言葉のスポーツ
髄屋
第1話 夢
何者かに成りたい。でも、もう戻れない。夢は、夢のまま。
頭でいろいろ思案して、終わり。行動には、しない。
「一歩踏み出す勇気」何回も聞いた。でも、「変わらない勇気」を選んだ。
言葉の綾か。それは勇気じゃないのかも。
このままうっすらと見えているレールの上をただ、ぼーっと、歩くだけ。それで終わりなのかも。頭の中に広がる宇宙も、人生で得た教訓やメッセージも、誰にも知られることはない。生き様などというたいそうなものもなく、ただ、指示を受けて働くだけ。
それで終わる。
人生を変える衝撃的な出会いも、飽きに食われて消えていく、変わってしまう恐怖に、隠されてしまう。
きっと、それで終わりなのだろう。
俺は私立の中高一貫校に通う平凡な高校生、四ノ宮誠。
成績は良くも悪くもなく、人間関係は得意じゃないけど、それなりにうまくやってる。家族仲は、良くないけど、まぁなんとかなるはず。
大学さえ卒業すれば、あとは死ぬまで働くだけ。大学の4年間はほどほどに遊んで、みんなと一緒に就活に苦戦して、、って面白みのない未来予想図を描いてる。
「一緒に帰ろ。」
一番の親友の袴田奏斗が俺を呼びに来た。
「うん。帰ろか。」
帰り道で奏斗が口を開く。
「大学、どうすんの。もう高3の夏やで。あ、誠は推薦か。賢いけど、ほんまにそれでええんか。妥協してるんちゃうの。」
「ええねん。今から努力しても遅い。大学入ってから本気出すわ。」
「後悔せんといてな。長い人生、浪人の1年なんかたいしたことないで。」
「ええねん。勉強のことはほっといて。それより奏斗はどうすんの。頭もいいねんから、ええとこ受けれるんちゃうん。東大とか、京大とか。」
「とりあえず春の模試は京大B判定やったけど、やっぱ目指すなら東大やろ。」
「ほんますごい。頑張って、奏斗ならいけるわ。」
「いやいやそんな簡単ちゃうよ。でも、さっきも言うた、浪人の1,2年くらいたいしたことない。それぐらいかけても価値のあることなんや。」
「尊敬するわ。頑張ってな。」
「ありがとう。ほな、塾行くわ。バイバイ。」
「うん。バイバイ。」
俺は立ち止まって、奏斗を見送った。
「俺、全然あかんな。」
ぽつぽつと歩いて帰路に就いた俺は、イヤホンとスマホを準備した。
夕方6時。G1CLIMAXが始まる。今日は優勝決定戦だ。
新日本プロレス真夏のリーグ戦、1か月戦い抜いた末の優勝者が、今夜決まる。
興奮を膨らませ、ついにメインイベント、優勝決定戦を迎えた。
『棚橋弘至!トップロープから渾身の!ハイフライフロー!!決まった!カバーに入る!いやぁしかし2カウント!3つはなかなか入りません。』
『すごい試合ですね。もう試合時間30分を迎えようとしていますよ。この終盤、相手の意表を突くような技、カウンターが決まれば大きく流れが傾くでしょうね。』
『いやぁそうですか蝶野さん。どちらがその意表をつけるか。勝負になってきますね。おっとここで棚橋はロープに飛ぶ!スリングブレイドを狙うか!おーっと!しかしここでオカダはカウンターでドロップキック!まさに蝶野さんの言葉通りとなってきました。』
『試合時間が30分を超えても的確に顎元をとらえるオカダ選手のスタミナと技術!これは本当にすごいです』
『オカダが畳みかける!ツームストンパイルドライバーを決めて、今!レインメーカーの体勢!決まったーーー!オカダ!フォールに入る!!ここで!カウント3つ!入ったー!!G1CLIMAX!今年の覇者は!オカダカズチカだーー!!』
俺は、大きく息を吐いた。呼吸も忘れるほどの、すごい試合だった。この試合で、また、自分の趣味はプロレスだと、自信を持って言えるようになった。リング上では、オカダがプロレス界は俺がいる限り安泰だと、高らかに宣言した。間違いなく彼は今業界トップ選手のうちの一人だ。
思い出した。推薦受験を考えている生徒向けの宿題、明日までだ。
「おい、四ノ宮。やる気あんのかお前。楽な方楽な方って、選んできてこれか?結局宿題もろくにやらんと、行くとこないで。せめて推薦って決めたんやったらそれで、頑張れよ、本気出せよ。次はないで。袴田見習ったらどうや。一緒におんねやろ?せやったら切磋琢磨してやれよ。ほんまに。」
「すいません。宿題、やってきます。失礼します。」
俺は職員室を出た。
「終わった?帰ろーや。」
奏斗だ。また待ってくれてたのか。
「うん。待たしてすまんな。帰るか。」
帰り道、奏斗が夢の話をした。
「俺さ、夢ができてん。医者になって、人の命を救う。できるだけ多くの人。名前は後世に残らんくても、患者さんにとっては神様で、それ以上ないやろ?医者として、何者かになる。それが俺の夢。だからこそもっと勉強せなあかんし、努力せなあかん。我慢はもちろん。でも、そんなんもあとちょっとの話や。」
「医者なぁ、なれるわ。奏斗なら。」
「誠は夢、ないん」
「俺は、うん。ない。もう遅い。中学受験の前に戻れるんやったら、プロレスラーになりたかった。そのために努力したかった。でももう無理や。だから夢はない。」
「でた、プロレスや。そんなに好きやのに、遅いからって諦めんの。まぁそれぐらいの熱量やったってことやな。」
「まぁ、そうなんかもな。」
「じゃあな、塾行ってくるわ。医者、なります。」
奏斗は敬礼のポーズをして、走っていった。
その夜、奏斗から電話がかかってきた。
「誠、今いい?」
奏斗の声は、いつもと違うかった。
「ええよ。どないしたん。」
「医者なりたい言うてたやん、俺。」
「うん。言うてたよ。」
「あれ、やっぱりやめようかな」
奏斗は笑って言った。
「なんでなん。誰かになんか言われた?」
「塾の奴らさ、俺のこと、嫉妬しちゃってさ、、医者なんて言うたら、あ、あいつら、火ついてもたみたいでさ、俺、俺のことをぉさ、、ぁあ、、、」
「落ち着いて、わかった、でも大丈夫、そんなんに負けてたら、医者になってからもっとしんどいのに、勝ってかれへんやろ?」
奏斗は泣きじゃくった。珍しかった。奏斗が感情を表に出したところを、初めて見た。
「いやそうやで、でも、でも、さぁ、ぁだいぶ、我慢したんや俺も、ぉ。」
「我慢の限界か?大丈夫や、動画二つ送る。それ見て、気持ち強く持って。」
「な、ぁなぁに、何の、動画」
「プロレスや。」
数分後、奏斗から連絡がきた。
「俺、プロレス好きなった。試合のとこはようわからんけど、このマイク?パフォーマンス?これ、やばい。もう、泣きすぎて涙枯れたわ。」
「せやろ。これがプロレス。」
「おん、やばいな。言葉のスポーツや」
「そやねん。マイクがなかったら、プロレスの面白さは半減する。で、どう、元気なった?」
「うん。大丈夫。一歩踏み出す勇気をもって、なりたい自分になる。それが、袴田奏斗だろ!って、」
「完璧、じゃあ、また明日。おやすみ。」
次の日、登校中に奏斗を嫌う塾の生徒数人に暴行され、奏斗は右手の骨や腰の骨を折る重傷を負い、入院することとなった。
言葉のスポーツ 髄屋 @jericho1972
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