第22話 見えない何か

 強い風圧が迫ってきたかと思うと、次の瞬間には立ち消えている。

 信長はワンドを取り出し風圧が起こった場所へ氷の魔法を放り込む。

「クッ」

 敵が見えない上に住宅街なので炎や雷の魔法は逸れた時の影響がデカすぎるから使うには危険すぎた。

 土の上では砂埃が舞うのでおおよその場所が分かるが、アスファルトの上では舞い上がりが無いのでとても分かりづらい。

「ノブ、右!」

 バコォ

 右から強烈な一撃を貰い体制を崩す。

「アイス」

 反撃を試みるも手ごたえが全く感じられない。

「石倉さんに理論ではなく実践を先に教わっとくんだった」

「アイス」

 またもや魔法は空を切る。

「信長ぁ! にゃんの後を続けてとなえるニャ―」

「分かった」

 シロワカの詠唱に答えを合わせて後を追い信長も詠唱を始める。

 リィン

 杖の先から鈴の音が鳴ったかと思うと白い帯のようなものがスルスルと伸びてゆき、見えない何かにまとわりつくと部分的にミイラの包帯のような風になり、視野で認識できるようになった。

「よし」

 口笛を鳴らし刀を取り出すと、鞘から引き抜き敵に向け走り出す。

「ウォォォぉ」

 ドサッ

 敵を一閃のもとに切り伏せると、帯のお陰でそのまま敵は倒れ込んだのが分かった。

「うゎ、なにこれぇ」

 サニアが思わず悲鳴を上げた。

「消えてゆく?」

 敵の体から漏れた血液なのか白かった帯が段々と色が抜けて透明に変化していっていた。

「!!刀まで」

 血の付いた刃の部分が透明になっている。

 体のあろう場所を足で確認し、血が付着していないであろう場所を掴むと、まるでスライムを触ったかのような柔らかい感触が伝わってきた。

「なんなんだ、コイツ」

 アスファルトを敷いてある道の真ん中から空き地の隅まで移動させるころには、帯はほとんど見えなくなっており、引きずった後に透明なシミがぽつりぽつりと残され、それを水の魔法をかけて中和していった。

「後は刀だな」

 小太刀の刀身に水を掛けると、見えなくなった刃が姿を現して信長を安心させた。

「ふう、良かった。 コイツは無銘ながら俺にとっては相棒だからな」

 そういう信長に対してサニアが寄ってきて自分を指さし「私も相棒!」とおどけた。

「ああ、間違いない」

 信長の返答に満足したのか、サニアはにこりと笑うと頭の上に腰かける。

「ちょっと、重い」

「女の子に重いはないんじゃない」

 まるで言葉遊びをしているかのようにくすくすと笑いながら言葉を紡いでくる。

「刀仕舞った?」

「ああ、仕舞ったよ」

「じゃあ、今の相棒は私のみだね」

「ふふ、そうだな」

「人が来なくてよかった」

 奇跡的なのか普段から人が通らない道なのか、その時間帯は誰にも見られることなくおかしな証拠を隠滅できた。

「帰るか、シロワカ」

「そうだニャ―」

「なんで私じゃないのよ」

 リュックの中でしきりにシロワカはもぞもぞ動いた。

「どうしたシロワカ」

「冷たいんじゃないの」

 サニアは先ほどの買い物袋を小さくしたことを伝えてきた。

「そういえばそうだ」

 リュックから袋を出すと、元の大きさに戻して右手に持った。

「忘れてた! すまないシロワカ」

「だいじょうぶだにゃ」

「シロワカ、私にお礼は?」

「おいおい調子に乗るなよ」

 機嫌がいいサニアに対し呆れた信長がブレーキをかけるもあまり効果がなく、しまいにはシロワカが苦笑いをしながら「ありがとにゃ」と言葉に出した。

「うんうんこれでよし」

 家に帰るころには日がだいぶ傾き、カギを取り出すも周囲は暗くなり始め上手く鍵穴にはまらない。

「もうちょっと右だニャ」

 ズルズルがちゃり

「ありがとう、流石猫だね」

 人間や妖精と違い、猫やその仲間は夜目が効くので暗闇を苦としない。

 晩御飯をテーブルに置いて、冷蔵庫に買ったものを入れていった。

「冷凍食品解けちゃってるよ」

「アイス買わなくてよかったね」

「サニアのお菓子しまっといて」

「了解」

「汁物一品作るよ」

「ありがとう」

「サニア、醤油どこに入れた?」

「台所の引き戸の中」

「あった、サンキュー

「今日はとっておきのを出すぞぁ」

「なぁに、またお酒?」

「悪いか?」

「まぁ、いっか」

 買ってきたものを並べ、久しぶりに食卓が彩る中、みなが席に着くと思い思いの歓声を上げてむしゃぶりつく。

「おしゃかなおいしいにゃ」

「シロワカ大活躍だからね。 いいの買っておいてよかったね」

 シュポ

 トクトクトク

「ぷはぁ、これよこれ」

「シロワカ、チョットよこしなさいよ」

「ダメニャ!」

「ふう、食った食った」

「ほんと、お腹いっぱい」

「にゃぁ」

 信長は後片付けの洗い物を済ませながら、シロワカに声をかけた。

「今日さ、シロワカの言った通りに詠唱を真似したら白い帯のようなものが出てきたけど、シロワカの魔法なの?」

 シロワカは尻尾をゆっくりと揺らしながら「そうだにゃ。 あれは足に引掛けたりして転ばせたりする法力だにゃ」と答えた。

「法力? 魔法とは違うのか」

「まあ、似たようなものだにゃ」

 シロワカはフンフンと鼻を鳴らし機嫌よく答えた。

「色々教えてくれないか」

「いいにゃ」

 断られるかもと思い色々と言い方を考えていたものの、あまりにあっさりと承認されたので、急に止まれないランナーのように頭の中でしばらく走り続けていた。

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