呪いのお札

アマリエ

第1話呪いのお札

 翔太は磯とベッドで横になってくつろいでいた。磯が不意に翔太の両脇に手を入れてくすぐってきた。翔太は「プップッ」と吹き出し、たまらず磯の手を払いのけた。「やめろよ」と翔太は不機嫌そうに言った。翔太は磯と付き合い始めて半年ほどになるが、磯のくすぐりが大の苦手だった。磯はお世辞にも美人ではなかったが、気立ての良い女性であった。磯は翔太にもっと構って欲しく、そのようないたずらをするのだった。一方の翔太はというと、付き合っている女性は磯だけではなく、あちこちで女性を口説きまわっているという二股どころか三股も四股もかけているような最低の男だった。翔太は磯と同棲していたが、タダの食事と寝床を確保するためのヒモ生活だった。磯はそんな翔太の正体を微塵にも疑わずに、翔太に身も心も尽くしていたのだった。

 そんなある日、翔太が磯のところに戻らない日が1週間と続いた。翔太は袖という容姿端麗な若い娘と付き合っていたのだった。袖は客室乗務員で元モデルという男を虜にする魅力を十二分に備えていた。翔太は袖に夢中であり、新居を構えて一緒に暮らしたいと考えていた。新居の購入資金には3千万円が必要だった 翔太は磯のことが頭に思い浮かび、磯にその資金を工面させようと画策していた。

 翔太は1週間ぶりに磯の元に戻った。磯は翔太に今までどこにいて何をしていたのか心配そうに尋ねた。翔太は父親が入院していたことや仕事で忙しかったことを説明した。そして、これからは磯と2人で所帯を持って暮らしていこうと話し、 そのためには新居が必要で、すぐに3千万円を工面して欲しいと磯に頼み込んだ。磯は驚いたが、翔太の前向きな気持ちに喜んだ。磯は自分がコツコツと貯めた1千万円と両親からも貯めていた老後資金の2千万円の援助も受け、それを全て翔太に渡した。  

 ところがまもなくして翔太は消息を絶った。磯は翔太を探したが、見つからなかった。以前、翔太が務めていると聞いた会社にも問い合わせたが、社員登録もなく全て嘘だった。磯は翔太に騙されたことに初めて気づいたのだった。磯は裏切られたショックに泣き崩れた。そして両親のなけなしの老後資金を失ったことへの申し訳なさにも苛まれ病に伏した。その後は食事もろくに喉に通らずにだんだんとやつれていき治療の甲斐もなく1週間後に亡くなってしまった。

 その頃、翔太は袖との新居生活を楽しんでいた 2人で夜の営みをするためにベッドに入ったところ、突然、袖が笑い出した。 「ア~ハハハッッ」「何するの、やめてよ!」何者かが袖の両脇をくすぐっていた。袖は翔太の仕業と思っていたが、そうではなかった。袖がうしろを振り向くと青白いやつれた顔の女が袖の両脇に手を入れていた。「キャア~!」「あなた一体誰なの?」と恐怖で袖は叫んだ。翔太はその女を見てハット息を飲んだが、すぐにその女は消えてしまった。それは、まぎれもなく、亡くなった磯の亡霊だった。袖はパニックに陥り、「私、怖い!」「あなた、何に憑りつかれているの?」 「私、こんなところにいられない」と言って、袖はそのまま出て行ってしまった。

 翌朝、翔太は町を歩いていると、1人の易者に呼び止められた。易者は、「お主は女難の相が現れておる」「しかもその女はこの世のものではない」「このままでは大変なことになる」「その女が亡くなったのは8日前」「すぐにこのお札を家中に貼り巡らし、41日間外出せずに耐え忍ぶのじゃ」 翔太は藁をも掴む思いで、易者からお札を50万円で購入して、家中のドアや窓や壁に貼りめぐらし、外出をせずに家に立てこもり続けた。 夜になると、家の周りを彷徨う亡霊の声に翔太は怯え続けた。「このお札のせいで、家に入れない」とうらめしがる声だった。

 一方の袖は、その後も不意に笑い出す発作に襲われ、精神病院に入院していた。袖は女の亡霊がくすぐりにやってくるとうわごとのように言っており、長いときは1時間以上も気が狂ったように笑い続けていたが、まもなくして死亡した。

 翔太は保存食を買い込んで41日間という持久戦を耐え忍ぶ覚悟でいた。夜の亡霊のうらめしがる声にも次第に慣れていった。翔太はこのまま逃げ切れるかと思っていたが、そうは行かなかった。夜中に突然の雷とともに大雨が降り続けお札は無残にも剥がれてしまっていた。女の亡霊は家に入り込み翔太を襲った。翔太の恐怖の入り混じったけたたましい笑い声が夜中の静粛を破り町中に響きわたった。その声に犬や猫も震えたという。

 翌朝、翔太の発狂死した死体が家の中で転がっていた。死体のそばには髑髏の亡骸が横たわっており、髑髏の両指が男の死体の両脇に喰い込んでいた。

 この惨状を後に知った易者は悔やんだ。「まさか、お札が雨で剥がれるとは迂闊じゃったわい」「次回は防水性のお札を80万で売りつけるかの」


おしまい

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