第8話 別離
翌日、俺は宿の部屋の長椅子に運ばれて寝かされていた。非力なエルメリが宿まで運んでくれたとは思えなかったし、泊っている宿とは別だった。
「痛ってて……。あいつら、さんざん好き放題蹴りやがって……」
真っ先に持ち金を確認したが、抜き取られた様子はない。
「目が覚めましたか? 昨晩はなかなかの見世物でしたね」
声を掛けられてベッドを見た。ベッドの上には、旅装束のまま寝転がっていた女がいた。確か…………少し前に、通りで声を掛けてきたフードの女の声に似ている。
「この前、忠告してくれた女か」
「言った通りだったでしょう?
フードを上げた彼女は赤い髪、凛々しい眉目、紅を差した口元と、なかなかの美人だった。
「そうだとしても、俺は生まれ変わりたいんだ。これまでの生涯はクズも極まっていたからな」
「その若さで?」
「事情があってこの若さだ」
「へえ、見た目よりは齢をとってるってことですか」
理由を説明していいものか考え、話題を変える。
「…………よく俺なんかを同じ部屋に泊めたな。襲われない自信でもあったのか?」
「あなたは襲いませんよ」
「どうしてだ。言っとくが俺はな、床の上で女を堕とす腕だけは確かだぜ? 俺だけじゃない、そういう男がごまんといる。それが世の中ってもんだ」
「あなたは、助けてくれた女を襲うような
フッ――と笑う。一服したいとこだが、この世界にはタバコはねえ。代用品でも探すか……。
女はアカネと名乗った。自分から明かしてくれたが、祖父が異世界から来た召喚者ってやつだったらしい。その召喚者が付けた名前なのだそうだ。同じ異世界からでも、召喚者ってのは俺の転生とは違うように聞こえた。
「私は宿を引き払って王都へ帰ります。あなたもこの街が嫌になったなら、ぜひ王都へ」
それだけ言ってアカネは旅立っていった。
その後すぐに宿へ戻ったが、エルメリの姿が無かった。嫌な予感がした俺は、ギルドホールへ向かう。
◇◇◇◇◇
「ユキ…………」
ホールのテーブルのひとつ、ショーンベルクの隣にエルメリが座っていた。エルメリは俺を目にすると、慌てて立ち上がる。
「よお、エルメリ。無事だったか?」
「……うん…………あのね、ユキ……」
そう口篭もるエルメリ。ただ、ショーンベルク以外の団員たちが宴の翌日だというにも拘らず、朝から勢揃いした上、ニヤニヤと含み笑いしていた。
「言ってやんなよ、エルちゃん」
「
エルメリは黙っていた。代わりに口を開いたのはショーンベルクだ。
「この女はお前に変わってオレが護ってやることにした」
「エルメリ、お前が望んだことなのか?」
「お前のような根性なしに呆れたんだとよ」
「てめえには聞いてねえ」
「んだと!?」
「待って! 私が話します。――ユキ、私、ショーンベルクさんに護ってもらうことにしたから。だから……ごめん…………」
「それは本心なんだな?」
「うん」
「その男と一生添い遂げるって誓えるか?」
「誓いって…………そんな……」
「まあ、誓わなくてもいいが、自分から抱かれた以上はそいつがどんだけクズでも、しっかり支えてやれよ」
何となくそんな雰囲気がエルメリから感じられたからな。
「ユキ!?」
「そうさ、この女はもうオレのもんだ」
「お前な……
「ユキ!?!?」
「なんだよ」
「ユキ、私が裏切ったのに……どうして……」
「何も裏切っちゃいねえだろ。俺はお前の面倒を見てやってただけだ。別に恋人でもなんでもねえ」
そういうとエルメリは膝から崩れ落ちた。
「そんな…………そんな…………」
「お前、自分の女に酷でえ扱いじゃねえか」
「エルメリって言えっつったろ! いいか、ショーンベルク。お前、手を出した以上は最後まで添い遂げろよ。どんだけクズでも、女は最後まで面倒を見てやれ」
「女? 女なんて――」
ヘラヘラと笑ってそう言いかけたショーンベルクの顎に、俺の右手がかかっていた。
――なんだ、思った以上に動けるじゃねえか。
俺の全力の踏み込みは、人のそれを超えた速さでショーンベルクまで達した。ホールの椅子を避けながら、稲妻が駆けるように。加えて片腕で筋肉の塊のようなショーンベルクを持ち上げていた。
「エルメリと呼べ。添い遂げると誓え。ショーンベルクよォ」
ショーンベルクは視界の外で短剣を抜こうとした――それが何故か手に取るようにわかった。
「ぐぐぉっ!」
左手で篭手ごとショーンベルクの右腕を掴んで力を入れると、たったそれだけで自由に喋れないショーンベルクがくぐもった苦痛の声を上げる。
「誓え! お前らも全員だ! もし、エルメリを泣かしやがったら、この俺が地獄の果てへでも追い詰めて、一人残らず罰を与える。こんな腕、軽く力を入れるだけで握り潰せるぞ」
キュィィ――と潰れていく鋼がきしむ。
「ちかっ、ちかぁ…………」
ショーンベルクが声を上げた。
手を離すと、床にへたり込んだショーンベルク。掴んでいた篭手は中身ごとベコベコに凹んでいた。
ショーンベルクは息も絶え絶えに口を開く。
「お前……力で解決するのは……クズのやることだとか……ぬかしてなかったか……」
「そうだ。だがな、これは違う。エルメリが望んでお前の女になるってんのなら、これはエルメリの父親に代わっての――保護者である俺からの
「わかった……エルメリと添い遂げることを誓う」
「大事にしろ」
「わかった。大事にする……」
「お前らもだ!」
「エ、エルメリさんを大事にします。誓います……」
「ユキ…………」
「エルメリ、お前の選択を失敗だと思うんじゃねえぞ。――いい女になれよ」
しゃがみこんだエルメリの頭を撫でる。
「ユキ…………ごめん…………ごめんなさい…………」
本当にナオミによく似た女だった。俺がこの世界での試練に失敗したとしても、せめて、この子だけは幸せになって欲しい。
俺は城塞都市リガノをあとにした。目指すは……王都しかねえな。
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