EP 8
義賊アルトと、恵みの雨
あれから数週間、無慈悲な日照りは続き、ミルクファームの畑は見るも無惨な姿を晒していた。地面はひび割れ、植えられた米や作物の苗は、黄色く枯れ始めている。
それに伴い、孤児院の経営は日に日に圧迫されていった。
食卓に並ぶのは、色味の少ない雑穀のおかゆばかり。そんなある日の夕食、ワンダフは子供たちの顔を見ながら、申し訳なさに眉を下げた。
「むぅ……これでは、子供たちに美味しい食事を出せないぞ……」
「本当に、困りましたわねぇ……」
ミーニャも、ため息を隠せない。
そんな大人たちの心配をよそに、ユキナは健気に微笑んだ。
「大丈夫よ! ミーニャさん! このおかゆ、美味しいもん!」
「ああ! なかなかイケるぜ!」
ニックも元気に同意するが、正直なのはウッシだった。
「……でも、やっぱりお肉が食べたいな……」
「コラッ! ウッシ! わがまま言わないの!」
ユキナが慌てて叱る。そんな子供たちのやり取りに、ワンダフはさらに胸を痛めた。
「すまないなぁ、お前たち……」
その全てを、アルトは黙って見ていた。
(日照りだけはどうにもならないが、食事なら……俺にできることがある。そうだ、ミルクファームの入り口に、寄付の品を入れてもらうための荷物入れがあったな……)
この数週間、彼は自分の足で立つための努力を続けていた。転んでは泣き(もちろんフリだ)、それでも立ち上がり、ついにヨチヨチとおぼつかないながらも歩けるようになっていた。全ては、この時のために。
その夜。皆が寝静まり、建物が静寂に包まれた頃、アルトはそっとベッドを抜け出した。
小さな体で、暗い廊下を壁伝いに進む。彼にとっては大冒険だ。目的地の玄関にたどり着くと、そこには古びた木製の大きな箱が置かれていた。
(よし。問題は、何を出すかだな……。肉や生魚はすぐに傷む。保存が効いて、みんなが喜ぶもの……)
アルトは思案する。
(そうだな……これにしよう!【地球便】!)
スキルを発動し、荷物入れの中に、丁寧に縄で束ねられた大量の魚の干物を出現させる。
(ふぅ……。「通りすがりの酔狂な義賊が、頑張る子供たちのために置いていった」……うん、ストーリーはこれでいこう)
満足したアルトは、誰にも見つからないよう、静かにベッドへと戻った。
翌朝。
日課の見回りをしていたワンダフが、荷物入れを開けて驚きの声を上げた。
「なっ、何だこれは!? 魚の干物!? 何故こんな所に!?」
「どうしました、院長?」
声を聞きつけたミーニャがやってくる。
「み、見ろミーニャ! なぜか魚の干物が、こんなにたくさん置いてあるんだ!」
「まあ、どういうわけかしら……?」
「わ、分からん……。だが、きっと我々への寄付に違いない! 誰かは知らんが、ありがたいことだ!」
「そうですね。有り難く頂戴しましょう」
ミーニャは早速、朝食の準備に取り掛かった。
キッチンから漂ってくる、香ばしい匂い。じゅうじゅうと干物が焼ける音。その匂いに誘われて、子供たちが次々と起きてきた。
「わぁ! なんだかすごく良い香り!」
ユキナが嬉しそうに声を上げる。
やがて、食卓には湯気の立つおかゆと、こんがりと焼き目のついた魚の干物が並べられた。
「「「いただきます!」」」
ミーニャとワンダフに見守られながら、子供たちは一斉に魚にかぶりついた。
「おいひいよぉ……!」
「うめぇ……! しょっぱくて、うめぇ!」
「美味しいな、ニック!」
「ああ、最高だ!」
久しぶりのご馳走に、誰もが満面の笑みを浮かべている。その光景に、ワンダフの目頭が熱くなった。
「良かった、良かったなぁ……」
その時だった。
ポツリ、と食堂の窓に一つの雫がついた。
「あら、雨……?」
ミーニャの呟きを合図にするかのように、雨は次第にその勢いを増し、ザーッという力強い音を立てて乾いた大地を濡らし始めた。
「雨だ! 雨が降ってきた!」
「わーい! これで作物が元気になる!」
ニックとユキナが、喜びの声を上げて庭へ駆け出していく。ワンダフもミーニャも、天からの恵みに感謝するように、空を見上げていた。
その幸せな光景を、アルトは椅子の上から静かに見守る。
(良かったなぁ、みんな)
彼の小さな善意が、まるで天まで動かしたかのような、恵みの雨だった。
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