第29話 転校生

 朝の光が、夏の気配を含んで差し込んでいた。


 いつもと変わらないはずの平日の朝だが、小鳥と拓海のクラスはざわついていた。どのクラスメイトも同じ話題で持ちきりだ。


「今日だね、転校生が来るの!」

「どんな人だろう」

「先週、職員室に来てたの見た人は“すごく綺麗”って言ってたよ!」


“綺麗な転校生”

それ以外の情報がない。


「ねえ拓海、転校生ってどんな人だと思う?」

「さあ……来てみないと分かんないだろ」

「うーん、でもなんかワクワクしない?」

小鳥の声は、まるで新しい風を迎えるように弾んでいた。


 篠原が笑いながら椅子に腰かける。

「みんな朝からテンション高いな。どうせすぐに分かるって」

「もう!拓海も篠原くんも、もっと他人に興味持とうよ」

小鳥がプクッと頬を膨らませる。拓海は苦笑しながら窓の外を見た。


 その瞬間——

 ドアが静かに開いた。


 担任が私服の生徒を連れて入ってくる。


「今日からこのクラスの仲間になる結城さんです」


教室の空気が、ふっと変わった。

そこに立つ転校生は、まるで光の粒をまとっているようだった。


白に近い柔らかな肌。

首筋まで流れる淡い色の髪が、光に透けて揺れている。

長いまつげに縁取られた灰がかった瞳。

男子か女子か、外見では判断できない。

誰もが息をのんだ。


「結城玲司です。よろしくお願いします」


穏やかで、透明な声。


「結城さんは先月まで海外に居たので、この時期の転校になりました。制服は今月中にできるとのことです」


先生の言葉で教室の時間がゆるやかに動き出した。


「席は1番後ろ、久城さんの隣に」

担任の指示に小さくうなずき、転校生は静かに歩き出す。


風が通るような足取り。

それだけで、教室の空気が少し涼しくなった気がした。


篠原が振り返って拓海に囁く。

「なんか雰囲気あるな」

「……ああ、確かに」

拓海は短く答えながら、どこか胸の奥がざらつくのを感じていた。


二人の脇に来た転校生が足を止める。

「久城君、よろしくね」

その声は鈴のように柔らかく、教室の隅々にまで澄んで届いた。



--------------------



 午前の授業が終わると、教室のあちこちで椅子の音が立った。あっという間に玲のまわりに人の輪ができていた。主に女子達だ。


「ねぇねぇ、結城くんって、どこの国にいたの?」

「すごい肌白いね! 日焼け止めとか使ってる?」

「どうして日本に来たの?」


 質問攻めにもかかわらず、玲司は一人ひとりに丁寧に応じた。驚くほど落ち着いた笑顔と声で。相手の目をきちんと見て答える。


「北欧のほう。冬が長いから、太陽の光が恋しくなるんだ。でも、雪が降る森はきれいだよ。音が全部、静かになるの」


「へぇ〜! なんか映画みたい!」

女子たちが感嘆の声をあげる。玲司は照れたように微笑んだ。


「ありがとう。でも、日本の季節の方が好きかも。四季がちゃんとあるから」


 篠原がその様子を見て感心したように呟く。

「すげぇな。初日であんな落ち着いてるやつ、なかなかいねぇぞ」

 拓海も頷く。


 確かに、玲司の話し方は穏やかで、どんな質問にも優しく受け止める。それでいて、どこか他人と線を引いているような静謐さをまとっていた。


——人を惹きつける。でも、踏み込めない。


 その不思議な距離感が、拓海には印象的だった。


 ふと玲司と目が合う。玲はほんの一瞬だけ、懐かしそうな微笑を見せた。


 拓海は思わず目を逸らす。


 理由のわからない、ざらつきが胸の奥に残った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

5日ごと 22:00 予定は変更される可能性があります

隣の三姉妹は今日も騒がしい あまぐりたれ @tare0404

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ