第25話 支える側
放課後の生徒会室。
ホワイトボードには体育祭の進行表やメモが整列して貼り出されている。
『開会式挨拶、副会長。救護テント配置、確認済み。放送担当、会計。etc』
窓際から差し込む淡い光が、書類の山を金色に染めていた。
花音は黒髪を低い位置でまとめ、胸元のリボンをきゅっと整える。
姿勢はまっすぐ、指先の動きまで無駄がない。
まさに“優等生”という言葉がぴったりだった。
淡々と確認を続ける花音に、周りの役員たちは感嘆の息を漏らした。
「花音先輩、完璧だね。見ていて気持ち良い」
「資料の並べ方まで美しいんだもん」
「芸術的な美しさだ...」
そんな声が飛ぶ中、ひとり――副会長の藤堂は少しだけ緊張した様子で声をかけた。
「会長、よかったら帰りに喫茶店でも寄ってコーヒーでも……打ち合わせの続きとか」
「あ、ありがとう。でも、まだするべき事が沢山あるから」
「そ、そうですね!僕も担当の仕事がまだあります!」
藤堂は慌ててプリントを抱える。
その動きが少し空回りして、紙がばさばさと床に散らばった。
「副会長、これ天地逆です」
「えっ!? あ、あぁ……」
花音はしゃがんで淡々と直しながら、丁寧に微笑んだ。
「お気遣い、ありがとう。体育祭が終わったら皆で喫茶店、打ち上げに良いですね」
その一言に、周囲の役員たちがくすくすと笑う。
「藤堂先輩、また撃沈ですね」
「花音先輩は鈍いというか……副会長のこと眼中に無いよね」
「え? なにか言いました?」
と小首をかしげる花音に、みんなが一斉に首を振った。
「いえいえ、なんでもないです!」
「はいはい、確認進めよ~!」
生徒会室には、柔らかな笑い声が広がった。
以前の重かった空気がすっかり軽くなり、誰もが自然と作業の手を速める。
花音はそんな仲間たちを見回しながら、心の中で小さく思った。
(……こうやって笑いながら準備できるなんて、少し前までは想像できなかったな)
みんなが主体的に動き、互いに声を掛け合い、支え合っている。
生徒会の窓の外、夕陽に染まったグラウンド。
小鳥と拓海が、何度も何度もバトンを繰り返していた。
風の中でツインテールが揺れ、拓海の姿を追いかけるようにきらりと光る。
「……ふふ、あの子らしい」
花音の頬に、ほんのり優しい笑みが浮かんだ。
副会長が、そっとその横顔を熱く見つめた。
けれど、その視線に気づく花音は、やはりいなかった
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放課後の美術室。
窓の外では風が校庭を渡り、グラウンドからは笛の音と掛け声が絶え間なく響いてくる。
絵の具と木の香りが満ちた空間で、実月は筆を片手に、他の部員達と看板の仕上げをしていた。
「ここ、もう少し青を濃くした方がいいかも」
「うん、体育祭のテーマ“風をつかめ!”だし、勢い出したいよね」
隣で筆を走らせているのは、同じ美術部の先輩。
絵の具を混ぜながら、さらりとアドバイスをくれる。一人で描く時と勝手が違うので学ぶ事が多い。
他にも部員たちが脚立に上がったり、床に座り込んだりしながら、それぞれの筆を動かしていた。看板だけではなく、門や装飾物など、各自が担当を持って進めている。
「実月ちゃん、文字の下に影つけようか?」
「いいですね。あ、じゃあ私が境目をぼかします!」
筆が重なり、笑い声が混ざる。
誰かがふと鼻歌を歌い出し、教室の空気が柔らかく揺れた。
実月はそんな雰囲気が好きだった。
人と描くって、こんなにあたたかいんだ。
ふと視線を窓の外に向けると、グラウンドの端で見慣れた二人の姿が見えた。
小鳥と拓海だ。
ツインテールが風に踊り、拓海を追っている。
「小鳥、もう一回いこう!」
「うん! 次こそタイミング合わせる!」
はちまきが風を切り、バトンがきらりと光を反射する。
最初の頃は何度も失敗して、息を切らしながら笑い合っていた二人。
けれど今は――呼吸が合っている。
小鳥の腕の角度、拓海の走り出す一歩の速さ、受け取る手の高さ。
まるで最初から決まっていたみたいに、自然にバトンが繋がっていた。
「……すごい」
実月は思わず小さく呟いた。
横で筆を動かしていた先輩が覗きこむ。
「何が?」
「小鳥お姉ちゃんと拓海くん、あんなに綺麗にバトン繋げるようになったんだなって」
「へぇ~。努力ってちゃんと形になるんだね」
「うん。なんか、風が通ったみたいだった」
実月は窓枠に肘をかけて、もう一度二人を目で追った。
グラウンドを駆ける二人の姿が、夕陽を受けて輝いている。
小鳥のタイミングに合わせて走り出す拓海。
それを追う小鳥。
ふたりの間に流れる“信頼”の形が、実月にははっきりと見えた。
(描きたいな……)
心の奥で、何かがふっと灯った。
IYAAの展示会が終わってから、描きたいテーマが見つからなかった。
けれど今、ようやく分かった気がした。
(人と人が、心を合わせる瞬間――それを絵にしたい)
絵筆を握る指先が、少し熱くなった。
先輩たちが片づけを始め、窓の外の声が遠くに霞んでいく。
実月は看板の最後のひと筆を、丁寧に描き加えた。
「できた!」
振り返ると、部員たちが一斉に拍手した。
「おぉ、いいじゃん!」
「風、感じるよ!」
笑顔の輪の中で、実月も自然に笑った。
夕陽が差し込み、乾きかけた絵の具が金色に光る。
その光の向こう――小鳥と拓海は、まだ練習を続けていた。
胸の奥で静かに決意しながら、実月は窓を閉めた。
筆の跡に残った風の匂いが、ほんのりと頬を撫でた。
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