第20話 映画より甘い夜

商店街に、鈴の音が混ざる季節になった。

リョウマの風邪がようやく治った頃には、街はすっかりクリスマス色になっていた。


どの店先も、クリスマス仕様の飾りつけで赤と緑に染まっていて、

軒下にはサンタの人形がぶらさがっていたり、イルミネーションが瞬いていたり。

子どもがはしゃいで、カートを押すお母さんが笑ってる。

──なんてことない冬の日やけど、ちょっとだけ特別な雰囲気が流れていた。


「え、これ回したいだけのやつちゃうん……?」


ナユが眉をひそめた先には、商店街の特設ブースに置かれた、

おなじみの“ガラガラポン”福引きマシーンが鎮座していた。

赤、青、白の球がカラフルに転がるアレや。隣では、景品表が風になびいていた。



『一等:温泉ペア宿泊券』

『二等:高級カニセット』

『三等:映画ペアチケット』

『四等:石けんセット』

『参加賞:サンタ柄ポケットティッシュ』


地元商店街の福引にしては、ラインナップが地味に豪華やった。


「……温泉、一等なんや……急に本気出してきたな……」


「三等からの落差すごいな。現実って、こういうとこで出るがやね……」


「いらっしゃいませー! 本日3,000円以上のお買い物レシートで、 福引にチャレンジできますよ~!」


店員さんの掛け声に、ナユが思い出したようにトートバッグを漁る。


「……あ、うちのと、アンタのおつかい分、あわせたらちょうどやん」


差し出したレシートにスタンプが押され、ガラガラマシーンの前に立たされる。


「回すのは……そちらのお兄さん、どうぞ~」


にっこり笑うお姉さんに促されて、リョウマがちょっと緊張気味にハンドルを握る。


「これは……物理抽選型ランダマイザー装置やき。確率偏差を……」

「そういう解説いらん! はよ回して!」


ゴロゴロ……カランッ!


赤い玉が、皿の上に転がった。


「おおっ、三等です! おめでとうございます~!」


「え!? まじで当てた!? リョウマ……すご。カニじゃなかったけど」


「わし、やっぱり神様に愛されちゅうがやろか……」


拍子抜けするほどあっさりと、映画ペアチケットが当たった。

渡すときにお姉さんがニコニコしながら言った。


「彼女さんと行ってくださいねっ」


「あっ、いや……わしは、その、まだヒモで……」

「ちょ、黙っとき!! どこでそんな正直さ発揮すんねんな!!」


ナユの裏拳がリョウマの腹に突き刺さる。店員さんは笑顔のまま固まった。

周りの人がチラチラ見てきて、恥ずかしさで顔が熱くなる。


「……アンタ、言葉選びとかいう概念、持ってへんの?」

「今、アップデート中やき」


道すがら、彼はもらった映画チケットをまじまじと見つめていた。

「ふたり分、ちゃんとあるがやね。席も並びやき」


「それがペアチケットの意味やろ……」


ナユは、ふっと息をもらした。

すっかりイルミネーションの飾り付けがされた商店街。

ちょっと前まで“誰かと過ごすクリスマス”なんて、予定にもなかった。


でも、今手元に映画ペアチケットがあって、隣には変な人間未満が歩いてて。

ちょっとこそばかった。


「ナユ、せっかくクリスマスやし、映画館行ってみたいがやけど……」


「なんか観たいん? 話題のやつ?恋愛系?爆破ドーン系?」


「……観たいやつあるき。

もっと、こう……人の良心とか、正義とはなにかとか……

そういうのを問いかけてくる作品……」


「……へぇ、そんなん観たいんや」


「始まりは、静寂。

 観客すら息をのむほどの暗闇から、

 ひとりの男が立ち上がる──

 何かを隠しているような、不穏な空気を纏って……」


「……ん? 意外と気になるやつかも……」


「そして彼を追う、影。

 静かに、それでいて確かに、

 赤と黄色の光が……彼に迫るがよ……」

「正義か、自由か。

 ──この世界に“観てはいけないもの”があるとするなら、

 それは誰が決めるがやろうか……」


「え、なにそれ……今やってる?邦画?洋画?タイトルは?」


「……カメラ頭の男が、逃げる。えっとノーモア──」


「それ本編ちゃうねん!!!いっちばん最初に流れるヤツや!!!!」


被せるようにツッコミながら、おかしくて、ふたりして吹き出す。


イルミネーションのきらめきの中で、

ナユはふと、少しだけ照れくさそうに呟いた。


「……また、観たいの探しといて。今度、ゆっくり観に行こ」


「うん、楽しみにしちゅうき」


福引きの“映画チケット”をポケットに入れたまま、私たちは商店街をぶらぶら歩いた。

買い物袋は、食材と、たまたま安売りしてた骨つきチキンでいっぱい。


帰り道、ふと甘い香りがして、ナユは足を止めた。

通りの角にある、小さなケーキ屋さんのショーケースに、

最後のショートケーキがぽつんと残ってた。


「……あ」

「残り1個……」


ふたり同時に声を出して、思わず目が合った。

ちょっと気まずい沈黙──の、直後。


「……半分こにしよ」

「うん」


自然と笑いがこぼれた。

リョウマはどこか嬉しそうにケーキの箱を抱えて歩いてる。


クリスマスっぽさは、たぶんそこに詰まってた。


部屋に帰って、ケーキ切って、

ふたりして、Switchの電源を入れて、プレゼントでも交換するようにJoy-Conを渡し合う。


「ナユ、ゲーム強すぎやろ……」


「アンタが弱すぎんねん」


「……わしが勝ったら、トナカイのコスプレしてくれる?」


「なんでそこは、セクシーサンタやないねん」


笑い声と、チキンの匂いと、ケーキの甘さ。


いつもどおり、くだらない会話でしめくくる夜。

でも、その“くだらない”が、いちばんのプレゼントみたいだった。

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