輝翼のテテュス~女を捨てて軍に入ったけど、年下王子から言い寄られて私の情緒はグチャグチャです~

三津朔夜

第1話求婚

 空はいい。どこまでもんだ蒼穹そうきゅうは、まぶしいまでに果てしない世界の広がりと己の卑小ひしょうさを雄弁ゆうべんに物語る。その対比が心地いい。


 ただ惜しむらくは、面覆いのかぶとでは頬に風を感じられない事。そこだけが唯一の難点。

 初秋の空に、西から一際白雲が張り出す。雨を降らせるような陰鬱さはなく、山なりの形で静止しているようだから高積雲。


 現在、それに向かってテテュスたちは草原を

 飛翔鎧セラフィム。それは神話の天上神を模して造られた、空を舞う魔法のよろい


 背部に展開する円環えんかん浮揚ふようと推進を担う翼となり、接続された鋼の可変翼がかいとなって風をぐ。

 鋭い流線型で陽光に紅く輝く機体は天津風フィヨルズボリン


 大型の拡張運動を含め全長三メートルを超す標準体型。脚部の推進器スラスターは火炎魔法【劫火インシネレイト】を噴射し、急激な加減速を可能にする。

 さわやかな風が駆ける草原を眼下に見ながら、テテュスは兜に内蔵された念話術式を起動。後続の僚機りょうきに通信を入れる。


「シルキー42。ヴォーランデル少尉、状況を知らせろ」

<はーい。異常なーし。って、見たまんまじゃないですか?>

<ちょっとカルシラっ>

<し、失礼だよぅ~>


 明るく溌溂はつらつとした声と、それをとがめる声。緊張感の欠片かけらもない。

 それもそのはず。本日はお日柄もよく、終始飛行系魔物の脅威もない。地上の草食獣は顔を上げるだけで観察するだけで置物と大差ない。


 地上六十メートルの匍匐ほふく飛行とはいえ、習熟した今となっては退屈に思うのも仕方がなかった。

 テテュスは転身。脚部から爆炎を噴き上げ、上体を起こした背面飛行で減速せずに後方を睥睨へいげい


 拡張運動肢で大太刀おおだちを構えれば、少女たちが緊張に身体を強張らせるのが手に取るように分かる。

 舞風ヴェブロフト。白亜と空色が映える、艶やかな流線形の機体は公国軍の主力を張る。


 全長は相似形で速度は天津風フィヨルズボリンの後塵を拝するが機体はあつかいやすく、両翼の疾風魔法【突風ガスト】が自在の遊弋ゆうよくを実現する。新兵にはおあつらえ向き。


「貴様ら。解っているのか? 明日は竜機兵ドラグマキナとの初演習なんだぞ?」


 初心を忘れるな。言葉の裏に厳戒の意志を込めて諫言かんげんする。低くドスのいた声を念話に乗せれば、途端に彼女たちはしおらしくなった。殊勝な態度が取れるなら、最初からそうしていろ。出かかった叱責しっせきの言葉をのどの奥に押しやり、テテュスは再び前を向く。


『半年間の速成訓練で新兵を使い物にしろ』


 理不尽極まりない無理難題パワハラくじけることなく、漸くここまで来た。


(実際、彼女たちはよくやっている……)


 自分が十五の時なら、こうはいかない。

 最初の内は彼女たちをめたが、調子に乗って事故を起こしてからはめたい気持ちをグッとこらえて厳しく接している。恐れられていると下手に反抗されないので、そこはありがたかった。


「では、シルキー分隊はこれより帰投する。シルキー42、先行しろ」

<はいはーい♪ 了解ッ>


 四機は空の上を大きく旋回。菱形ひしがたの隊列を乱すな。厳命すると、機体に掛かる外力を上手く受け流しながら軌道を曲げていく。その中でカルシラが翼で空を叩き加速。最後尾からテテュスの居る位置まで一瞬で飛来。彼女の飛行を邪魔することなく、急加速で下にもぐり、噴炎ふんえんを調節して位置を調整。滞りなく陣形変更を完遂かんすいした。


「各員。くれぐれも、蛇行するなよ?」


 軽くおどしをかけておく。


≪イェス、マムッ!≫


 よろしい。気迫みなぎる声にうなずき、テテュスは最後尾から彼女たちの飛行を観察。

 現在、高度六十メートル。これよりも低くても高くてもいけない。鮮やかな蒼穹そうきゅうに直線を引くように。安定した飛行にテテュスは小さく頷いた。

 基地が近付いて来ると管制官に接触。帰投許可をもらうと、各員に通達。


「まもなく基地領空に入る。シルキー42」

<みんな、ついて来て!>


 カルシラの返答に気力のかげりはなかった。流れるように空を舞い、標高二千メートルの基地に向かって上昇していく。

 途中、視界の端に蒼くくすんだ氷河湖が見えた。それを半円に囲む都市も。


  セイヴァルブロート。歴史の古いアロナ湖上神殿を中心に発展した都市で

 頭を振って感傷を追い払い、少女たちの着陸を見届けてから基地の演習場に降り立った。


「各員、無事で何よりだ」


 哨戒しょうかい任務の完遂を言祝ことほぎ、一人一人の顔を見渡すテテュス。部下の安堵あんどする様子に目を細めた。


「英気を養うためにも、これから三対一の実践演習を行う」


 さっきの通信で許可は取り付けておいた。


<え――>


 少女たちが絶句し、狼狽ろうばいするのが鎧越よろいごしにも見て取れた。


「安心しろ。ちゃんと死力を尽くせば一本で終わらせてやる」

<本当に……?>


 ああ。震える声に首肯しゅこうで答える。

 だが結局。彼女たちはこの日、三本やる羽目になった。

 

 〇                              〇


 午前中の訓練を終えたテテュスたちは格納庫に飛翔鎧セラフィムを預け、更衣室こういしつ鳶色とびいろの軍服に着替えていた。


 スライム製の強化服は魔力の伝導効率が良く、更には優れた緩衝かんしょう作用も有しているので戦闘服としては優秀。そのため、現代の魔導戦闘では標準装備ですらあった。

 シャワー室で汗を流したテテュスは、ストロベリーブロンドの髪を黒いリボンで結ぶ。


「あれ、隊長。リボン新調したんですか?」


 未だに下着姿のカルシラがテテュスのリボンを見詰めて来る。


「よく気付いたな」


 中々の注意力と観察眼だ。掌を差し出すので、褒美ほうびに黒リボンを手渡す。つややかな光沢を備えた繻子織しゅすおりの生地は手触りもよく、意匠デザインも洗練されてるので一目惚ひとめぼれした。


「へぇ~、カワイイ♪」

「意外とオシャレですね」

「ホントだ」


 黄色い歓声を上げる部下三人。


「…………は?」


 心外な評価に、テテュスは低くうなるような声を発した。部屋の空気が凍り付き、室温が二度下がる。


 返せ。怜悧れいりな視線で命令すると、蒼白顔のカルシラが黒のリボンを差し出す。リボンに触れる指先がわずかに躊躇ためらう、しかしすぐに強く握り締めた。


 結び直す動作が、いつもより丁寧になっている事に自分でも気付き、思わず顔をしかめる。動揺どうようを見せるなど、本当に不甲斐ふがいない。

 それから腕組みして硬直する三人に向き直る。嘆息しながら一人一人の顔を見回すと、皆一様におびえていた。


「まったく。何が悲しくて軍装にオシャレを持ち込まねばならん。単純に身だしなみだ。分かったか?」

『アイ、マムッ!』

 

 少女たちの声が反響する。見届けた後で鼻を鳴らし背を向けた。


「このリボンは、私が私である証だ」


 鏡の中の自分を真っ直ぐ見据みすえるのは、戦場を生きる者としての覚悟。女であることに頓着とんちゃくしなくても、誇りだけは手放さなかった。

 全員が部屋を出ると、最後に忘れ物をないかを確認してから更衣室を後にする。昼時なので、四人の足は自然と食堂の方に向く。


「断っておくが。私は恋愛をしに軍に入ったのではない。無闇むやみにそれを否定するつもりはないが、私にその気はないからな?」


 後ろから三人にドスの利いた声で言い聞かせる。口をつぐむ殊勝な態度に反省の色を見たので、それ以上は言い募らない。


「アハティアラ中尉!」

「ん?」


 後ろに振り返ると、駆け付けて来るのは青髪の二十代男性士官。額から突き出す単角は鬼人オーガスの証。テテュスと同じハーネスに吊り下がったリアスカートから、尉官クラスだと分かる。


「何用でしょうか、パーシオ中尉?」


 向き直ってみれば、不愛想な表情に反し妙にほおが上気していた。


「いや、その……」


 明らかに挙動不審きょどうふしんだ。目をらしながら小麦色のほおく姿は、たくましい体格と不釣り合いなほど落ち着きがない。


「明日の、演習のことで……」


 その割に、なかなか本題に入らない。煮え切らない態度が心に波紋を落とす。


「……?」


 怪訝けげん眉根まゆねを寄せると、彼は唐突に背筋を伸ばし、叫んだ。


「もし俺が勝ったら、アナタを妻に迎えたいッッ!」


 空気が止まり、沈黙が落ちた。


「…………はあっ⁉」


 求婚の言葉を聞いた瞬間、テテュスは不快に胸がざわついた。拒絶の意思が背中をい回り、不愉快極まりない。


『えええええええええええッッ⁉』


 素っ頓狂すっとんきょうな声を上げたのはカルシラたち部下三人。その騒ぎを聞きつけ、周囲の人間が一斉いっせいに振り返る。


「そんなに仲良かったんですか?」

「違うッ!」


 即座に否定。そもそも、中尉とは少し面識があるだけでまともな会話など一度もした事がない。


「アナタのその美貌びぼう琥珀こはくひとみ一目惚ひとめぼれました! そして、何度も交わる視線に二人の愛を確信したのです!」

「ああ……」


 そういえば、何度か不躾ぶしつけな視線を向けて来た事があった。あっちがすぐに逸らすので特に気にしてなかったが。


「早計なのでは?」


 遠回しに勘違いを指摘してみる。彼は幼馴染おさななじみ同僚どうりょうでもあるので、こき下ろして波風立てる真似はしたくない。


「運命というのは、だいたい一目惚れから始まるものです!」


 そんな言説、一体どこから仕入れたのか。

 言葉が通じず、テテュスは頭を抱えた。

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