【患者4】の告白
わたしの番、ですね。
中木田佳子といいます。歳は四十七歳。今は、障害年金をもらいながらパートで週二、三、給食のおばちゃんをやってます。
神原くんと同い年の娘がいます。———が、一緒には暮らしていません。
わたしは娘を産んですぐ、うつ病を発症しました。うつ病だというのはあとからわかったことで、夫や義両親からは育児放棄と見做され、離婚されてしまいました。
仕方ないんです。わたし、生まれたばかりの娘に、ろくに乳もやらなかったんです。
女性なら誰しも、母性本能というのが備わっている。あんなのって迷信だと思いました。私には、少しも我が子が可愛く思えなかった。ひどい母親だと思います。
半年くらい前でしょうか。娘から手紙が届いたんです。一度会って話がしたいって。
駅前のカフェで待ち合わせをしました。娘は、深い紺のセーラー服を着てて———ああ、偶然にも、娘は西ノ里に通ってるの。
「あたし、実は今、好きな人がいて」
正直、拍子抜けしてしまいました。まさか、顔も覚えていない母親をわざわざ呼び出してする話が恋愛相談だなんて。けれど、娘がせっかく会いにきてくれたのだからと真剣に話を聞きました。
「クラスの、先生なの。イケメンで、爽やかで…。好みのタイプを聞いたら、料理のできる家庭的な女性が好きだって」
「パパから聞いたの。ママは料理が得意だったってね。調理師さんなんでしょう?」
「だからお願い! 私に料理を教えてほしいの」
見栄を張って料理研究部に入ったはいいものの、ぜんぜん上達せず失敗ばかりなんだって、娘は恥ずかしそうに言いました。
それから娘は、学校帰りにわたしのアパートを訪れるようになりました。部活で余った食材を片手にぶら下げて。
鮭のホイル焼き。チーズグラタン。とりの唐揚げ。本当にわたしの指導が必要だったのか、もうわからないくらい娘はメキメキ腕を上げていきました。母性本能……というよりは、友達同士のような感覚で娘と接していました。
……ああ、そういえば。わたしが教えたレシピの中にパエリアがあったかも。
もし、神原くんの言う女の子がわたしの娘なら、……ここから先は、聞きたくもない話かもしれません。
ある日の放課後。娘はボロボロの姿でわたしの元を訪れました。何があったのか尋ねると、しばらく俯いたまま黙っていましたが、ココアを淹れてあげたらほっとしたのか、ようやく口を開きました。
「先生に、お弁当を作っていったの」
「先生、喜んでくれて。部活が終わったら、多目的室に来るようにって、呼び出されて、それで」
そこから先は、わたしでも耳を塞ぎたくなるような話でした。
子どもの夢を、そんな形で汚す大人がいるなんて。信じられない。……教師の名前を聞き出そうとしましたが、娘はそれについて絶対に口を割りませんでした。
「先生、子どもが生まれたばかりなの。先生の幸せを壊しちゃう」
「そんな人にお弁当を作っていったあたしがばかだったの。あたしが全部悪いの。だから…」
学校に抗議しましたが、娘の親権を持っているわけでもない、その上どの教師からの被害かもわからない以上、学校には何もできないとつっぱねられてしまいました。私がこんなんだから、頭のおかしな女の虚言だとでも思われたのでしょう。
「パパには言わないで。ばかなことしたあたしが悪いの」
娘の意思を尊重して、誰にも話していません。けれど、わたしは悔しくて悔しくてたまらない。
必死で情報を集めました。もちろん娘には秘密です。すると裏サイトの書き込みから、西ノ里高校には過去、教師からの性的暴行が理由で自殺した生徒がいるなんて噂があることがわかりました。なんでも、教師とやったって噂が広がって、クラスの子からも陰口を言われるようになったそうなんです。
皮肉なことに、その生徒も娘のように口を閉ざしたまま亡くなったので、教師はお咎めなしだったらしいのです。
その教師がいったいだれなのか。SNSや同窓会掲示板から必死に当時の生徒を探し出して話を聞き、それが『杉本』という名前の体育教師だと突き止めました。
この十年間、西ノ里高校から一度も異動をしていないことも。
血眼になって調べるうちに、わたしはあることに気がつきました。
この気持ち———この、娘のために闘おうという意思こそが、母性本能なのだと。
わたしの中にも母性本能があったのです。目覚めるまでにだいぶ時間がかかってしまいましたが、これがきっとそうだと、次第に実感できるようになりました。
わたしは娘のために闘いたい。よりよい世界を作ってあげたい。
ですので皆さん、どうかお願いいたします。
すべては、よりよい世界を作るために。神原くんのようにトラウマを抱えたり、奈々美さんのように、大人たちの都合に身も心も殺されたり。あるいは———西ノ里で自ら命を絶った女の子やわたしの娘みたいに、悲劇が次の悲劇を生むような世の中を変えるために。
穢れた大人を、我らが神の母胎へ。
そうすることで彼———杉本鷹人の魂は浄化され、いずれ穢れなき存在として生まれ直すでしょう。
さあ、みなさん。祈りましょう。手を繋ぎましょう。
よりよき世界のために。あらゆる幸福のために。
*
———次のニュースです。
T県T市の山中の小屋で、男性の遺体が見つかった事件で、警察によりますと、遺体は同市の高校に勤務する杉本鷹人さん、三十七歳のものと判明したとのことです。
小屋には複数の人間が出入りした形跡があり、彼らが事件に何らかの形で関与したとみられています。関与したと思われる数人の行方は、現時点ではわかっていません。
短編ミステリー『集団セラピーにて』 波多野ほこり@ミステリー @hatano_hokori
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