外套の魔女たち

亡霊部員

慈愛のネクロマンサー

第1話 闇に紛れるネクロマンサー

「うぅ......ぁう」


「大丈夫、大丈夫だから......どうか安らかに眠っておくれ」


 空が曇り、月光すら届かない真夜中の村。窓から灯りを漏らしている屋根の低い家屋で、質素な服装の女性がベットに横たわっている少年の手を握っていた。

 両手で祈るように握られた少年の手は異常なほどにやせ細っており、顔は蒼白で今にも死にそうな風貌をしている。

 突然、ガチャリと音を立てて部屋の扉が開かれた。

 そこには30歳前半の顔をしたポニーテールの男性と、青紫色の外套で顔と全身を覆った長髪の少女が静かに立っている。


「あなた......」


 女性に呼ばれたポニーテールの男性は、急いで女性に駆け寄り側で横たわっている少年を心配そうに見下ろした。

 彼は女々しく涙をちらつかせながら女性の手に被さるように少年の手を握る。


「もう大丈夫だ。医者が来た。症状を伝えたら丁度心当たりがあったそうだ」


「.....!? 本当なの?でも、こんな辺鄙な村にそんなすごいお医者様なんて」


「あぁ、旅商人らしいんだ。回復魔法の心得もそれなりで報酬さえ払えば協力してくれるらしい」


 男性の話を聞き終えたあと、女性は少年から手を離し、外套の少女へと向き直った。

 女性の目には男性のように涙が浮かんでいる。


「報酬は払います。もし足りないというならあなたの望む要望すべてにお答えします。ですからどうか...息子を助けてやってください」


「......」


 外套の少女は目の前の女性の対応に少し戸惑ってしまっていた。

 こんな素性も知らない真夜中の旅商人に縋るなど、かなり常軌を逸している判断だろう。

 しかし、彼女の隈を見るにそれを良しとするほどに女性の精神は酷く打ちひしがれていたのだと悟った。

 少女は何も答えずゆっくり少年へと近づき彼の顔を凝視した。

 少し手を広げ、男性の手を少年から離させる。


「少し特殊な魔法を扱っているので出来れば部屋から離れてくれますか? どうしてもというなら残ってくれても構いませんが」


 少女はその高い声からは考えられぬ大人びた口調で二人をあしらった。

 先に女性が口を開く。


「構いません」


「ちょっと待ってくれ」


「あなた」


「......わかった。もう頼みの綱は使い切ったんだ。頼んだよ」


 少女は軽く頷いた。

 二人はそれを見て静かに部屋を後にした。

 扉が完全に閉められたのを確認して、少女は外套のフードを脱ぐ。

 そこに現れたのは夜の闇で塗られたような黒色の長髪に紫の瞳。そしてその幼い顔つきからは想像もできないほどの温かい微笑みをした、まるで子供とは思えない不思議な少女だった。

 少女は軽く少年の手に触れ、目を瞑って口を開く


『ゼーレ、出てきていいわよ』


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 少女に部屋を追い出され、早くも5分が経とうとしていた。薬を使うだけでこんなに長い時間を要するのかという不安を紛らわすためか、二人の向かい合って座っている食卓には3本ほどの酒瓶が並べられ、それをすべて飲みきっている。

 母親がもう一本飲もうと立ち上がったタイミングで、忽然と子供部屋の扉が開かれた。勿論そこにいたのは外套を纏った少女だった。

 母親は少女を見るなり素早く子供用の椅子を用意しそして自身も座っていた席へ戻った。


「あの......息子は......?」


 父親が少女の表情を覗き込むように声を掛ける。

 母親も眉を曇らせて少女の返答を待っているようだった。

 数秒の静寂のあと、その問いの答えは帰ってくる。


「施術は完了しました。後数分も経てば病状はほぼ改善されると思います」


 途端、父親から歓声が巻き上がった。息子を気遣ってかあまり大きな声ではなかったが、まるで国の剣術大会で優勝を勝ち取ったかのような熱い感情を感じとれた。

 母親は顔を手で覆いうつ伏して泣いている。

 二人が少し落ち着くのを待って、外套の少女は話を進めた。


「お二人に隠していて本当に申し訳なかったのですが、実は私ネクロマンサーなんです。症状を聞いたときもしかするとと思ったのですが、案の定でした」


「ネクロマンサーって......あの、厄災を呼ぶとかいう」


「あなた!恩人に向かってなんてこと言うの」


「っ......すまん」


「......主人が申し訳ございません。続けてください」


「あっはい。...悪霊は完全に浄化したのでもう再発することはないと思います。後遺症についても、彼が頑張ってくれていたおかげで特にありません。ただ失ってしまった体力は戻ってこないので、少しずつリハビリをお願いします」


 静かに話を聞いていた父親が苦痛の表情で口を開く。母親は何を言うか勘づいたように顔をピクつかせたが、意外にも今回は止めようとはしなかった。


「あの、来月息子の十歳の誕生日があって、息子がずっと見たがっていた海を見に行く予定だったんですけど」


「......厳しいですね」



「そこを何とかなりませんか。2年ほど前から息子も楽しみにしてたんです、大きな貝殻を探そうって宝箱まで作っていたんです......!」


 少女が父親の視線を追うと、棚の上には板材で組まれた端正な木箱が置かれていた。


「申し訳ありませんが......」


 少女の答えを聞き、父親は軽く机を叩く。

 母親が父親の後ろへと歩いていき両手を左肩に添える。

 今なも悲痛の叫びをあげそうな二人を尻目に、少女は静かに立ち上がり子供部屋の前へ行き扉を開けた。

 親は意味を理解して少女へついて行く。


「こんなに気持ちよさそうに寝ている姿、一体何週間振りに見たかしら」


「あぁ本当に......こいつってこんなに可愛かったのか」


「また昔みたいにたくさんご飯食べて、たくさん笑ったらもっと可愛くなるわよ」


「当たり前だ。俺とお前の子なんだから」


 幸せそうに息子を見つめる二人を尻目に少女はゆっくり部屋を出た。

 こんなにも感動的な雰囲気を崩したくはなかったのだ。

 しばらくして親たちが部屋から出てきたのを確認して、少女はゆっくりと話を切り出す。


「それで、報酬の件なんですけど」


 少女がそう切り出すと、母親が後ろの棚を開け手乗りサイズの麻袋を取り出した。

 机に置かれた瞬間ジャラリと音を立てて麻紐がほつれる。

 金銀銅全ての硬貨が少女の目の前に並べられた。


「私たちの全財産です。足りなけば私たちにできることなら何でも」


「そうですね......報酬の額はそちらに任せます。ですが、実は私お金に困っているんです。なので、もしつてがあれば依頼人を紹介してくれるとありがたいです。ネクロマンサーということもありギルドは無理なので」


 少女が少し声色を変え母親の方へ頼みかけると、次第に彼女の表情は緩和され、そのまま両手を胸の前で合わせてみせた。


「そういうことでしたら、近くの村の知り合いに外交の仕事をしている知り合いがいるので手紙を用意をさせてください」


「......ぜひお願いします」


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 昨夜はあのまま家に泊めてもらい、太陽が昇りきってから少女は家を出た。

 ようやく起きた息子の世話に勤しむ母親を呼ぶわけには行かないと思い、少女は見送りを父親だけに頼んだ。


「昨夜はなにも会話に入れなくてすまなかった。私が君に依頼したことなのに、恥ずかしい話だ」


「いえ、人助けは私の趣味みたいなものなので気にしないでください。報酬もこんなにくれなくても」


「いいや!それは受け取ってくれ。俺のへそくりも入ってる。......ココだけの話、実はちょっと前にバレかけててな、息子がまだ元気じゃないうちに隠蔽しておきたいんだよ」


 息子が大変な時になんてことを考える父親だろう。

 少女は少しそう思って眉を潜めたが、それを咎めることはなかった。

 悪霊が去ったいま、この家庭は良くも悪くも元の日常に戻ることになる。こういった少し先を見据えることのできる大人というのは息子にとっていい親になるだろう。見据えている内容は置いておいて。


「それで、本当に馬車は大丈夫なのか? 見たところ自分の馬なんて持ってないだろう」


「はい。歩くの好きなので」


「そうか。じゃあまたな。もしまた近くを通ったらぜひ寄ってくれよ」


「わかりました。それでは、また機会があれば」


「おうよ!」

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