幼馴染が女の子になったけど、俺は動揺なんてしたりしない!

ななみん。

第1話 ボク、女の子になっちゃったからよろしくね?

「ねえ、明人あきと。起きてよぉ~」


 意識のぼんやりとした中、俺を呼ぶ可愛らしい声が聞こえてきた。だがアラームが鳴っていないつまり定刻ではないし、だとしてもまだ起きたくない。ひたすらに欲望に従い声を無視し続けているとやっと静かになった。


「おーい、起きないとどうなっても知らないよ?」


 それも束の間。再び意識が落ちていこうとしていた瞬間、唐突に耳元へ囁かれ目を覚ますはめになった。


「やーっと起きたね?」


 目の前で深い茶色の長い髪がふわふわと揺れている。甘い香りが漂う中、ぼんやりと声の主を見つめていると「おはよ!」とにこやかな表情が覗きこんできた。


「おいれん……その起こし方やめろって散々言ったよな?」

「あれ、そうだっけ?」

「それに自分で起きれる」

「あ、思い出したー。『だから毎日来なくてもいい』だったっけ! でもでも、幼馴染って毎朝起こしにくるものだと思わない? 思うよね? 今日も幸せ感じる目覚めだったでしょ?」

「あー、やかましいな。ああやかましい。もうそれでいいから下で待ってろ!」

「いいんだー!」


 体に乗っかってきていた恋を部屋から追い出して、ぼうっとした頭のまま制服に袖を通す。

 あいつとは家が隣同士で小学校からの付き合いになる。いわゆる幼馴染と言っていいだろう。

 それだけなら何の問題もなかった。

 だが面識のあるなしを問わず、誰とも仲良くなれる抜群の愛嬌の良さで両親を即座に懐柔かいじゅうし、ついには公認と言い張り堂々と部屋に上がり込んでくるようになった。


「恋ちゃんは今日も可愛いわねぇ」

「でしょでしょー!」

「誰か気になってる人はいるの?」

「えっへへ……それは内緒!」


 階段を降りるとリビングからは恋と母親の話し声が聞こえてきた。まったく朝からお気楽で何よりだ。

 そのまま通り過ぎて洗面所で顔を洗う。ようやく頭がすっきりしてきたところでリビングへと舞い戻ったわけだが。


「ね、食べさせてあげよっか? はい、あーん」


 テーブルにつくやいなや、としながら恋が箸を差し出してくる罰ゲームつきときた。


「お前なぁ……いい加減そういうのやめろ。ていうか先行っててくれ」

「やーだー。待ってるもん!」


 結局今日も共に登校し教室へと入った。クラスの誰もがにやにやと俺達を見ているのはわかりきっている。


「本当明人が羨ましいわ」

「まさかあいつのことか?」

「それ以外に何があんだよ」

「羨ましいってどこがだよ。あいつはただうるさいだけだぞ。それに知ってるだろうが」

「へっ、お前には持たざる者の気持ちなんてわかんねーよ」


 後ろの席の谷口は大きくため息をついたあと机に伏せてしまった。奴はまた一限目から寝て過ごすに違いない。

 それはさておくとして、客観的に見れば俺には幼馴染がいて毎朝のように起こしに来る。その上学校でも気付けばいつも近くにいる。


 もちろん悪い気はしない。それはまるで学園ラブコメアニメのような設定のようで、心身ともに健全ないち男子としてはこのシチュエーションに文句なんてつけられない。


「あーきと、お昼ご飯だよ!」


 気付けば恋がスカートをひるがえし、俺の膝の上に座ろうとしていたが即座に回避。

 一方の恋は「むー」とほっぺたを膨らませ不機嫌そうだ。


「って、もうそんな時間か」

「また授業中ぼっーとしてたんでしょ! ノート貸すこっちの身にもなってよね!」


 言葉とは裏腹に嬉しそうなのはさておくとして、俺は弁当箱の蓋を開けた。

 肉、肉、肉。

 中身に目をやると、彩りは全体的に茶色模様だが俺の好物だけをしっかり抑えている。


「どう?」

「文句なしにうまい。そち、どうやら腕を上げたようだな?」

「へっへっへ、お代官様ぁ。まあそれもそのはずだよ。今日は特に愛情をいっぱい込めたからね!」


 それを聞いて俺は思いきり咳き込んでしまった。すかさず恋から飲みさしのペットボトルを差し出され受け取る。


「明人、大丈夫?」

「まったく……唐突に変なこと言うからだ」

「そろそろ落ちてくれる頃かなって思ったんだけど。もう我慢せずに好きになっていいんだよ?」

「なるわけないだろ」

「どうしてぇ? こっちは別に構わないのになぁ~」


 恋はあからさまに声量を上げて悪戯っぽく言った。

 たちの悪いことに、こいつは全部わかってて周囲に丸わかりなアプローチを仕掛けてくる。


「今日もお熱いね……!」


 隣の席の女子生徒、天崎あまさきは教室に戻ってくるなり恋の方を見た。


「そうなの! でもこのお方がなかなか素直になってくれなくてさぁ。難攻不落に!」

「明人君ってもしかしてツンデレ?」


 天崎が今度はこっちに向けて首を傾げてきた。


「やめろ天崎バカ。またそういうこと言うからこいつが調子に乗るんだ」

「乗れるものにはどんどん乗ってく! 例えば朝の明人のようにね!」

「誤解されるような言い回しはやめろ!」

「あれは事実だったようなー?」

「でもほんとお似合いだよね。もう付き合っちゃえばいいのに?」


 俺達のやり取りを見て天崎がそう口にすれば、恋はうんうんうんと首を縦に振りまくるが認めるわけにはいかない。


「それだけは絶対にあり得ない。あっちゃいけないんだよ」

「まあまあ。恋ちゃんってちっちゃくて可愛いすぎるのに彼氏いたことないんだよ。だから皆もはやくかなって話してるよ?」


 天崎の言葉ににこにことしながら、恋が強引に腕に抱きついてきた。こいつには単純に力では敵わないわけで引き剥がすのにも一苦労だ。


「加減を知れやこの怪力ゴリラ!」

「そんなに照れないでよー。ねえ明人。もう両想いですってもう認めちゃお!」


 ウインクを向けられてため息しか出ない。

 そもそもの話、恋は生物学的に言えばmale。

 そう、厄介なことにこの幼馴染は正真正銘生まれついての『男』なのだ。




「……ん?」


 そこでオチがつくはずだったのだが、いつもとは違う感触に気づいた。

 やわらかいなにかが腕にひっついてきていて、くすくすと笑う声の先には恋しかいない。


「言ってなかったけどボク、女の子になっちゃったからよろしくね?」

「は? おい、お前なに言ってんだ!」


 理解が追いつかないでいると、恋は頬を染めながらさらに強く抱き着いてきた。

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