乙女と爆弾
子分Aを抱えた私は、学園の図書館に避難した。
ここなら書架を盾に出来る。視界が開けないのは不利だけど、それは敵も同じだろう。もっとも、建物ごと爆破されたら大量の本に埋もれて死ぬ事になるけど。
「本に埋もれて死ぬと、本の無い世界に転生してしまうのじゃー」
子分Aが言っているのは、ラノベの話らしい。
ついでだからラノベを探して読んでみよう。
この世界の文化を知るてがかりとして、きっと有効なはず。
「しかし、誰も居ないわね? 学生なら図書館に籠って勉強するもんじゃないの?」
この学園はエリートの通う学校なのだそうだ。
そもそもが、上級学校がエリートの通うもので、ほとんどの人は標準学校を卒業したら、成人として社会に出るのだとか。
だったら、もっと勉強していそうなものなのだけど。
「最近は、本も電子じゃし。それに、爆発の現場に集まっちょるんじゃろ」
本も電子?
もしかして、SF映画に出てきた未来の機械が現実のものに?
一枚の紙に、沢山の動画や文章が表示されるアレ。
いや、この世界も現実ではないのか。
今の私にとっては、現実の世界だけどね。
「食堂棟で、調理室のガスが爆発したみたいじゃよ」
「え? なんで分かるの? 校内放送でもしてた?」
「へ? いや、チャットで子分Bが教えてくれたんよ。食堂に行ったそうじゃけ」
チャット?
この世界は、未知の事だらけだ。
戦国時代や中世フランスは過去だったから、歴史書やマンガやアニメで知っていた知識もあったけども。
どうやら、ここは未来の日本で作られたゲームの世界らしい。
知らない事だらけで当然かしらね。SFの知識は通用しないのだろうし。
「チャットって何? もしかして、この世界には、遠くの人と会話出来る魔法でもあるの?」
「いや、基本この世界はファンタジーなしじゃけ。裏シナリオで魔法大戦編があるって噂は聞いたことあるけど」
裏シナリオってのも、よく分からないけど。
何か特定の条件を満たす事で、魔法が使える世界になるって事かしら?
古代の魔導書が発掘されるとか、月から魔法少女がやって来るとか。
だったら、是非とも魔法を使ってみたい。
これまで渡り歩いて来た世界は、日本なのに銃をバンバン撃っちゃう刑事が居たり、ファンタジー気味な要素もあったりはしたけども。
いわゆる剣と魔法の世界だけは未体験なのよね。ドラゴンとかペガサスのような生物にも出会った事は無い。
でも今はそれどころじゃない。
私は、この世界の常識を知らな過ぎる。
情報の不足は、命取りだ。
チャットとかいうものは、特に重要な気がする。
私が異世界転生者である事を理解している子分Aから情報を仕入れないと。
「もしかして、親分は昭和の世界から来たん? まさか戦前とか?」
子分Aが、原始人を見るかのような目で、私を見て言う。
子分のくせに。いや、それは設定上の話であって、今の私達は、異世界からの転生者なのだから、親分子分の関係も解消って事になる?
だったら、改めて子分として躾けるまでだけども。
「戦前ではあるわね。応仁の乱よりも前だったし」
「戦争として出て来るのが応仁の乱!? 親分は、京都人なんじゃろか?」
もっとやばいものを見る目になった。
それは、京都人に対して失礼じゃないかしら?
確かに京都には、いけすかない連中が居たけども、京都の人全体というわけでない。ない、と思う。
「直近で居たのは、戦国時代だからね」
「戦国時代!? 江戸時代ですら無かった! ていうか直近って? もしかして、何度も転生しちょるんじゃろか!?」
どうやら、何度も転生して異世界を渡り歩くのは、定番の展開ではないらしい。
私は、もう19回くらいは、死んでは異世界への転生、を繰り返しているのだけど。
「その前は、革命当時のフランスだったわね。革命といえば、ロシアにも居て、電柱に吊るされたりしたわよ。その前は、開拓時代のアメリカ西部だったかしら? いや、第六天魔王だったっけ? 一番最初は、現代日本だったわよ」
「ほえー、まるでいろんな企業を渡り歩く派遣社員みたいじゃー」
派遣社員というのは、特定の企業に雇用されず、期限を定めた契約を交わして働くものらしい。
確かに、いろいろな世界を渡り歩いてきた私は、そんな感じなのかな?
「私が現代日本に居た頃は、そんなものは無かったなー。期間工ってのはあったけど、それも企業が直接雇用してたわね」
「親分の言う現代って、平成初期? それとも昭和? いずれにしても魔歴前? 親分の前世は、ワシのおばあちゃん世代?」
今度は、年寄扱いの目だ。
平成ってのが、昭和の次の元号なのかしら?
昭和のうちに、最初の人生を終了した私は、そんなものは知らない。
魔歴なら知っている。あるバンドの信者のみで通用する暦だ。
あのバンド、ほんとに世紀末に解散したのかしら?
「そういうあんたこそ、私のおばあちゃん世代なのかと思ったのだけど」
子分Aのしゃべる言葉は、おそらく私の前世の出身地のものだ。
でも、ワシワシ言っていたのは男性だけだった。女性で一人称がワシなのは、大正生まれのおばあちゃん世代じゃないかな。
「ワシ、おばあちゃんに育てられたんよ。じゃからして、ワシって言うのが普通なんじゃと思ったまま育ったんで、気付いた時にはもう修正出来んかった。おばあちゃんを否定するみたいでもあるし」
子分Aの話を聞いていると、高校の入学祝いにおじさんから貰ったお小遣いで、第一大教典を買った、とか言っているから、私よりは10歳くらいは下になるのかな。
あれの発布は確か、西暦で1985年の事だったはず。
おばあちゃんと言うほどの歳の差は無いじゃないの。お姉さん世代よ。
などと、子分Aから情報を仕入れていたのだけど。
ここは図書館だ。会話に適した場所ではない。
「誰も居ないとはいえ、図書館で話し込むのは良くないわね」
「ほいじゃあ、寮にでも行く? 親分は、金欠じゃからして、カフェとか無理じゃろ」
カフェ。
そんなこじゃれた物言いは知らないなあ、などと知らぬ事の多さに茫然としていると、また大きな爆発音らしき音がした。
咄嗟に、子分Bを抱いて床に伏せたのだけど、書架が倒れたらふたりとも死ぬわね? ここを避難先にしたのは失敗だったかしら。
「じゃ、じゃから、ワシまだ、心の準備が」
押し倒した様に見えるけど、違うからね?
モブキャラとはいえ、子分Aは決してブサイクではないし、小さい女の子は、それだけで可愛いと思うけども。
私は、フランス王室にも居た、れっきとした淑女なのだ。
小さい女の子をいきなり押し倒したりはしない。
修羅の世界を渡り歩いて来た私にだって、母性本能やお姉さん回路の様なものはあるのだ。
小さい女の子が目の前にいて、危機が迫れば、身を挺して守るくらいの事は、本能的にする。
でも、小さいのは見た目だけで、子分Aは同級生なんだっけ?
それでも、設定上とはいえ子分なのだから、親分である私が守るのは義務だろう。
「今のが爆発だとしたら、また食堂棟の方だと思うのだけど」
ガス爆発は偽装で、見物人が集まったところをドカンとやるのが本命だったか。
「え!? じゃとしたら子分Bが!」
「まさか、まだ食堂棟に居るの?」
何てことなの。
たった二人しか居ない貴重な従者が、転生早々に一人失われてしまったかも。
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