ズボラOL、異世界で竜の生贄に!……って、その竜、イケメン!?甘々に溺愛されて逃げられません

粕谷ティア

転生のキーはストロング!

 金曜の夜十時。ブラック企業という名の「牢屋」から解放されたOL・春野理子ハルノリコは、一日の終わりに鳴らす「プシュッ」という音を至福の合図に、ストロングロング缶を迷わず開けた。嫌な記憶が脳みそから弾け飛ぶような炭酸の音が、誰もいない部屋に満たされる。




 大人だけの特別な飲み物を片手に録り溜めていたバラエティ番組を流しながら、理子は日々の鬱憤ウップンを吐いた。




「本当にさぁ……アイツ、マジ何!?って感じだよね!あり得ない」




 主語も述語も無いような愚痴を顔色一つ変えず朗らかな顔で聞いているのは、理子が大学進学を期に一人暮らしを始めた際に購入された自身の干支である竜のぬいぐるみである。




 誰にも聞かれて無いし、愚痴をこぼした所で何の解決にもならないことなど理子自身分かっているが、辞められないことには仕方が無い。これ以上喚いても自分が不愉快になるだけだと、理子は再び意識をテレビに戻す。




「この芸人さんって、この前不倫して干されてた人じゃん。もう復帰したの!?」




 ポリポリとお腹を掻きながら、およそ二十四歳とは思えないような発言に全てを聞かされている縫いぐるみがただ空を眺めている。




「はーあ……」




 二缶目のロング缶をプシュッと開けた。




 ……理子の記憶はここまでだった。




●〇●〇




「リーコ様。朝食のお時間です」




 ゲームやアニメでしか見たことない、お胸豊かなメイドが運ぶ豪華な食事。最初は舌鼓を打ったが、毎食ご馳走では正直飽きる。一ヶ月もすれば、地獄だったはずの職場も、狭いと嘲笑していた自宅ですら恋しくてたまらなくなっていた。




「あのーラナイアさん。外出ってしてもいいんですか?」




「……城の外へ出ることは出来ませんが、庭へ出かける位なら、そうなさるのがよろしいかと思います。気晴らしにもなるかと……」




 ラナイアの気晴らしにという言葉に理子は自分の置かれている立場を思い出してため息を吐いた。




「……今日はいいや。やっぱり部屋で休んでいるね」




 そうラナイアに告げると、ラナイアは頭を下げてその場を後にした。




「あのっ……!失礼なのは分かっているのですが……」




 ラナイアが、俯きながら小さな声で理子に言った。




「今日という日を大切にして下さい。嫁がれる日まで、素敵な日々を過ごして欲しい……です」




「ありがとう。ラナイア」




 ラナイアに、自分は元気だと示すように微笑むと、ラナイアは安心したように部屋の戸を閉めた。


理子は戸を閉めたのを確認すると、ベッドにバフッと飛び乗り、自身のいる見覚えの無い部屋の棚にあった本に書いてあったことを考えた。




 本によると今、理子のいる所は、ナータ王国という場所で日本の四季の様なものが存在するらしい。花の代、風の代、紅葉の代、氷の代という四代を一セットとしていて、時の流れも二十四時間で一日のようだし、概ね違和感を覚えずに生活出来ている。




 ……そんな中、ナータ王国の制度で理子にとって納得のいくものでは無いのが繋娘つなぐこと呼ばれるいわゆる生贄の制度である。




「天気を司る竜を地下邸に祀っていて、百年に一度繋娘を嫁がせる……かぁ。リーコさんはこれに選ばれているって訳ね」




 理子は、リーコがどういった経緯でここにいるか、分かっていなかった。リーコは自分自身なのか?それとも、漫画やアニメのように、理子とリーコが入れ替わっているのか?




……だとしたら、リーコはあの狭いアパートから職場へ通っているのだろうか?




「……上手くやってたらいいな」




 ふぅ……と息を吐いて、物思いにふけっていると、ふと視線の端にべっ甲色の液体が入った瓶が映った。




「……絶対にあれは高い酒だ」




 一人だけのだだっ広い部屋で、ゴクリと飲んだ唾の音が大きく響いた。何となく悪いことをしているようで、抜き足差し足で瓶に近づく。瓶を持って傾けるとトロリとした液が自然光に照らされて光り輝いていた。




「……飲んで良いやつかな?」




 ピッチャーの横に置いてあったコップに輝く液体を理子は注いでしまった。




 ……以前の血が騒いでしまった。というのは、言い訳にならないだろうか?




「……大体さー!ココって何処?って感じじゃん。私的には、突然連れて来られたって感じだもん」




 自宅にあった竜のぬいぐるみに似た金色の置物に文句を言うと、何だか今までの鬱憤がせきを切ったように溢れ出す。




「そもそもさぁー!こっちがなんか……こう……戸惑ってるなーとか分かんない訳?それとも、『何か以前のリーコ様と違うなぁー…』とかならなかったのか?こっちは突然過ぎて何も分からないのに何も説明してくれないし!」




 瓶の液体が半分になった頃、ふと未来の結婚相手である竜のことが気になった。




「マジあり得ないんだけど。天気を司る竜?どんな顔してんのよ!まさかトカゲのデッカイ版とか?キモイ見た目してたら、相手が神だろうと祟りが起きようと、逃げてやるんだから。私はね!毎日、毎日やりたくもないことやって、必死に生きて来たの!それなのに、こんな仕打ち!?……まじ、格好良く無かったら許さん!」




 誰もいない豪華な部屋で、理子の酒と怒りに任せた叫びが響き渡る。その声は、どこか諦めにも似た、でも確かに理不尽に対する苛立ちが籠っていた。




 叫び終えると、フッと冷静さが戻る。と同時に、奇妙な好奇心が頭をもたげた。




(……でもさ、本当にどんなヤツなんだろ?声すら届かないって言う地下の大豪邸に住んでいるんだっけ?まさか、マジでイケメンだったらどうする?そもそも竜のイケメンってどんな感じ?ちょっとだけ、見てみたくない?)




 怠け者の理子が、こんな衝動に突き動かされるのは珍しい。それは、ただの酔っぱらいの気まぐれか、それとも異世界への転生が彼女の奥底に眠る何かを目覚めさせたのか。

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