げると、壮大な建物が青空に向かってそびえ立っている。
「ご先祖さんが凄いだけだよー」
門が開き、敷地内に入る。しばらく中庭を歩くと色とりどりの薔薇が咲き乱れ、辺りを上品に包んでいる。
「もうすぐ玄関に着くよ」
「『やっとか〜』って言いたいところだけど、景色が美しすぎてまだこの空間に浸っていたいよ」
「いつかここで、一緒にお茶でもしようね」
「え! うん、楽しみにしてる」
大きな玄関を開けて、建物の中に入る。
「⋯⋯ガチャ」
***
2071年の8月1日のスペシャルライブ以降、不思議な現象が起こっていた。地球上の様々な武器は無効化され、戦争が一時的に鎮静化した。また、一部の人類に対する原因不明とされた病気が回復し、さらには消滅したとされていた桜の蕾が、かつて桜が咲いていた場所から相次いで目撃された。
水色の髪にピースマークのピアスをつけ、自作のドローンマイクの前で力強くも儚い声で歌う少女。
この頃はまだ、誰も知らない。
彼女の歌が宿す力を。
プロローグ(完)
世界に、枯れない花束を。 月影 莉々 @tukikage_riri_0o
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