水槽魚は知りたがりか

金魚

第1話「水槽魚」

『水槽の中の魚は、外の世界を知る事により幸せになれるのか』

夏休みの課題で、唯一終わっていないプリンにトそう書かれていた。この課題を片付けるため、私は顧問の先生の言葉に従い、理由も知らないまま外に出ようとしている。

いや、「先生が理由を教えてくれなかった」が正しい。


それは8月中旬、高校3年生の夏休みの終わりが近づいた頃のことだった。

部活の練習は容赦なく続き、課題を終える余裕はない。もう間に合わないだろうと諦めかけていた。

そんな時、部活中に思わず口をついて出た。「こんなの、魚にしかわからないじゃないですか。」

先生は「分からなくても考えるんだよ」と言うかと思った。だが返ってきたのは予想外の一言だった。

「君が外に出てみたら?」

理由を尋ねても、先生は答えなかった。訳が分からない。ただ、課題を終わらせたい一心で、その言葉に従うことにした。


そして今、私は外に出る準備をしている。

「外に出る」と母に告げると、母は、「長旅になるでしょ」と言いながら、街の外まで描かれた地図、巾着袋、使い古されたバックを渡した。

地図を広げれば、お使いで行く街の先、まだ見ぬ世界が描かれていた。大雑把に町の名称と道が記されていた。見てみた感じ民家が立ち並んでそう。

街と外の間には大きい川。そこに橋がかけられている事が読み取れる。

巾着袋の中には、普段は持たされない額の金が詰まっていた。その金が外での生活を支えてくれることを示していた。

使い古されたバックには、必要最低限の財布と水筒、時計を詰めこんだ。

そして残った地図を、ズボンのポケットに差し込んで、「準備は整った」と自分に言い聞かせた。

期待と緊張、少しの恐怖で心臓が大きく打った。

早く心臓の鼓動を小さくしたい。早く外の世界を知りたい。

玄関の扉を、私は、力一杯押した。

いつもより暑い外気が、隙間から勢いよく流れ込み、一気に肌が熱気を包み込んだ。

何度も通った道、何度もすれ違った店が、まるで初めてのような、そんな感じがした。恐怖心は不思議と薄れていった。

木々がざわめき、外の世界の息吹を感じた。そして、街の景色も変わって見えた。

途中いつもお世話になっている八百屋のお兄さんを見かけた。

お兄さんは、店番をしていた。少し八百屋の様子を遠くからのぞいていると、お兄さんが私に気づいた。

お兄さんは私を見かけるなり、手を止めていつもの笑顔を見せてくれた。

「街の外に出るの?」少し声を張り上げて聞いてきた。

「はい!外に出ます」私も負けずに声を張り上げた。

「そうか!頑張れよ。」「はい!」私はお辞儀をしてその場を去った。

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