洛陽

洛陽 その1

 洛陽らくよう


 劉秀りゅうしゅうの十一将が洛陽を囲むこと数月、ここまで追い込まれれば朱鮪しゅいの将に造反が生じる。すなわち東城を守る者が反間を働き、揚化ようか将軍堅鐔けんたんに約して朝に東北門を開こうと欲す。堅鐔、罠かどうかを考え、一番慎重そうな建義けんぎ大将軍朱祐しゅゆうに相談する。

 朱祐、首を傾げて答えて曰く「二つを考えん。一つ、朱鮪に智将有るか否か。有れば今まで勝てる戦いを落すこと無し。二つ、吏士である卿の旧人と盗賊上がりの朱鮪に何がしかの縁が有るか否か」

 堅鐔答えて曰く「おそらく有らざらん」

 朱祐曰く「ならば罠ではあるまい」

 そこで堅鐔、朱祐と共に朝になるのを待ち受けて、城に入り、朱鮪と武器庫の下に戦い、殺傷すること多く、朝餉あさげの刻となって止む。深入りは禁物と、洛陽の北東部と門を確保して、朱祐退けば、堅鐔も従う。


 九月、洛陽の黄河を挟んだ北岸の河陽かようで、劉秀、皇帝劉玄りゅうげんが長安に敗れると知らせを受ける。皇帝劉秀、六日しんみことのりして曰く「劉聖公破れ、城を棄てて逃走し、妻子肌もむき出しに流浪すと云う。朕、はなはだこれを哀れむ。今、劉聖公を封じて淮陽わいよう王と為す。吏人りじんえて賊害する者あらば、罪は大逆、天子に逆らうも同じ」

 また洛陽の戦況の報告を受ければ、劉秀、機は満ちたかと、かつて朱鮪の校尉こうい故と、延尉えんい岑彭しんほうにこれをき落とさせる。


 岑彭、軍を率いて城下に到って、数騎で城壁に臨み守将大司馬だいしば朱鮪と話そうと呼びかける。朱鮪、城上に在り、岑彭、城下に在り、敵味方と分かれ、戦場では剣を交えても、かつてよしみを結びし仲であれば、互いに打ち解けて話そうとした。

 岑彭曰く「彭、先に馬の別当べっとうとなって侍従じじゅうすることに為り、推挙すいきょ抜擢ばってきこうむれば、常に以て恩に報いんこと有らんと思う。今、赤眉は長安を得、劉玄、三王の反する所と為る。皇帝は命を受けてえんちょうを平定し、ことごとゆう州、州の地を保ち、人民は心を帰し、賢者英俊えいしゅんは雲の如く集まり、自ら大兵を率いて来ては洛陽を攻める。天下の事、ゆくゆくは収まろう。公は孤城こじょうに頼って固守こしゅすといえども、まさに何を待とうや」

 朱鮪、項垂うなだれる。劉玄は長安に破れ、稟丘りんきゅう田立でんりつくだり、残って頼れる将は討難とうなん将軍蘇茂そぼ程度、ついに洛陽内部にも造反ぞうはんが生じた。行き着くところまで来た、きわまった。

 そこで朱鮪、岑彭に答えて曰く「我怖れる。大司徒だいしと劉公りゅうこうの害された時、鮪は其のはかりごとに預かり、又皇帝を諫めてしょう王を遣わして北伐ほくばつさせることなかれと言いしこと。誠に自らの罪の深きを知る」

 岑彭、答えて曰く「承知。彭は我が帝に公の条件を奉じよう」


 岑彭、戻れば諸将が首尾しゅびたずねる。岑彭、朱鮪の言を語れば、諸将、朱鮪の怖れは当然と思う。

 只、大司馬呉漢ごかん曰く「今上きんじょうが許したと偽って降して、それを斬れば善し」

 一同静まるも、偏将軍馮異ふうい口を開いて曰く「案外、陛下は朱鮪を許されるかも知れぬ」

 大司空だいしくう王梁おうりょう、馮異に尋ねて曰く「何故。帝、同じく大司徒劉公の殺害に預かった李軼りいつを許さず、書を回覧して朱鮪に殺させたが」

 馮異答えて曰く「陛下は李軼の多しを疑われた。されど朱鮪は詐策ささくを用いんか。王号をたまわっても受け取らぬ硬骨こうこつなり」

 岑彭、諸将に告げて曰く「我、今上に真意をうかがわん。し朱鮪許されざれば、大司馬の計を用いるのみ」

 すなわち岑彭、黄河を渡って河陽に謁見えっけんを求む。岑彭、朱鮪の言をつまびらかに帝に言上すれば、皇帝劉秀曰く「明暁みょうぎょうこれに行きて言うべし、それ大事を建つる者は小さきうらみをまず。朱鮪、今若し降れば、官爵かんしゃくを保つべし。いわん誅伐ちゅうばつをや。ここから河水かすいが見えるが」と黄河を指差して、曰く「これに誓って我は言を食わじ」


 岑彭、再び洛陽城に行き朱鮪に告げれば、朱鮪は城上よりさくらして曰く「必ず信ならばこれに乗って上がるべし」

 岑彭、微塵みじんの後ろめたさも無ければ、索を上ろうとする。朱鮪、その誠なるを見て曰く「もう良い。鮪降らんとすれば、索を下りたまえ。只、五日を待つべし」

 果たして五日後、朱鮪、軽騎を率いて岑彭に到ろうとする。その際、城を任せる蘇茂ら武将に言いて曰く「堅守して我を待て、我若し還らざれば、諸君は直ちに大兵を率いて東南の轘轅かんえん山に上り、えん尹尊いんそんに帰せ」

 朱鮪が城を出ると、岑彭が軽装の騎馬で待つ。岑彭、自陣営に迎えると、羊を殺して共に食しようとする。朱鮪、呉公ごこう諸将らと未だ見えず故と食せず。即ち、後手にして縄で縛り岑彭と共に呉漢ら諸将と見え、更に黄河を渡って河陽に到る。劉秀、すぐさま朱鮪の縄を解かせ、召見しょうけんした。

 劉秀、朱鮪にいて曰く「良くぞ降った。約通り、官爵は保とう」

 朱鮪黙れば、劉秀、問いて曰く「何か言いたいことがあると見えるが、言ってみるが良い。我は誅伐せずと言った手前、けいを害せられぬ」

 朱鮪、笑いて曰く「鮪の生、誤りし事多し、その小さな一つは帝を河北に遣る前に害せざる事」

 期門きもんが剣に手を掛けるが、朱鮪続けて曰く「最大の誤りし事は、帝を知らずして劉聖公を立てること為り。もっと早く邂逅かいこうせずを只うらむ」

 劉秀、返して曰く「今からでも遅くはない。我のために働かぬか」

 朱鮪、答えて曰く「鮪、その言葉と只一隅の県を預けられるを有難く思うのみ」

 よって皇帝劉秀、岑彭をして夜に朱鮪を送って城に帰らせる。朝となると、朱鮪その兵ことごとくを率いて帰順する。時に九月二十六日辛卯しんぼう、皇帝劉秀、朱鮪を平狄へいてき将軍と為し、扶溝ふこう侯に封ずる。

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