夢小説

@maikerun

第1話




episode1. 名前の残響



______



麗しき月の観察記録 第⁇?章 第?節



xxxx年x月x日

賢者・真木⬛︎がこの世界に召喚されてから月日は経ち、〈大いなる厄災〉が再び世界を襲った。


例年とは桁違いの猛威。大きく歪む美しい月。月の美貌に変わりはなかったが、その膨大なエネルギーが観測されたのは史上初だ。しかし、新たな君に会えて嬉しいと挨拶をする間もなくそれは襲ってきた。


魔法使いたちは死亡こそ免れたものの、幾度となく深手を負った。しかし、賢者の指示と彼ら自身の懸命な戦いにより、石と化す仲間は一人も出なかった。


戦いの果てに、犠牲となったのはただ一人――▪︎⬛︎⬛︎晶。


私達は今ここに、彼女への讃歌を綴ろう。命をかけて世界を守り、仲間を導いたその勇気に、ただ敬意と称賛を。


⬛︎の名は、永遠にこの記録に刻まれる。



______






これは、今より約千年の昔に記された記録だ。その筆跡は、間違いなく天才学者ムル・ハートのもの。


各地に点在する彼の研究所から発見された紙片は、今も失われずここに残っていた。よく分からない計算式が書かれた紙束の中に、たった一つの古文書のようなページ。


掠れ、風化し、ところどころ判読不能だ。思わず撫でたその文字は、ざらざらと砂っぽい感触がした。インクは完全に乾ききっていて、一部消えてしまった単語の解読を試みる。


真木…?


共にした日々の記憶が、それを口にした瞬間蘇る。


月光に照らされる、私の手を握って眠る人。台所の薄い水色の髪。太陽のように笑って、月に恋をする私の仲間達。


一人一人の顔や名前が浮かんでは消えて、忘れ去ってしまった声すらも思い出した。




…真木、晶。




このメモから抜け落ちた単語こそ、かつての私の名であった。




鼻の奥がツンと熱くなって目を細めた瞬間、机のランプが派手に落ちて割れた。



「…っ!」



背後から強引にドアを開ける音と、重い足音が迫る。速さを増す心音と冷や汗がリンクした。



…まずい、追っ手だ。まさかここが見つかるなんて。



私は深く息を吸うと、紙束から一枚だけ引き抜いて窓辺から飛び降りた。外で待機させていた箒に着地すると、箒はそそっかしくも風を切って勢いよく飛び出す。私達は、まるで夜空を切り裂くように逃げ出した。愉快な私の箒は、まるで「さらばだ!」と言わんばかりに高所へと舞い上がる。


風に靡く長い髪を払うと、振り返って後方を見つめた。視界から小さくなっていく研究所に、私は安堵の息を漏らす。明かりの灯らない家屋は、側から見れば古びた廃墟だ。

冷たい夜風が前髪を撫でつけていて、飛んでいきそうな魔女帽子を片手で抑える。跳ねるような胸の鼓動を落ち着けながら、星空の輝きを感じた。





はやく、みんなに会いたいなぁ…。






__翌朝__





「…いや無理でしょ!会うなんて何考えてんの、私!」





思わず叫んだその声に、窓辺の鳥たちも一斉に羽ばたき、青空へ逃げていった。その姿をぼんやり眺めながら、小さく溢す。


「第一、私のことなんて覚えてないだろうし……」


新しい賢者を迎えれば、魔法使いたちは皆、前の賢者のことを忘れてしまう。せいぜい一年程度ならまだ希望もあっただろうが、千年経った今ではもうどうしようもない。


千年前の〈大いなる厄災〉の後、私はどうやら魔女として生まれ変わったらしい。しかも、同じ世界に。


賢者時代からの憧れはあったものの、魔女として生まれてからは散々だった。幼少の頃からマナ石目当てに命を狙われ、それが終わったと思えば今度は母の遺品がとんでもない呪物で…。それらを守っていたら色々あって千年。




もっと早く、前世に気づきたかった…!




力の抜けた足取りで洗面所に向かうと、向こうに見知らぬ美女が立っていた。切なげにこちらを見つめていた彼女は、顔を上げると戸惑いの表情を浮かべた。




…どちら様だろう?


ここって、私の家で合ってるよね?


お客さんなんて招いた覚えは………え、いや、私か?!




鏡に映る美貌に、我ながら息を呑む。


魔法使いというのは揃いも揃って美形だと思ってはいたけれど、まさか自分までその系譜に含まれることになるなんて。白雪のように滑らかな肌、くりっとした大きな瞳、すっと通った鼻筋にシャープな顎のライン。まるでルネサンスの彫刻や絵画から抜け出してきたような美女が、朝の光を受けてきらりと映えている。


「……ええ…?」


今まで気づかなかったのが不思議なくらいだ。思わず頬に手をやってまじまじと見つめると、ふっと口元が緩む。


──正直、今ので悩み事の三割は吹っ飛んだ気がする。


…ってそんな場合じゃない!


洗面台に手をついて視線を落とすと、栗色の長い髪が一束落ちる。ここは賑やかな魔法舎じゃなくて、しがない魔女の隠れ家だ。心地よい朝に目を覚ましたってみんなの声は聞こえなくて、広い部屋にただ一人。ここに魔法使い達は居なくて、でも暖かい記憶だけあって。


…私もまた、賢者ではない。


その時、鳥の囀りが悲観的な思考を遮った。声のする方を見れば、窓辺には二つの胡桃。


慰めてくれてるの?


そばに寄って触れようとすると、青い小鳥はそそくさと飛び立ってしまった。


あ、行っちゃった…。


視線を空から戻すと、窓から一瞬、魔法舎の中庭が見えた気がした。日のよく当たるベンチで、ルチルがミチルに読み聞かせをしていて。珍しいお茶を楽しむ、クロエとラスティカがいて…。


溢れ出す記憶に、視界が熱く滲む。ここに生まれてからずっと、見えなかった光景が、少しずつ色を帯びて浮かび上がる。光に手を伸ばしても、指先には何も触れてくれない。あの頃いた世界が、もうこんなにも遠い。



気がつけば…


窓の外眺めてばっかりだな、私。



血を流し、泣き叫び、共に戦った。魔法が使えない私はきっと足手まといだったのに、それでも彼らは私を戦士だと認めてくれた。心の奥底ではずっと強くなりたかった。オズにだって負けないくらい、世界を救えるくらいに、強く。守る手段を選べる彼らが羨ましかった。でも私は弱かった。だから、自分の命を差し出すことでしか世界を救えなかった。


そうして別れた、21人の大切な仲間達。


でも、だからこそ会うわけにはいかない。もし、彼らが私を忘れていたのなら――きっと私は壊れてしまうから。


だから、枯れたはずの涙を拭って、私は今日の支度をする。目頭に滲む熱に見ないふりをして、自分の頬を叩いた。



よし!そろそろ魔法薬の材料を買い足さないと!



ほつれたマントを羽織り、フードを深くかぶる。そうして私は、活気に満ちた市場へ足を踏み入れた。漂う揚げ物の香り、交わる人々の声。北の荒れた故郷よりも、この西の国のざわめきが好きだ。


いつもなら呼び込みの声など聞き流すのに、その一言だけは耳に刺さった。


「さあ寄ってらっしゃい!ここにあるは北のミスラが遺したとされる、伝説の魔道具――水晶のドクロ!」


息を呑み、思わず足を止めた。嫌な予感がして、背筋に冷たいものが走る。水晶のドクロ――それは、ミスラが持っていたはずの魔道具。これが偽物でもなければ、ミスラはもういない……なんて、信じたくはない。この目で確かめないと。でも、もし本物だったら――


気がつけば声のする方へ駆けていた。「すみません!通らせてください…!」人混みをかき分け、ようやく露店の品を目にした。確かに色も形も、ミスラのそれとかなり似ていた。「お目が高い!」と称える声も無視して、息を詰めて観察する。


……伝説の名にそぐわない粗末な造り。魔道具に残る微弱な魔力。――質の悪い偽物だ。


胸の奥で固まった緊張がふっと解ける。…よかった、本当に。急に力が抜けてふらついた私を、誰かが受け止めた。はっとして顔を上げたその時、上からよく耳に馴染んだ声が降ってくる。




「はぁ……俺、まだ死んでないんですけど。」





 ̄ ̄ ̄





「……ミス、ラ。」



千年越しに見上げたその美貌は、あの頃と変わらなかった。私を支えた影響で宝石のピアスが揺れる。…あの頃に比べて、少しやつれている?目元のクマは以前より濃く、目つきはより一層鋭くなっていた。奇妙な傷のせいで、また眠れていないのかもしれない。


驚く私を一瞥した彼は、過去にも増して理不尽だった。




「は?何見てるんです?死にたいんですか?」




直接言われたわけでもない店主が怯えて命乞いをするが、ミスラは私をじっと見つめるだけだった。深い緑色の視線が私を刺す。眉をひそめるミスラに目を合わせることができない、言葉よりも目で語る性格は変わっていないようだ。久しぶりの威圧感に息を詰め、長く見つめられるうちに、高鳴る心臓が口から飛び出しそうになる。呼吸さえ、許されていないような気がした。


恋愛感情ではない――今はただ、命の危機として。


ミスラが気だるげに口を開いた。その時、うるさい心音が遮られる。


「……あなた、何処かで……って」


次の瞬間、体が勝手に動く。彼を跳ね除け、私は駆け出した。会うつもりはなかったのに、胸を締めつける想いが溢れ出す。


会わないって決めたのに、私の大好きな人。


溢れる涙にフードを深く引っ張る。走りながら、頭の片隅で小さく呟いた。







「情けないなあ……」








 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄









___約一千年前の大いなる厄災___



迫り来る月は、私たちを嘲笑うように夜空に鎮座していた。どこか歯車の狂った調子の月が、魔法使い達を次々と襲う。止むことのない喧騒に、血の匂いが充満した戦場。冷たい風を切り裂くように、悲鳴にも似た呪文が飛び交う。



〈サティルクナード・ムルクリード〉‼︎


〈アドノポテンスム〉‼︎



限界を迎えた弟子や生徒達を守るため、ブラッドリーやファウストはなお前線に立ち続けている。ルチル兄弟は、ミスラとフィガロが力ずくで戦場から引き剥がした。


せめて幼い彼らが石になることのないように。と


動けなくなったシノは、リケやヒースの必死の説得で後方へ。それが彼にとって、どれだけ悔しかったことだろう。けれど、その隙を埋める者たちの魔力もすでに残り火でしかない。被害の範囲はここだけでなく、街にまで広がり始めていた。シャイロックが集めていた欠片のムルを派遣してどうにか保っている状態だ。紅に染まった戦場を見渡して、私はただひとつの願いを抱く。


――ああ、いっそ、誰か無力な私を殺してくれたなら。


厄災の前に立ち尽くす私に許されたことは、命を差し出すこと。それしか、できなかった。倒れたクロエに月の影が迫った、その瞬間。思考より先に、体が勝手に動いていた。


〈ス、…イスピ…ッ


掠れた声で、痛みを堪えて呪文を紡ぐクロエ。その身体がもう動かないことは私にも伝わっていた。彼の前に私の影が割り込む。その瞬間、クロエの表情が恐怖から驚愕に染まった。


スノウやホワイトに怒られちゃうな。「賢者が魔法使いを庇うなんて」とか。また、プライドを傷つける行為だとか叱られて。


……それでも、守りたかった。


賢者なんて、いくらでも変わりが効く。現に彼らは、たった一年前の賢者のことだって忘れてしまうのだから。いくら特別と言われようと、特別なのは"賢者"であって私ではない。今までのように、世界を救った後は私のことなんて忘れてくれたらいい。


「元の世界に帰りたい」なんて我儘のために。この世界を、誰かを殺すわけにはいかない。ここの人たちにもちゃんと家族や友人がいる。守りたい生活も未来も。


それを守る為に、私はここに来たんだから。



次の瞬間、世界が裏返った。

衝撃が腹を貫き、背に触れる感覚。腹に風穴が空いたのだ。私の赫い命が、少しずつ零れ落ちていく。やがて腰から砕け、地面に崩れ落ちて両膝をついた。うまく呼吸ができない。胃から逆流した血液が口と鼻から溢れ出す。血に喉を焼かれて咳き込むたび、赤黒い飛沫が地面に散った。


……これ、クロエのトラウマになっちゃうかな。


耐え難い痛みで世界が歪んでいく。全身が脈打ち、心臓が耳障りなほど暴れている。あまりの痛みに、一瞬意識が飛びそうになる。鮮明になり始めた視界は、鮮やかな紅い液体が支配していた。バケツをひっくり返したかのような出血量に目眩がする。気持ち悪い。


でも、それ以上に胸を抉るのは……


いつか彼らに忘れられてしまうこと。無力な私では何もできないこと。その事実に挫けそうになっている私。




ああ、ダメだな。


さっきは強がって「忘れてくれたらいい」なんて言っちゃったけど……



忘れられてしまうのは――やっぱり、少しだけ寂しい。




暗闇に落ちる寸前、誰かの腕が私を抱きとめた。暖かくて、僅かに震えている。炎のような毛色。

クロエかと思ったけど、少し違う。少し暖かい骨ばった手、落ち着く香り。金属の指輪やブレスレットが当たって少し冷たい。


ミスラだ。


霞んだ視界の中で、見たこともない顔をしたミスラが見えた。彼は、私を抱えたままひどく動揺した声で問う。



「……何故」


「…ご、めん…なさい」


「答えになってないじゃないですか、ふざけないでください」



ミスラは私の指を握りしめる。あまりの冷たさに、彼は怯えるように目を見開いた。形のいい唇から零れかけた〈アルシム〉を、震える手で塞ぐ。もう助からないことなんて、自分が一番よく分かっていた。


その時。私を撃ち抜いた月が、嘲笑うように光を揺らして遠ざかる。戦闘を終えた仲間達は、しばらく安堵と恐怖の間で揺れていた。



……よかった。

壊れかけた世界は、まだ壊れずに済んだ。



少しずつ体温が奪われていく感じがして、すごく寒い。私から失われた血が地面に広がっていく。見上げると、そこには青ざめたミスラの顔。私は彼の頬を撫でて、こう言った。


「約束します……絶対に、帰ってくるって」


魔法使いでもない私の約束に、効力なんてない。彼らが約束を破れば魔力を失うが、私が破ってもなんの縛りも課されない。今はただ、それが痛いほど悔しい。その約束は、半分私の願いでもあった。


力なく笑う私に、ミスラは苦痛に歪んだような顔をする。



「絶対ですよ」



もし立場が逆だったなら、ミスラは「あなたが怪我をしたわけでもないのに」なんて笑うだろう。いつもは彼の体温のほうが低かったのに、今は私の方が冷たい。



「あなたのいない世界は、きっと退屈です」



そして、そこで世界は暗転した。


晶の繋いでいた手がぱたりと落ちる。床に打ちつけられて鳴ったのはトンッと軽い骨の音。


すっかり冷たくなった彼女を抱き止めているのに、抱いている感じがしない。死体なんていくらでも操れるミスラだ。しかし、彼はそうしなかった。


彼女が持つのは、死後も石にならない、人間の体。


頬に残る涙の跡を指で拭うと、晶が優しく微笑んだ気がした。穏やかな死に顔に淡い期待を抱くが、彼女の惨い身体に目をやると、それはすぐに裏切られる。冷たくなった頬に、ぽつりと雨が降る。呆然としていたミスラは、恋人の骸を抱いて頭を寄せた。落ちた手を床から拾って、指を絡める。




再び繋いだ手にもう体温はない。





______




……最悪な夢を見た。




自分の死に様なんて思い出したくもない。しかも夢の割には痛覚や描写がやけにリアルだ。そのせいで、まだ心臓が落ち着かない。

そしてここ最近、心臓を酷使しすぎている気がする。最も、ほとんどはあの人のせいなのだが。そろそろ休めてやらないと……仕事を放棄でもされたら死んじゃう。


そんなことを考えながら、私はベッドを離れた。湯気の立つ湯呑みを片手に、窓辺から街を眺める。


今私は最高にチルっている。


ティーカップじゃないのは、こっちの方がなんとなく落ち着くから。ここから見える深緑や花畑、それに猫ちゃん達が私の癒しだ。木漏れ日を受けて眠る子猫達を見て、口元が自然と緩む。昨日まで喧嘩していたはずの三毛と黒猫、それに加え白猫まで集まって眠っているなんて。


この平和が守れたならまあ、良かったかな……二度と死にたくはないけど。


生まれ変わった私はおそらく、以前の私の理想なのだと思う。圧倒的な強さも、美貌もある。それらはあくまでも、彼らに感じていたコンプレックスや憧れの延長線に過ぎない。


ただ願ったのは、彼らの隣に立って、恥ずかしくない人になりたかったから。


弱ければ守る方法も、死に場所も選べないのだ。彼がどうして強さにこだわるのか、少しわかったような気がした。朝の新鮮な空気を吸うと、空になった湯呑を見つめる。




……そろそろ仕事行かなきゃ。




私の仕事は、基本的に“依頼”だ。

もっとも内容は日によって違うし、報酬も保証されていない。残業代は出ないし、休日出勤になることだってある。


それでもこの仕事を選んだ理由は、"役目"がないから。


といっても楽がしたいわけではない、それなら他の仕事だってたくさんある。昨日は迷子の猫探し、一昨日は魔物の討伐、そして今日は未解決事件の捜査ときた。



ただ一つ言えるのは、


『役目が重いほど、名前を忘れられていくこと』



誰だってそうだ。かつての私もそうだった。それは一国の王子でも、騎士団長でも変わらない。彼らがどれだけ大きな功績を残しても、それはあくまでも王子や団長としてだ。下手をすれば、いつか役目に呑まれてしまう。



だからこそ、私は一介の魔法使いとして生きる。







……それがなぜ、指名手配されているのかはこっちが聞きたいくらいだ。


街中の掲示板には、私の指名手配書がでかでかと貼られていた。ものすごく邪悪に誇張された似顔絵が、警告文と共に載っている。読めるようになった、この世界の文字。むしろこの場合、理解できないほうがマシだったかもしれない。


巨大な魔女帽子に長い髪、顔より伸びた爪は心臓すら貫けそうだ。しかし不思議と、眺めていると愛着が湧いてくる。魔法使いの美貌などカケラも感じられないが、これはこれで可愛らしかった。


一介の魔女にかけられた容疑は、「呪物で一般市民を呪った」というもの。使用された凶器は「パンドラの箱」。




……それ、ちょうどこの前盗まれたやつです。




母の遺品のうちの一つ、パンドラの箱。

それは確かに、倉庫に結界まで貼って厳重に保管していたものだ。しかもわざわざ、人が寄り付きづらい北の山小屋に。


「開けてしまったら最後、死ぬより辛い思いをする」と母に脅されていたものだから、年中管理は怠っていない。結界が破られたのなら、私がすぐに分かる。だからこそ、それがなぜ、どうやって取り出されたのかは見当もつかない。それに危険だからとはいえ、娘としてそれなりに思い入れもあった。新たな被害者を出さないためにも、早く回収しなければいけない。


それから箱を開けると何が起こるのか、まさか他人を介して知ることになるとは思わなかった。どうやら手配書から見るに、「口からカエルが止まらなくなる」……らしい。想像するだけでも顔が歪む。それがバクチクガエルじゃなかったことだけは、不幸中の幸いと言えるだろう。腹の中で爆発でもすれば被害どころじゃない。


もはや"盗んだ方の自己責任"としか言いようがないこの事件に、どう対応するべきだろうか。自業自得とはいえ、放ってはおけない。


しかし唯一思い出せる手掛かりといえば、母が買った日になくしていた取扱説明書くらいだ。それになら、解呪方法も書いてあるかもしれない。だが、最悪なことにこの呪いは持続性。何世紀も前になくしたものを探している時間はない。どのみち、私は被害者兼怪盗に会う必要があるようだ。


まず居場所を突き止めなければいけない。


そこで思い出したのは、遺品に付けておいた“印”。危険な遺品を管理するにあたって作った、管理番号代わりのもの。箱に残しておいたその気配を辿れば、今それがどこにあるのかが分かるようになっている。


早速探知の魔法を展開すると、瞬く間の静寂の後に想定もしていなかった結果が出る。


──印が示した先は、魔法舎のある方角だった。


どうしてそこに……

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