第19話 佳奈姉さんは横浜デートを見守りたい(前編)
日曜の朝。
枕元のスマホが震え、うつろな目で画面を確認すると、見慣れた名前からメッセージが届いていた。
『美味い飯を奢るから、12時30分にみなとみらいに来い』
送り主は長女の佳奈姉さん。社会人二年目にしてWebメディアの副編集長を務める、やり手で強引な姉だ。
(飯を奢る? あの人が、わざわざ時間まで指定して……絶対なんか裏があるだろ)
疑念を抱きつつも、あの姉に逆らっても仕方ない。俺は布団から這い出して顔を洗った。
リビングに出ると、あかりの姿はなかった。
置き手紙がテーブルにあり、丸い字でこう書かれていた。
『お兄ちゃん、今日は人と会う約束があるから、ちょっと出かけてきます。夕方には帰るね』
あかりのいない静かな部屋に、少しの物足りなさを感じながらも、俺は身支度を整えて出かけた。
◇
電車を乗り換えておよそ50分。
正午過ぎに、俺はみなとみらい駅に降り立った。休日の街は観光客やカップルで賑わっており、港町らしい開放感に包まれている。
そのとき、再びスマホが震えた。
『次の指示。“世界を運ぶ人たち”へ来い。そこで好きなランチを食え』
「……“世界を運ぶ人たち”? ……ああ、ワールドポーターズか」
ヒントめいた言い回しに苦笑しながら、俺は目的地へ向かった。
◇
海に面した巨大なショッピングモール、ワールドポーターズ。
館内はアジア雑貨や映画館、専門店が並び、歩くだけで観光気分になれる。
1階のフードコートにたどり着くと、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
アジア料理のスパイシーな香り、石窯で焼かれるピザの匂い、ジュージューと焼けるステーキの音。
どれも食欲を刺激してくる。
「……せっかくだし、ランチ食べていくか」
俺は海鮮丼の店に並び、マグロとサーモンがどっさり乗った丼を選んだ。
一口食べれば、脂ののったサーモンが舌にとろけ、醤油の香りが鼻に抜ける。
隣の席では家族連れが笑い、カップルがシェアしながらパスタを食べていた。
(……なんだか、一人で来ると寂しい感じだな)
心の奥に小さな穴が空いたような気分になりながら、箸を進めた。
ほどなくして、スマホに新たなメッセージが届いた。
『次の指示。みなとみらいの“一番高いところ”に来い。飯代と交通費、ぜんぶ払うから』
「一番高いところ……、ランドマークタワーか」
◇
港町の街並みを抜けて、ひときわ高くそびえるランドマークタワーへ。
エントランスでチケットを購入し、超高速エレベーターに乗り込む。分速750メートルの表示が目に入り、耳がツンとする。
ドアが開くと、目の前には一面ガラス張りの展望フロア。
横浜の街並みと青い港、ベイブリッジが一望できる壮大な光景に息を呑んだ。
そのとき——。
「お兄ちゃん」
振り向くと、そこにいたのはあかりだった。
◇
白いノースリーブのブラウスに、水色のロングスカート。
足元はサンダル、黒髪は夏らしくゆるくまとめられている。
潮風に映える爽やかな装いで、室内で見慣れたエプロン姿や部屋着とはまるで違って見えた。
「……あかり?」
「えへへ。びっくりした?」
にっこり笑ったその瞬間、胸が大きく跳ねた。
外で出会うあかりは、家の中で甘えてくる“妹”の顔ではなく、同年代の美少女としての魅力を放っていた。
(……なんだよ、これ。ドキドキしてんじゃねぇか、俺……)
横浜の街を一望できる展望台で、思いがけず心臓の鼓動だけがやけに大きく聞こえていた。
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