EP 3
ミルクと揺りかごと復讐の誓い
ワンダフの腕に抱かれ、アルトが連れてこられたのは、温かい光と子供たちの賑やかな声、そして美味しい匂いに満ちた場所だった。ここが孤児院【ミルクファーム】。森の闇とは天と地ほども違う、生命力に溢れた空間だ。
「ワンダフ院長、おかえりなさい。……あら? その子は?」
奥の部屋から現れたのは、しなやかな体つきの猫耳族の女性だった。ピンと立った耳が、アルトの存在を素早く察知してぴくぴくと動いている。彼女が副院長のミーニャだろう。
「森で拾ったんだ。どうやら捨てられていたらしい。服の中に、これだけが」
ワンダフが差し出したのは、小さな布切れ。そこには拙い刺繍で「アルト」と名が記されていた。ミーニャはそれを受け取ると、アルトの顔を覗き込み、痛ましげに眉をひそめた。
「まぁ、可哀想に……。でも、もう大丈夫。心配いらないわよ、アルト。今日からここがあなたの家で、私たちがあなたの家族だからね」
その声はアルトの魂にすっと染み渡るように優しかった。
(優しそうな人だ……。助かった、本当に……)
極度の緊張から解放され、アルトの意識は安堵に包まれる。
ミーニャは手際よくアルトをワンダフから受け取ると、すぐにお風呂の準備を始めた。温かい湯が張られた木製のタライに、そっと体を浸からされる。森で付いた泥や汚れが洗い流され、体の芯から温まっていく感覚は、まさに天国だった。
「おぎゃあ! おぎゃああ!」
(あぁ〜〜……気持ち良かったぜ……。生き返る……)
赤子の体は正直に泣き声を上げるが、その魂は20歳のおっさんのように満足感に浸っていた。
綺麗になったアルトは、ふかふかの布で優しく体を拭かれ、新しい産着を着せられる。そして、ミーニャは少し甘い香りのする液体が入った哺乳瓶を、アルトの口元へと運んだ。
「はい、ミルクですよ。お腹が空いたでしょう」
温かいミルクが口の中に流れ込んでくる。地球の粉ミルクに似た、栄養と優しさに満ちた味。空っぽだった胃袋が満たされていく感覚は、まさしく生命の奔流そのものだった。
(う、美味い……! 生き返れる……! マジで……!)
アルトは夢中でミルクを飲み干した。その姿を見て、ミーニャは慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
やがて、清潔なシーツが敷かれた小さな赤ちゃんベッドに寝かされる。木の天井を見上げながら、アルトは今日一日の出来事を反芻していた。
(色々、ありすぎだろ……。ルミナス帝国の皇帝の息子として生まれて、すぐに殺されかけて、実の母親に山に捨てられて……死ぬ寸前で狼を岩で潰して……ワンダフさんやミーニャさんに助けられて……)
まるで悪夢のような、ジェットコースターのような一日。勝ち確人生どころか、初日からハードモードの極みだ。
全ての元凶である、あのふざけた女神の顔が脳裏に浮かぶ。軽薄な笑顔、無責任な言葉。怒りが、ふつふつと魂の底から湧き上がってきた。
(……決めた。俺のこの二度目の人生の目標は、まずアイツをぶん殴ることだ)
穏やかな孤児院の片隅で、皇帝の血を引く赤子は、神への鉄拳制裁という、壮大かつ個人的な復讐を静かに心に誓うのだった。
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