第27話 真由姉さんはビンゴを解かせてドキドキさせたい(前編)

朝のダイニング。


テーブルには、あかりが用意した朝食が並んでいた。


湯気の立つみそ汁、ふわふわの卵焼き、焼き鮭、小鉢にひじきとほうれん草のおひたし。栄養バランスも彩りもばっちりで、朝から食欲をそそる。


「おはよー」


軽い声とともにドアが開き、真由姉さんが入ってくる。すでにラフなワンピース姿で、髪もゆるくまとめている。


「……えっ、なんで真由姉さんがここに?」


寝ぼけ気味の俺は思わず箸を止めた。


「あ、私、聞いてたよ。今日、真由お姉さんが寄ってくれるって。朝ごはんも準備してるよ」


あかりは悪びれずににっこり。


「えぇ!? 俺だけ知らされてないの?」


「サプライズってやつね」


真由姉さんは楽しそうに笑い、自然に椅子に腰を下ろした。



食後、真由姉さんがバッグからスマホを取り出す。


「企業とコラボして作っているアプリのユーザーテストなの。二人でやってみて、難易度を教えてくれると助かるんだ」


「うーん……俺そういうの、ちょっと苦手で」


「ほら出た、蓮の面倒くさがりなところ」


すると、あかりが思い出したように口を開いた。


「ねぇお兄ちゃん。私ね、最近知ったの。このマンションの家賃って、佳奈さんと真由さんが全部出してくれてるんだって」


「――は?」


俺は箸を落としそうになった。


真由姉さんは涼しい顔で話す。


「私立大学の学費も高いのに、東京の家賃まで親に頼るのは負担が大きいでしょ。わがままな弟のためにサポートしてるのよ」


「……マジで。二人ともどれだけ稼いでるんだよ」


あかりが真剣な表情で続ける。


「だから感謝の気持ちも込めて、協力したほうがいいと思うの。お兄ちゃん」


「……わかったよ。やるしかないな」



アプリの名前は「デートビンゴ」。


カメラで指定のお題を撮影するとマスが埋まっていき、縦横斜めいずれか1列が揃えばレベルクリア。


最初はレベル1、盤面は4×4。


「ヘルプを見ると、まずは角から埋めるのがいいみたい」


あかりが画面を指さす。


そこに並んでいたお題は――


・恋愛成就の絵馬を書く


・カップル限定メニューを注文する


・雨の日の夜に相合傘の写真を撮る


・観覧車に乗る


「……完全にリア充イベントだな」


俺は思わずつぶやく。


「観覧車はこの前乗ったね」


あかりは頬を染めながらも笑った。


「今日の夜にでも感想を教えてね?」


真由姉さんは要件を伝えると、用事があると去っていった。


二人で着替えを済ませ、リビングに集合。


「あ、お兄ちゃん、一つ目のお題はどこにする?」


「……この時間で達成できそうなお題は神社かな」



恋愛成就で有名な神社の境内に着いた俺たちは、木々の緑に囲まれながら絵馬掛けの前に立っていた。


観光客や地元の人がちらほらと絵馬を吊るしている。


「ここで“恋愛成就の絵馬”だね」


あかりはスマホを構えて、俺と並んで絵馬を手に取った。


「えっと……“ずっと二人一緒で幸せでいられますように”……とか?」


「ちょ、待て、それ本気で書くのか?」


「だってアプリのお題だし。写真も撮らなきゃ」


頬を赤く染めながらも、彼女はサラサラと筆を動かしていく。


「……ほら、できた」


俺の名前と、あかりの名前。


笑顔で絵馬を見せるあかりに、心臓が跳ねた。


アプリのカメラで絵馬と二人が写るように自撮りする。


カシャ、とシャッター音。


最初のマスがクリアされ、画面に光が走った。


――こうして、俺たちの“デートビンゴ”が始まった。

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