Nさんの家にある仏壇の話
牧田紗矢乃
Nさんの家にある仏壇の話
私は長いこと怪談や都市伝説のようなものを読んだり書いたりしてきているんですが、そうすると似たような趣味を持つ人から体験談を聞かせてもらう機会も自然と増えるんですね。
今回は、その中でも印象に残っている話をさせていただきます。
話を聞かせてくださった方――仮にNさんとしましょうか――この方の家には仏壇が二つあったそうです。
一つは仏間に、もう一つは二世帯住宅で一緒に暮らしていたおばあさまの部屋に。
おばあさまは熱心な仏教徒で、毎日朝と晩の二回、自分の部屋の仏壇に手を合わせてお経をあげていたそうです。
その仏壇は遺影や仏像のような拝む対象のない、空っぽの仏壇でした。
Nさんは真っ黒に塗られたその仏壇が不気味に感じられて嫌だったそうですが、小さな頃はおばあさまに促されて一緒になって手を合わせていたと言います。
中学に上がる頃には部活や勉強で忙しいと理由を付けて、Nさんはおばあさまと仏壇を避けるようになりました。
Nさんが中学二年の年の冬でした。
おばあさまは風邪をこじらせて、肺炎になってしまったのです。
そのためしばらく病院へ入院することになったのですが、おばあさまはしきりに仏壇のことを気にされていたと言います。
Nさんのご両親は仏間の方の仏壇の手入れはするものの、おばあさまの部屋の仏壇のことは話題に上げるだけで不機嫌になってしまうため話になりません。
そこで、おばあさまは孫のNさんに朝と晩の読経を頼んで病院へ行きました。
とはいえ、Nさん自身も仏壇を不気味に感じていましたから、本当なら毎日二回、しっかりとお経をあげなければいけないところを少しづつ手抜きするようになりました。
その頃からです。
Nさん一家に不幸が起こり始めたのは……――。
最初はNさんでした。
部活の練習中に左足をひねってしまい、一ヶ月の安静を言い渡されました。
おかげで目前に迫っていた大切な大会は棄権しなければいけなくなりました。
次はお母さまです。
夕飯の支度で揚げ物をしている時、はじけた油が顔にかかって火傷を負いました。
この時の傷跡は今でも左の頬にうっすらと残っていると言います。
その次は家でした。
物置小屋に火を付けられて火事になりかけたのです。
近くを通りかかった人が煙に気付き、すぐに消防へ通報をしてくれたおかげでボヤで済みましたが、犯人は捕まりませんでした。
このようなことが一週間ほどの期間で起こり、ついにNさんのお父さまが動きました。
「こんな気味の悪いもん、捨ててやる!」
そう言っておばあさまの部屋にあった仏壇を車に積むと、どこかへ捨てに行ってしまったのです。
それから一時間と空けずに、警察から「お父さまの車が事故を起こした」という旨の電話がきました。
その時、Nさんとお母さまは「やっぱりな」と思ったそうです。
幸いにもお父さまの命に別状はなく、腕と鎖骨の骨折でしばらく入院しただけで済みました。
乗っていた車が廃車になるほど大破していた中で、後部座席に置かれた仏壇だけが無傷なのが不気味だったとNさんは語ります。
そんなこんなでドタバタしているうちに肺炎から回復したおばあさまが退院して、以前のように朝と晩の二回、仏壇を拝むようになりました。
すると、それを境に立て続けに起こっていた不幸がピタリと止んだのです。
仏壇は何を祀るためのものなのか、Nさんはおばあさまに尋ねたことがあるといいます。
しかし、おばあさまは優しく微笑むだけで何も教えてはくれませんでした。
おばあさまが鬼籍に入られて五年。
今はNさんがその跡を継いで仏壇の手入れをして朝と晩二回お経をあげています。
「お経をあげられなかった後は『お叱り』があるので、気が抜けない生活ですよ」
そう言って笑うと、Nさんは晩のお経をあげるため左足を引きずりながら帰っていかれました。
Nさんの家にある仏壇の話 牧田紗矢乃 @makita_sayano
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます