第22話 ヒロインだからツンデレには耐性がありますよ①



 入学式から五日。今日はとうとう授業が始まる日だ。私は制服に身を包み、リリーと一緒に登校していた。


「すごい森林! 癒やされますねリリー」

「まぁ、虫が出てこなければ悪くない場所ではあるわね」

「かくれんぼしたら、帰りにはひとり減ってそうですねえ!」

「だからどうして貴女はいつも二言目に怖いことを言うの!?」


 寮から校舎まではまるで森の中のようになっていて、舗装されてはいるものの、妖精が出てきそうな雰囲気だ。


「お腹いっぱいだからか、坂道は転がりそうになります」

「……貴女パン微妙な量残して詰めてたじゃない」

「非常食ですよ」

「……はあ」


 アカデミーは朝からお昼まで授業をして、それからお昼休み、夕方まで授業だ。時間割を見るだけなら前世の学校みたいだけど、通ったことがないからよく分からない。


 そして、食堂は朝と夕方のみ、寮ごとに使用できるところが決まっているらしい。


 キング寮はラサテイト西食堂を、クイーン寮はラトンプーネ東食堂を、そして私達の住むジャック寮はサンズ北食堂を使わなくてはいけないそうだ。私とリリーが食事をしに行くとすでにエヴァルトは食事を終えたところで、ぎりぎり挨拶だけは出来た。明日からは一緒に食べたい!


 だから登校だけは一緒にしようと思ったけれど、彼はもう登校してしまったらしく寮を出る時部屋に声をかけても無反応だった。


「……それで、護衛騎士様にお尋ねしたいのですけれど、どうしてそんなに顔色が悪いのでしょう?」


 リリーはくるりと後ろに振り返った。私達の後ろには、さきほどから護衛騎士であるラングレンが着いてきているけど、その顔色は悪く目の下にクマもある。


「騎士の職務は聖女とその身内をお守りすることです。心配されることではございません」

「でも、確かにリリーの言う通り酷い顔色ですよ? 交代の方とかはいらっしゃらないのですか?」

「いません」


 私が問いかけると、ラングレンは即座に否定した。リリーが少し怪訝な顔をする。


「私、騎士団には女性も少なからず所属しているとお聞きしたのですけれど、そういった方々はいらっしゃらないのでしょうか?」

「はい。アカデミーに入学可能な年代の者がいなかったもので。もういいでしょうか? 気が散ります」


 リリーはその言葉にむっとした顔をして、また前に向き直った。アカデミーは昨日、魔物が入り込むなんてことがあったけど、防衛魔法や結界の強さは王城と双璧をなすと言われている。さらに殺傷性の高い魔法を使うことは選ばれた生徒たち――攻略対象以外使用が出来ないようにされていて、四六時中私を護衛する必要はない。


 でもゲームでは攻略対象たちは皆、スフィアに近づけと命令されていたから、ラングレンは護衛としてスフィアについてまわっていた。


 それの一環なのだろう。私は特に気に留めることなく、リリーの手を握ったりつついたりしながら歩いたのだった。



◇◇◇


 しかし、私の想像と反して、ラングレンは教室に来て早々、やりたい放題だった。


「風紀が乱れます。あまり異性同士で近づかないように」


 エヴァルトに近づこうとすると、ラングレンが厳しい顔で立ちはだかる。


「朝の準備時間をなんだと思っているのですか。授業の準備と予習です」


 じゃあリリーとお話ししたり、同じクラスの子に声をかけようとすれば、またラングレンが立ちはだかってくる。さらに……、


「制服をちゃんと着なさい。みっともない。その鞄につけている装飾は必要ありますか?  なんでそんなものをつけるのか……。そこの生徒、下らぬ話はやめなさい。馬鹿らしい。ここは次期王と聖女が在籍する、学園の見本とならなければいけないクラスなのです。その自覚を持ちなさい」


 ラングレンは、同じクラスの子へも平等に立ちはだかっていた。真面目に、ちゃんとしたいという心が空回りしているのだろう。さっきからずっと教室の中を縦横無尽に注意して回り、黒板の拭き方が足りないだとか、ロッカーへの荷物の入れ方を注意していたりと、大暴れだ。


「なんなのあの男。信じられない。他人のロッカーを開くなんて」

「でもまぁ、王子の護衛ですからね。爆弾とか入ってたら困りますし」

「貴女、さっきまで二十分くらい集中的に注意されてたけど、いいの? 苛立たない?」

「ええ。言われたことは直せばいいのです。ただ言い方が厳しいなとは思いますが……」


 そうリリーと教室の隅で話をしていると、ラングレンは先ほどから本を読んでいるエヴァルトへと向かっていった。そして、彼を冷ややかに見た。


「ふん。いつも女を侍らしてばかりいた貴様が、何の本を読んでいるんだ? ようやく勤勉に目覚めたか」

「絶対許せない!」


 ラングレンにとびかかろうとすると、リリーに慌てて止められた。「なんなのその情緒!?」と彼女は目を丸くしているし、私の声にばっとエヴァルトが振り返って、同じように驚いている。


「今目が馬鹿にしてる感じでした! 絶対許せません! 次は法廷で会いましょう! 徹底抗戦です!」

「落ち着いて! なんで自分が言われたときにそうならないのあなたは! どこから出てるのよその力! どこから来るのよその力は」

「愛の力です!」

「いい加減にしなさい! もう! 大人しくしなさい! 貴女私のお姉ちゃんでしょう!」


 私はその言葉にぴたりと動きを止めた。とうとうリリーがお姉ちゃんと呼んでくれたうれしい。けれどリリーは「止まるの早すぎるでしょう……」と、恐々した目を向けてくる。


「聖女様、貴女は一度、きちんと常識を身に着けるべきだ。教室で騒ぐなんてみっともない」


 ラングレンは、びしっと指を突き付けてきた。確かに教室で騒ぐのはよくない。ちゃんと静かに訴えるべきだった。私は「お騒がせしました」と頭を下げて、深く反省したのだった。もう絶対、悪いことはしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る