第12話
昨日のアイファルスの授業初日。
やはりと言うべきか何と言うべきか、ただ家庭教師から習うよりもずっと有意義なことを習えた気がしている。
アイファルスはきっと「そんな特別なことは何もしてないよ。ただ知ってる事を教えただけ」とかなんとか言いそうだが、その知ってる事の内容が幅広すぎるんだよなぁ。
「バルバス、僕だ。入っても良いか?」
昨日書いたノートを眺めていると扉の向こうからアイファルスの声が聞こえた。
「ああ、大丈夫だ」
「失礼するよ」
部屋に入ってきたアイファルスは昨日の騎士服とはまた違った雰囲気の服を着ていた。
「今日は何だか護衛騎士、って感じだな」
「何だそれ。ふんわりしてるなぁ」
俺の感想にアイファルスは笑いながらそう言うが、どこか落ち着かない様子だった。
「どうした?」
「いや、いつもと違うから落ち着かないなって思って」
アイファルスは着ている服を眺めながらそう呟くように言う。
「確かに。普段の服装よりしっかりしてるからかもな」
「それは暗に僕の普段着がだらしないって言ってるのと同義だと思うよ?」
「いやそういう訳じゃ………」
笑顔の圧に根負けして視線を逸らす。
「まぁ言いたいことは分かるけど。これからはこれが僕の仕事着になるってさ」
アイファルスは呆れているのか笑みを浮かべたまま溜め息を吐きつつそう言った。
「そうか………母さんの仕業だなきっと」
「ああ、奥様が手配してくれたそうだよ」
母さんは今きっとアイファルスに色々着せたくて仕方がなくなっているだろうな。
「どのみち今日は俺が着せ替え人形にならなきゃいけないけど………」
憂鬱になることを思い出し思わず頭を抱える。
「そんなに嫌?君はただ着替えてるだけでいいのに」
アイファルスは何でもないことのように言うが母さんの服選びへの情熱を舐めてはいけない。
俺が何も言わず深い溜め息で返したのを「お気の毒に」とでも言いた気な表情で見てくる。
「でもそろそろそのお時間じゃないですか?」
アイファルスはわざと敬語でそう言ってくる。
「はぁ…………行ってくるか」
「まあ僕もついてくからさ」
重い腰を上げ立ち上がった俺の肩を叩くアイファルスはさながら戦友のように感じられた。
「待ってましたよバルバス。さあさこちらへ」
こういった服選びの時はいつもうちで1番広い応接間でやっているからと向かってみれば、まさにいつも通りの光景が広がっていた。
「あぁ………嫌だ………」
「がんばれー」
「薄情者……」
母さんに促されるまま背を押されるまま、一時的に設けられた更衣室へ押し込められ次々服が運び込まれてくる。
アイファルスは棒読みで応援の言葉を口にするがその顔は明らかに愉しんでいる顔だ。
「どう?どう?中々良いと思わない?」
母さんは弾んだ声でアイファルスや来てくれているデザイナーへそう尋ねる。
「ええ、とても良いと思います」
デザイナーはにこやかにそう答えるが、アイファルスはどこか納得のいかないような表情をしている。というかなんで真剣に参加してるんだアイファルスは。
「確かに良いとは思うんですけど………バルバスなら青より赤の方が似合う気がするんですよね。赤が基調のものってあります?」
何故か母さんだけでなくアイファルスまで俺の衣装選びに参加しているし、母さんもアイファルスの言葉に大いに頷いている。
「ええ、ございますよ。こちらなんていかがでしょう」
デザイナーが差し出したのは落ち着いた暗めの赤に金の刺繍がされたシンプルなもの。
「いや、もう少し明るい赤……あ、あれとか」
アイファルスが指したのは原色程では無いが暗いとは言えない少し明るめの赤を基調としてデザインされた服だった。
「俺これ着るの………?」
母さんは俺を着せ替え人形にはするが俺の希望は全て聞き入れてくれていた。
だから今までは暗めの色しか着たことがない。
「絶対似合うから着てみてよ。何事も挑戦する心が大事だよ」
アイファルスはそう最もらしいことを言って俺に服を押し付けると更衣室の扉を閉めた。
仕方なくまだこれに決まった訳ではないからと着て出てみると、母さんの顔つきが今までと全く違った。
「まぁ………!バルバスってばこんな明るい色が似合う男だったのね〜!」
母さんはそう言いながらすぐに次に俺に着せる服を選び出す。切り替えが早すぎる。
「うん、やっぱり思った通り。バルバスは暗い色を着ると怖く見えるんだよね、だからこれぐらい明るい色の方が良いよ」
アイファルスはそう言って芸術評論家よろしく、うんうんと頷いている。
「急にこんな明るいの着てったら目立たないか………?目立つのは嫌なんだが」
普段と違う色を着ているせいで落ち着かず服の色んなところを触ってしまう。
「大丈夫大丈夫。似合ってるんだから誰も文句は言わないって」
「目立つんだな………」
アイファルスが話を逸らす時は図星の時だ。
「いいじゃないか。そうだ奥様、バラの会では僕の仕事着をバルバスの衣装に合わせるというのは如何でしょうか。勿論無理にとは言いませんが」
「え、ちょ……」
「いいじゃない!そうしましょ!じゃあバルバスと貴方と、どちらにも似合うようなお色を選ばなきゃね?」
アイファルスがとんでもない提案をするのを止める間も無く母さんが一層声を弾ませて賛同してしまう。俺の意見は………?
その後も何故か乗り気のアイファルスといつも以上に楽し気な母さんに無事着せ替え人形にされその日1日を終えた。
「疲れた〜!!!!」
部屋に戻って早々にそう叫ぶとアイファルスはケラケラと笑う。
「お前のせいだからな………」
「あはは!悪かったよ。君が口では嫌だ嫌だと言う割に、案外満更でもなさそうな顔をしていたものだから少しね」
アイファルスの言葉に俺は驚く。
「俺そんな顔してた?」
「してたよ。嫌よ嫌よも好きのうち、ってやつかな」
アイファルスは完全に面白がっている声と表情でそう言う。
「まぁ、今日に限ってはちょっと………水1滴分ぐらいは楽しかったかもな」
「素直じゃないなぁ」
十分素直だ、という反論は飲み込んで机の引き出しからノートとペンを取り出す。
「ほら、今日は何を教えてくれるんだ?」
さっさと話題を変える為にアイファルスにそう聞くと、アイファルスは可笑しいと言うようにくつくつと喉の奥で笑うと俺の隣に腰掛けた。
「じゃあ今日は服飾文化の話にしようか?」
アイファルスは悪戯をするような声でそう尋ねてくる。明らかに俺の反応を楽しんでるよな。
「ここでまで服の話かよ………まあでも、そういう文化の話には興味がある。遠い国では服装が全く違うと言うし………話してくれ」
俺が意外にも意欲的な姿勢を見せたからかアイファルスは一瞬固まったが「フッ」と息を吐くような笑いを溢すと遠い異国の服飾文化について語ってくれた。
大陸の南ではこちら程布を纏わず、王族は宝石よりも貴金属で煌びやかに着飾るらしい。
また大陸の北の方では寒さを凌ぐ為沢山の服を着込むが、それが出来ない者達は落ち葉で体を包んだり新聞紙で雨風を凌いだりするそうだ。
雪というものはフリュードには降らない為見たことが無いが、とても幻想的な光景なのだとアイファルスは言っていた。
南の方では海という大量の水で埋め尽くされた場所が広がっているらしい。
昔に父さんからも聞いたことがあったが未だに船に乗ったことも、海を見たことも無い。
これから先、生きていれば1回ぐらいは海や雪を見る機会が訪れるだろうか。
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