憧れの先輩アイドルはなぜか、オレを溺愛しているらしい

はなたろう

第1話 先輩との再会

春の終わり。高校から電車で30分、自宅とは反対方向へと向かう。


都心にある芸能事務所。ジャージに着替えてそのレッスン会場に入ると、すでに熱気に包まれていた。鏡張りの壁の前で、候補生たちが必死に踊り、振付師の鋭い声が飛び交う。フロアにダンスシューズが擦られる、キュッという音がこだまする。



「よう、ツバサ。今日は早いな」



同じ年の友人でありライバルでもある、カイリに声をかけられた。



「中間テストだったから、今日は午前中で終わりだったから、牛丼食べてきたところ」


「はは、俺も同じだ」


「カイリ、この前の振り付けのおさらい、一緒にやろうぜ」



曲に合わせて、何度も同じダンスを踊り身体に叩き込む。


汗で張りついたTシャツの裾をつまみながら、候補生は、誰もがデビューを夢見て必死に食らいついているから、ちょっとでも気を抜けば取り残される。


オレはダンス歴は長いし、アクロバットもできる。けどここにいる誰もが努力している。簡単に「上に行ける」なんて思っていない。



だけど、今日の空気はいつもと違った。練習中なのに、ざわと小さなざわめきが広がり、視線が一方向に集中する。


ドアが開いた。



「――浅見蒼真だ!」



誰かの小さな声に、空気が一気に色づく。


黒髪をかき上げ、涼しい顔で入ってきたのは、人気急上昇中のグループ〈TOMARIGI〉の浅見蒼真だった。テレビや雑誌で見ない日はない、人気急上昇中、この事務所の稼ぎ頭だ。


背の高いシルエット、まっすぐ伸びた姿勢。普通に歩いているだけなのに、スポットライトを浴びているみたいに輝いて見える。



「皆さん、お邪魔します。」


会場にいた全員が、その一挙手一投足を追っている。



「うわ、ほんとにかっこいい……」


「やば、近い、死ぬ」



女子たちの小声が漏れ、男子候補生でさえ息を呑んで見入っていた。



「今日は、夏の野外ライブのバックダンスの練習をしてるって聞いて、様子を見に来ました。

先輩のライブではなく、自分たちのライブだという気持ちで踊ってね」



〈TOMARIGI〉は、つい先週、初のアジアツアーを終えて帰国したばかりなのに、休む間もなく、もう次のライブの準備に入っているのだ。

同じ事務所に所属していても、めったに顔を合わせる機会なんてない、雲の上の人。



そのときだった。



「久しぶり、ツバサ」



オレの名前が呼ばれた。低く落ち着いた声。驚いて顔を上げると、黒い瞳がまっすぐにこっちを見ていた。


一瞬、頭が真っ白になった。会場中の注目が一気にオレに刺さる。『どうしてアイツの名前を?』という、声が聞こえた気がする。



「……先輩?」



ようやく声を絞り出す。蒼真は口元にかすかな笑みを浮かべて頷いた。



「まだダンス続けてたんだな。よかった」



オレの胸が高鳴った。


高校時代、彼は同じ学校にいた2学年上の先輩。遠い存在だったけど、その姿は鮮明に覚えている。


――あの頃から、華やかな人だった。



休み時間、廊下を歩けば自然と人が集まり、男女問わず声をかけられる。校門で待つ女子の列、上級生の男子たちでさえ憧れの眼差しを向けていた。バレンタインの日、机の中はチョコで埋まっていたって噂も聞いた。



オレはただ遠くから見ていただけだ。


声をかける勇気なんてなかった。けど、ダンス部の発表会で蒼真先輩が踊った姿は、とても衝撃だった。しなやかで鋭くて、観客全員を奪っていく。あの日から、オレも「もっと踊りたい」と思うようになった。


その人が、今オレの前にいる。しかも名前を覚えていた。



「戸塚ツバサ、だろ?」


「……覚えてたんですか」


「忘れるわけないだろ。体育館で、派手にバク宙決めてただろ。あれ、鮮明に覚えてる」


不意に笑う蒼真。その笑顔に、また歓声が上がる。だけど、周囲の視線が痛い。



「特別扱いかよ」



そんな声が心の中に聞こえる気がした。実際、女子候補生の一部は、あからさまに睨んでいた。

その場の空気を悟ったのか、



「ツバサ、センターで踊ってみろ。蒼真に見てもらえ」



振付師の先生が、周囲を煽るかのように言った。魂胆は分かっている。競争心を刺激したいのだろう。わかるけどね。今日は、一段と視線が突き刺さる。



「面白ね、やってよ」



蒼真が軽く顎で合図する。オレは深呼吸をして前に出た。


〈TOMARIGI〉のデビュー曲が流れる。アップテンポの曲に合わせて踊り出すと、体が自然に動いた。幼い頃から染みついたリズム。



「いいね、ツバサ」



そういうより早く、蒼真先輩は立ち上がり、俺のすぐ隣にやって来た!

オレの動きに合わせ、シンメで踊り始めた。その瞬間、空気が一変した。


蒼真先輩の動きは、音に支配されているみたいだった。指先から視線の流し方まで計算され尽くしていて、なのに自然体。 手足の動きも、息遣いまで、ぴったりと俺に合わせてくる。


負けたくない。追いつきたい。



「……すげぇ」



誰かの小さな声が、鏡張りのフロアに溶けていく。 先生でさえ口を噤んで、俺たちの動きから目を離せなかった。


最後の決めポーズ、シンクロして息を合わせると、レッスン場に一瞬の静寂が落ちた。

そして爆発するように拍手と歓声が起きた。




そして爆発するように拍手と歓声が起きた。


踊り終わった瞬間、蒼真先輩がすっと隣に立ち、目を合わせる。



「楽しかった。またな、ツバサ」



その声に、オレの胸の奥がざわっと熱くなる。


――オレ、なんでこんなにドキドキしてるんだろう。


周囲の歓声や視線が、全部遠くに消えていく。ただ、蒼真先輩の存在だけが、オレの心を揺さぶっていた。



★お読みいただきありがとうございます★

アルファポリスをメインに活動しております。よければ起こしください(^^)



https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/900990816

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