ある姉弟の物語
ドライアイスクリーム
第1話
スマホのアラーム音が聞こえる。実に耳障りな音だ。
僕は、自室のベッドの中でおもむろに目を開いた。
そして少しだけ体を起こし、スマホのアラームを止める。
何だか眠った気がしないし、もう一度入眠しようか。そう考えたがやめた。ついさっきまでみていた悪夢の続きをみる気がしたからだ。
9月下旬になって暑さが落ち着きカーテンの隙間からは穏やかな日が射している。
スマホの画面には、火曜日の14時と表示されている。
眠っている間に12時を過ぎたそうだ。
僕は大あくびをする。
現在、僕は高校生だが学校に通っていない。ある時から登校拒否し、自由な生活に甘んじている。
理由なんてどうだっていいだろう。秘密にしておきたい事情の一つや二つくらい誰にでもあるものだ。
とにかく、今はこうして平日の昼間から家にいることができる。
将来のことは・・・どうだっていい。罪を犯したわけでもないのだ。自由でいられるうちに好きにふるまって誰が文句を言うのか。
目が覚めたのだからまずは顔を洗って歯を磨こう。
そう思い立って洗面所に向かい、それらを手短に済ませるとブラックコーヒーを飲むためにダイニングに向かった。僕にとってコーヒーは癒しだ。
ダイニングには、木製の長テーブルと小さなイスが丁寧に並べられていた。
そのテーブルの上には、インスタントコーヒーと魔法瓶。袋詰めのビスケットが入ったバスケットが置いてある。魔法瓶も持ってみるとずしりと重さが伝わってきた。お湯は沢山入っているようだ。
僕は深く考えることなく、ダイニングの棚から取り出したマグカップに、目分量でインスタントコーヒーを入れた。
そして、魔法瓶を傾けてお湯を注ぐ。湯気と共にコーヒーの香ばしい香りが鼻をくすぐる。
何度か息を吹き当てて、慎重にコーヒーを啜る。
味が濃い。粉を入れすぎた気がするがまあいいだろう。
コーヒーを飲み終えて、使ったマグカップを台所で洗っていると背後から声が聞こえた。
「おや・・・?起きていたのか?」
その声に振り向くと、そこには僕の姉がパジャマ姿で立っていた。眠そうな表情を浮かべながら心配そうな表情を浮かべている。
「今日は一日寝ててもよかったのだが、私が何か余計な事をしてしまったのか?」
無言で首を振ると、姉は安心したように胸をなでおろす。
「それならいいんだ。君の眠りを妨げてしまったとしたら申し訳ないからな」
「姉さんは今起きたの?」
「ああ、地獄の編集作業を終わらせて今仮眠から目覚めたんだ。毎日が激務で困ってしまうな」
姉はそう言い頭部をかくと、その足で洗面所に向かっていった。
僕は、それを横目にダイニングのイスに座りスマホゲームをする。
姉は、有名ではないものの動画投稿者として活動し生計を立てている人物だ。
年齢は22歳になったばかりで、高校を卒業して間もなく、在宅で動画編集業をしながら動画投稿者として活動を開始した。
そして、チャンネル登録者数が10万人を達成した20歳のとき、他者からの動画編集業務を取りやめ、自身のチャンネル運営に力を入れるようになったのだ。
ーーーただし、それに行きつくまでには紆余曲折があり。
「戻ったぞ」
姉がすぐ横に座った。
何かを期待するような眼差しをこちらに向けている。しかも、顔の近さは僕の顔が触れそうな距離だ。
しばらく無視していてもそれは収まらない。
僕は姉による無言の主張を悟り、スマホゲームをやめる。
そして動画投稿サイトのアプリを開き、姉が運営しているチャンネルをタップし、最新の動画を再生した。
再生回数は約10万回で高評価数も多い上にコメントの内容も悪くない。動画の内容も、決して他者を攻撃するようなものではないので安心して視聴できる。
姉の方に視線を移すと、何度も頷いているのが分かった。
「いい動画だね」
「その言葉が欲しかったのだよ!」
姉はそう言うと、嬉々として僕の頭を撫でまわした。
この動画は、僕と姉が共同で制作したコンテンツである。
僕が台本を書き、それを姉がアレンジを加えながら撮影し編集した動画なのだ。
「君の台本と私の編集力!それが今回は見事にマッチした最高傑作だったな!立派に私の仕事を手伝ってくれて嬉しく思う!」
自信に満ちた表情でそう話す姉。
現在僕は、姉と契約を締結し台本を書く仕事をしている。マンションで一人暮らしをしている姉の元で衣食住を整えながら、姉から台本の報酬をもらっているのが現状だ。
かつて、高校に行かず生きがいを失い、首吊り自殺を考えていることを姉に伝えた際、こう言われたことを今も記憶している。
「首吊りについて熟考し時間を浪費するよりも、私の仕事を手伝った方がよっぽど有意義だと思うぞ。確かに首を吊るのは気持ちがいいが、死亡すればそれで終わりだ。だが仕事をすれば金になる」
こうした言葉が出たのも、姉が17歳の時に人間関係や学校に嫌悪感を抱き休学したことが関係している。
当時の姉は一日中布団にくるまり猟奇的な発言を繰り返していた。首吊り自殺を試みたこともある。一時期は、自分の指を食べたいからナイフで切り落としてほしいと言われたこともある。
だが、姉は僕とごく一部の友人にのみ心を許していた上に、僕が姉の面倒を長期にわたって見ていた。それもあり、ある程度心身が回復した現在は僕に対し今まで以上に親身に対応してくれる。
ただ、最近はやたらとスキンシップが増えた気がする。
そんなことを考えているうちに、姉が手を止めハッとした表情を浮かべた。
「そうだ!撮影がまだだったな!早くまとめてこなさなければ!終わったら思いっきり褒めてくれ!」
そう言い、自室に戻っていった。
「・・・」
今月姉に納品する台本はすべて書き終えた。
納品作業も済ませている。だから、後は来月に備えてテーマを練らなければ。
僕は両腕をあげると、自身のやりがいを与えてくれた姉に心の中で感謝しつつ、自室に行きノートパソコンの電源を入れた。
ある姉弟の物語 ドライアイスクリーム @walcandy
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