プロローグ
第1話 転生勇者と天才たちの出会い -1
「んー、いい天気」
黒髪黒目の少年、カイはのんびりとした口調でつぶやいた。
彼の背後には、雄大な山脈がそびえ立ち、前には広大な平原がどこまでも続いていた。空には雲一つなく、カラフルな鳥が楽しそうにさえずっている。
異世界に来てから約一週間。
毎日が新鮮で、まるで壮大なロールプレイングゲームの世界に迷い込んだかのようだった。ただし、一つだけ違うのは、彼は魔王を倒すことには全く興味がないということだった。
「魔王討伐?いやいや、無理無理。俺、レベル1だし」
カイはそう言いながら、肩に担いだボロボロのリュックを軽く叩く。
中には、異世界に来る前に持っていたスマホと、少女漫画の単行本、それに食料とキャンプ道具が詰め込まれている。
彼の異世界生活の目的は、魔王討伐でもなく、ハーレムを築くことでもない。スマホで読んだ少女漫画の知識を元に、この世界のどこかにある平和な場所で、スローライフを送ることだった。
魔王討伐の旅は、少女漫画でいうところの「トラブルに巻き込まれるためのイベント」に過ぎない。早くこのイベントを終え、平和な世界で自活できる場所を見つけたい。それが彼の真の願いだった。
「おーい、カイ。そろそろ昼食にしないか?」
声の主は、銀色の髪と大きな狼の耳を持つ少女、ルナだった。
クールな表情とは裏腹に、彼女の耳と尻尾はカイの一挙手一投足に反応してピクピクと動いている。ルナは優秀な魔法使いだが、その強すぎる魔力ゆえに周りから孤立してきた過去を持つ。そんな彼女にとって、カイの隣は、自分の力を恐れずにいられる唯一の場所だった。
「ああ、ルナ。腹減ったな」
カイは笑顔で返事をし、彼女の隣にいる少女に目をやった。金髪と透き通るような青い瞳を持つ可憐な少女、セレナ。彼女は、聖女としての重圧に苦しみながらも、カイのそばにいることで、本来の無邪気な自分を取り戻しつつあった。
「カイさん、今日の昼食は何でしょう?昨日の夕食も、とても美味しかったです」
セレナは、透き通るような声で尋ねた。彼女の故郷では、儀式めいた食事しか許されていなかった。だから、カイが作る、どこか懐かしい「家庭の味」が、彼女の心を温かくしてくれた。
「ふっふっふ…」
カイは意味深な笑みを浮かべると、腰につけたポーチを軽く叩いた。
すると、亜空間のストレージから、見慣れない紙の容器と、何かを温めるための道具が飛び出してきた。
「うわ…紙の容器で料理をするのか…?」
ルナは目を丸くする。異世界では、紙は貴重なもの。そんなものを料理に使うなんて、正気の沙汰ではない。
「ん?ああ、これな。これはインスタントラーメンだ。俺の故郷じゃ、手軽に作れる料理なんだぜ」
カイはそう言いながら、ストレージから携帯用コンロを取り出し、その上に鍋を乗せて水を張る。ルナとセレナは、その奇妙な道具を警戒するように見つめる。
「カイ、火は魔法で…?」
ルナが眉をひそめて尋ねた。
「いや、違うんだ。これは『コンロ』って言って、燃料で火を起こす道具なんだ。これなら、誰でも簡単に火を扱えるだろ?」
カイはそう言って、慣れた手つきでコンロに火をつける。ルナとセレナは、その様子を興味津々に見つめる。
「魔法を使わずに火を起こせるなんて…」
セレナが目を輝かせた。
「その『コンロ』とやら、使い方が分からないな…」
ルナは、クールな表情を保ちながらも、その道具を触りたそうにしていた。
やがて、鍋の湯が沸騰し、カイは紙の容器の中にある麺と具材をふやかし始める。湯気と共に香ばしい匂いが立ち上る。ルナとセレナは、恐る恐る麺をすすった。
「っ!これは…っ」
ルナは、その未知の味に驚き、目を見開いた。彼女の故郷では、素材の味を活かした薄味の料理が主流だった。そのギャップに、彼女は思わず言葉を失う。
「…とても…温かくて、優しい味がします…」
セレナは、一口食べるごとに目を潤ませる。
「…故郷の…温かい料理を、思い出します…」
「え?セレナ、泣いてるの?」
ルナは、セレナの涙を見て、焦ったように声をかけた。
「いえ…大丈夫です…」
セレナは、涙を拭きながら微笑む。そんな二人の様子を見て、カイは心の中で『最高かよ…!』と叫んだ。
◇◆◇◆◇
「おやおや…これは、まさに『鈍感系主人公』ね。最高に面白いラブコメが始まりそうじゃない?」
そんな微笑ましい三人組の様子を、遠くから隠れて観察している二つの影があった。
一人は、端正な顔立ちと鍛え抜かれた筋肉を持つイケメン騎士、レオン。そして、もう一人は、常に薄ら笑いを浮かべる天才賢者、システィナだ。
「システィナ、あの者たちか…?」
レオンは、怪訝な表情で尋ねる。彼の任務は、勇者カイの監視と護衛。だが、勇者パーティーの奇妙な行動に、レオンはすでに困惑していた。
「ふふふ、王宮から極秘任務で派遣された私たちには、見過ごせない光景ね…」
システィナは、不敵な笑みを浮かべながらレオンに囁く。
彼女はカイのあまりの鈍感さに笑いが止まらなかった。ルナとセレナのカイへの好意は、彼女には一瞬で分かった。
「まさか…勇者様が、女性の扱いに鈍感だとは…」
レオンは、信じられないという表情でつぶやく。そして、やれやれと肩をすくめる。
「はぁ……。また、君の悪い癖が出たようだな」
「なによ~、最高の素材なのよ…この旅を、最高に面白いラブコメにしてあげるわ、ふふふ」
システィナは、そう言いながら、ルナとセレナの想いを利用した恋愛地雷を仕掛けることを密かに企んでいた。
彼女の天才的な頭脳は、本来とは違う方向に全力で容量を割き、まさに高速回転を始めたのだった!
魔王討伐の旅は……
たぶんしばらく始まらない…
________________________
第1話をご覧いただきありがとうございました。
2話までは出会いを描いたプロローグ、実際の冒険とラブコメは3話から本格化します。
このあとシスティナのちょっかいがどんどんとエスカレートしていきますので、どうぞお楽しみに!!!
あと★と💛をいただけるとモチベ維持となりますので、少しでもいいかな、と思ったらぜひぜひお願いします!
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