自然の中の恋知らず

猫宮いたな

恋情チューリップ


 小学生から高校生を対象に、自然を学び、交友を築「自然の青年団」

 新潟県の各市町村で、行われている活動。


 五泉市の自然の青年団、その数は二十名程度。

 そこの団長をしている荒川清良あらかわきよらは、小学校の頃から、団員として活動を続けていた。

 小学四年から、高校三年までの九年。年数回のその活動、全てに参加し、他の団員とも深い交友関係にあった。

 

 元は、そこまで容姿は良かったというわけではないが、時間とともに、その容姿も変わっていった。


 天パで、ボサボサの髪は縮毛矯正で、整えられて、高校に入ると同時、灰色のメッシュの入ったウルフヘアに。

 オタククサい、太縁の四角い眼鏡を辞めて、コンタクトに。

 スキンケアも丁寧に、顔のいたるところにポツポツと、浮いていたニキビも徐々に減っていき、コンシーラーや、ファンデーションで、荒い肌を隠す。


 その一六〇に届かない、身長と、その容姿、服装から、荒川は男として見られないことも多々あった。


 もともと、荒川はその身長の低さ、容姿からいじめられていた、過去があったが、この青年団の友達から、メイクやファッションを学び。

 その結果、いじめはなくなり、多くの人から向けられるその視線を一八〇度変えることが出来た。

友達も、両手で数え切れないぐらい、沢山、増えた。


 そんな、恩を荒川は青年団に持っていた。荒川は、みんなのことが好きだった。共に時間を過ごし、一分一秒でも、楽しみたいと思っていた。


 結果として高校三年時に、青年団の団長となることになった。人前に出るのが苦手な荒川は、人前に出て、リーダーとして責任を持つことが初めてだった。


 青年団の結成時、みんなの前であいさつをしないといけない。

 緊張して、声が震えた。

 なんて言ったのかなんてあんまり、覚えていない。


 でも、これだけははっきりと、明確に覚えている。


 それは、あの日荒川とともに、青年団に所属した仲間のあの顔だ。

 

「みんな、これからよろしく」



 青年団の一番最初の活動は、新潟県五泉市のイベントに参加し、「緑の羽根募金」を行うこと。

 イベントなんていうが、景色一杯のチューリップ畑で、いくつかの屋台が出ているだけ。

 何か、特別なものがあるわけではない。


 しかし、そのシンプルな景色が壮観で迫力もある。

 赤に黄色、白に、ピンク。様々な色が重なり合って、太陽の光と反射してキラキラ光る。

 荒川は、この景色を見る度、期待と懐かしさを胸に、その目を輝かせるのだ。 


 小学生たちは、大きな声で「緑の羽根募金おねがいしまーす!」

 なんて叫んでいる。


 子供のそんな元気いっぱいな姿に多くの人が募金をしてくれた。

 募金してくれた人に渡す、ボールペンや、メモ帳、風船なんて募金を始めて一時間もすれば、無くなってしまった。


 募金自体も二,三時間もすれば、終わり、残りはみんなでチューリップを見て回る事にした。


「清良、一緒に、屋台でも行くか?」


「んぁ? あぁ……」


 声を掛けてきたのは、男女の三人組。

 五十嵐雪夜いがらしゆきやと、森谷真琴もりやまこと、それと藤崎萌音ふじさきもね

 三人とも、付き合いは長いし、俺にとって大切な友達だ。


 その中の一人。森谷真琴に恋をしている。

 天真爛漫、明るく、誰にでも優しい。

 肩上まで伸びたオレンジのボブヘアーを、ハーフツインで、まとめてある。長いまつ毛に、赤く火照る頬っぺたに、可愛らしさ全開。


 勉強は得意じゃないらしく、ちょっと馬鹿らしいところもあるが、持ち前の明るさと愛嬌でいろんな人に愛されている。

 勉強はできないが、運動は得意らしく、青年団の活動の際は、誰よりも元気にはしゃいでいる。


「屋台でレモネード売ってるみたいだし、行ってみたい」


「あぁ、いいね」


 まぁ、好きとは言ったが、正直な話、自分から話かけることなんてそうそうない。話さないのではなく、話せない。


 過去のトラウマと、元の性格が合わさって、俺は人と話すことが難しい。

 特に異性、さらに好きな人なんて言われたら、話せないのは仕方のないことだろう。


「なぁ、清良。森谷のことが好きなら想いをちゃんと伝えてやれよ」


 雪夜は、そう耳打ちをしてきた。

 気配りのできる雪夜は、俺が真琴のことが好きだということを気づき、俺と真琴が結ばれるように、協力してくれている。

 ……ま、俺にとっても少ない親友という存在だ。


 雪夜がこういうのには、もちろん訳がある。

 俺達は、今年で、高校卒業。それと同時、自然の青年団も卒業。

 真琴と会うことはきっと難しくなる。


 今年四回ある、青年団としての活動の内にこの気持ちを伝えなければ、俺と真琴が結ばれるのは簡単じゃなくなってしまう。

 だからこそ、本気になっているのだ。


「清良、イチゴのレモネードだって! 飲んでみようよ」


 フッと笑い、雪夜は俺の背中を肩で押す。

 

「「あっ……」」


 背中を押された俺は、バランスを崩し、真琴の方に倒れそうになる。

 ギリギリで、堪えたが、俺と真琴の距離はほぼゼロ。

 真琴の息遣いも、シャンプーの匂いも、柔軟剤や香水の香りもすべて。

 淀みのない、真っ直ぐなその瞳も、潤んだプルプルの唇も。

 俺の心臓を、爆発させてしまいそうなくらい、ドキドキさせてしまう。


 この音、聞かれていないだろうか。

 たった、数秒にも満たない、この短い時間すら、永遠と思える長い時間に感じる。

 

 目のやり場に困る。

 

「ごめん……。真琴」


「いや、うちの方こそ、ごめん」


 気まずい空気が流れる。目も合わせられず、互いに俯く。

 

「初心だねぇ……」


「全くだ」


「こうなった原因はお前だろ! 雪夜‼」


「アハハァ……。 ワルイね」


 屋台の人は、静かに二つのイチゴのレモネードを差し出した。

 ありがとう。と、真琴は俺の分のレモネードを受け取り、またそれを、俺に差し出してくれた。


 ストローの刺さったレモネードをチュウチュウと吸いあげる。


 さっぱりとした、レモンと、イチゴの甘酸っぱさ。

 それは、とてもおいしかった。


「おいしいね! 清良!」



 右手に持ったレモネードには結露が現れ、手のひらを濡らす。

 目の前に広がるのは、景色一杯のチューリップ畑。


 カラフルなチューリップの花は開き。朝とは雰囲気は変わっている。

 募金活動で、ずっと見ていたが、改めてみると、その壮観さは途轍もないものだ。


 俺達は、声を上げた。


「綺麗だな」


「うん……とっても、綺麗」


 上げた声は、言葉にならない。

 子供のような簡単な言葉をこぼすだけだった。


「チューリップの花言葉って、なんだっけ」


「色によって変わるけど、大体恋に関係するものだな」


「へぇ……。今の清良にぴったりじゃん」


「余計なことを言うな」


 藤崎萌音は、悪戯好きで、俺とは犬猿の仲。

 真琴の前で隠していた、俺の恋心を、こいつは堂々と明かしやがった。

 本当に性格が悪いよな。


「え⁉ 清良、恋してるの⁉」


 萌音の悪戯に、真琴は反応する。

 真琴も、そういう話には好きらしく。驚きの表情とともに、好奇の眼を向ける。

 そんな顔も、可愛らしさを感じさせ、心臓の動きは速くなる。


「まぁ……好きな人はいるよ」


「へぇ! どんな人⁉」


 答えに困る。ここで真琴のことを好きというべきか。

 きっと、萌音と雪夜が作ってくれた、せっかくの機会だ。


 二人の為にも、言わないと……。

 でも、その声は出てくることはない。


 もし、嫌われたら。嫌な気持ちをさせたら。そう考えてしまう。

 その思考は、体を支配し、言葉を失わせる。


「おい、そろそろ時間だぞ」


 青年団の先生が後ろから、声を掛ける。


「もうそんな時間か。いこ?」


 真琴は、コツコツと音を立てて歩き進める。

 その姿は、心に大きな悔しさを残した。


 感情を露わにする俺の後ろ姿を、萌音と雪夜は苦笑いで見ていた。


「「両片想いより、面白いものはない‼」」


 二人は、そういって笑った。

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