バーで働くバイトが店主に……な話

レモンプレート

本編

薄暗い店内。

天井からこちらへ降る照明。

磨き上げられたカウンターと床。

そしてその奥の、所狭しと酒瓶が並んだ棚と、空っぽの棚。

ジャズの知らない名盤がBGMにされて雰囲気を作らされている。


その隅のレジスター用の椅子に腰掛けて今日も暇を潰しているのが、このバーで働く学生アルバイト、悠真。

20歳になって、憧れだったバーで働き始めた悠真だったが、どうやら店選びに失敗したようだ。

鶴銀(つるがね)さんという26歳の男性が店主を務めるこの店なのだが、来る日も来る日も、誰1人として来店しないのだ。確かに通りからは離れているがそこまで奥まった場所というわけでもなく、立地も様相もその原因と見えず、悠真は不思議がっていた。


「はあ、今日も来ないんですかね。お客さん」

埃一つ落ちていない床をまた磨く。今日でもう3回目だ。


「退屈そうだね」


「スマホ見てないだけ褒めて欲しいです。何にも起きなくて暇なんです」


「うーん。そうだな……」

「"まかない"なんてどうだ?悠真くん」


「まかないですか」


「そう。カクテルだけど」


「……いただきます」

まかないとは言ってもそんな本格的な酒をアルバイト風情に飲ませて良いのか、でも暇で暇で仕方がない。色々と過ったが、舌で転がす時間分は暇ではなくなるかと提案に甘えることにした。


「そうこなくちゃ」


冷蔵庫からグラスを出してきて、大きめの氷をガツガツと入れる。

シガーでドライジンを40ml測りとってグラスへ。

氷に直接は当てないようにしてトニックウォーターを慎重に注ぐ。

バースプーンを差し込んで静かにステアする。

ライムの輪切りをそっと氷の間に滑り込ませれば、ジントニックの完成。


当たり前だけど、俺に教えた通りに作るんだな。

ジントニックは初日に教えてもらって俺も作れるけど、氷を避けてトニックウォーターを注ぐのが難しい。氷に直撃すると炭酸が抜けて不味くなる。あとステアするのは楽しいから、混ぜすぎて氷を溶かさないようにするとか。

……あっ、氷が溶けないうちに飲まないと。


「いただきます」

ライムの酸味。トニックウォーターの甘み。そしてそれらを包み込む炭酸。トニックウォーターの人工感をライムの風味が中和して、とても飲みやすい。……ジンって結構強い酒のはずなんだけどな、40%だっけ。トニックウォーターで割ってるから15〜20%ってくらいかな。

「すごく美味しいです。飲みやすくて」

感想を全部言うのはめんどくさいかな。


「喜んでもらえてよかったよ」

「一杯だけじゃ物足りないだろ。何杯か注文しても……」


「……」

お酒は好きだけどお金がない。ここならある程度飲み放題か。

「じゃあ、モヒートと……あとはおすすめで」


ジントニックよりも清涼感の強いモヒートだが、その実砂糖を直接入れるのが特徴。ミントとライムがこの甘ったるさを受け止めるクッションになってくれる。雑味がなくてクリアなホワイトラムの甘さも顔を出すようなのが好み。最近暑くなってきたしいいね。これ。


マルガリータはテキーラをベースにオレンジリキュールとレモンジュースを加えてシェイカーで混ぜたものをスノースタイルのグラスに注いだカクテル。淵の塩気が甘さを引き立てるが、テキーラの強いアルコールを隠し切りはしない。ちょっと酔ってきた、か……?


マンハッタンはウイスキーを使って作るのだが、苦い酒を加える。リンドウやハーブを漬けたビターズとベルモットを取り混ぜる。カクテルの女王と言われるだけあって結構重たい。


最後はサイドカーが出てきた。ブランデーとキュラソーとレモンジュースを氷とシェイクしたもの。強い。なんだか頭がふわふわしてきた。眠い。カウンターに上半身を預けて目を閉じてしまう。

眠りに落ちる際に、額に小さな温もりを感じた。気のせいだろうか。まるで蝶が止まったようだ。


日が経って、シフトに入るたび"まかない"を味わっては寝てしまう時間を過ごしていた。

気がつけば、空だったボトルキープの棚はいっぱいになった。

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