第18話 最愛の貴方を諦めたくない
「いい加減に起きなさいよ! 馬鹿スフィア!」
突然響いた大声にハッとする。視界が一気に切り替わり、眼前にはリリーの顔があった。彼女は目に涙をいっぱい浮かべ、私と目が合うと大きくまばたきをして、雫がぽたぽた顔に落ちてきた。
「うわああああリリーが巨大化したああああ!?」
「するわけないじゃない! 大馬鹿! ほんとうに馬鹿!」
肩をドンドンと叩かれ、強すぎるリリーの愛情表現に流石に困惑してしまう。周囲を確認すると、どうやら私は医務室のベッドで横になっているようだった。周りにはリリー、エヴァルト、ラングレン、アンテルム王子、そしてレティクスがいる。
「貴女は随分と自己管理が出来ていないようですね。倒れた原因は栄養失調だそうですよ。実にくだらない昏倒だ」
ラングレンが私を冷ややかな目で見てきた。あれ? ラングレンはツンデレキャラじゃないけど、短期間の間に心配症属性を……?
いつの間にそんなに私に惚れて……? 私が可愛いから……?
「ラングレン、そんなに私のことを心配して……」
「は?」
「安心してください! 私は好き嫌いとかしませんし、アカデミーには食堂もありますから、今日から沢山食べます! もう倒れないですよ!」
「俺は貴女が聖女としての自覚がなく……」
「でも、私はエヴァルトを愛しているので、申し訳ありませんが護衛と聖女の関係でお願いします。貴方の気持ちには応えられません」
「なっ! どうして俺が貴女なんかを――!」
「ふはははははははは! ラングレン、今のは完全にお前の負けだぞ」
アンテルム王子は突然笑い出した。そして、ラングレンの肩をぽんぽん叩く。
「それにしても、お前は随分と聖女に当たりが強いな。まるで俺の母のようだ。どうしたラングレン」
「私は、聖女様が、世界の命運を握る自覚が足りないと言う話をしているのです」
「はっはっは、お前は最初、我にも次期国王だなんて認めない! などと言っていたなぁ。レティクスにも……お前が宰相だと!? 俺は認めないからなっ、だったか。懐かしいことよ。最早恒例の行事だな」
「それは……っ」
ラングレンはアンテルム王子の言葉に顔を赤くする。そして「……俺は、外の警備をしてきますっ」と逃げるように部屋を後にした。
「聖女よ。すまんがラングレンはああいう奴なのだ。ただ、慣れてくればまともになる。それまでは大層扱いづらい。大きい猫かなにかだと思ってくれ。よろしくな」
「はい! よろしくお願いします! そういえば魔物はなぜ出現したかわかりましたか? 魔災ってまだ出てませんよね?」
「ああ。魔災の観測はまだされてない。安心しろ。それにしてもファザーリ姉妹の連携は素晴らしいものであったが……目が覚めたようで良かった。流石に入学式当日に人助けをして昏倒し不参加とは、人を救ったにしても哀れがすぎる」
「おーい、調薬が終わったぞ〜! 特製ジュースの時間だ!」
アンテルム王子が一人でうんうん頷いていると、レティクスがずいっとグラスを差し出してきた。中の液体はリーフグリーンとモーブのグラデーションになっていて、ところどころ小さな流星のような発光が見られる。
「これは……一体……」
「栄養剤だ。ただ悪ぃがちっとばっかし味が悪い……いや、嘘はいけねえぁ……かなり味が悪い。魔女の涙という苦味がきつい薬草に、喧草エキスという世で一番辛い液、常夜羊、一滴で砂糖百杯の甘さの常夜鶏の卵が入ってるんだ。一応毒味役に飲ませたんだが、すごい喚いていた。ただ栄養価は高い」
「ありがとうございます!」
私はグラスを受け取り、軽く匂いを嗅いでみた。でも、匂いは全くしない。
「匂いが無いのですが……?」
「ああ。素材同士が殺し合いをして誰もいなくなったっつうことだ。でもな、味は死んでねぇ。一気に飲んだほうがいいぞ。一口ずつだと倍苦しむ。俺がそうだったからなぁ」
言われたとおり一気に飲む。でも、たしかに苦かったり酸っぱかったり、かと思えば強い甘みを感じるけど、吐くほどではない。私はグラスを空にして、レティクスに向き直った。
「ごちそうさまでした」
「お、意外な反応だな? 水で口直しするか?」
「いえ、特に必要ないですよ。何か元気が出てきた気がします」
「ほ、本当か!?」
私の言葉にアンテルム王子が目を見開いた。「レティクスの調薬は生き地獄の味で拷問にも使われるんだぞ?」と口をアワアワさせている。
「我も魔力切れを起こして倒れる度に飲まされたが……三日三晩、何を食べてもレティクスの栄養剤の味しか感じられず何も食べれんかったんだぞ……? そなたの舌は一体どうなっているんだ? 壊れているのか?」
「うーん……、あんまり比べることは良くないと思うのですが、落ち葉の炒めものや土の汁とか、枝の煮物のほうが味の印象は強いですね……あちらは食べるのに時間がかかったといいますか。こちらは色んな味がはつらつとしている感じはありますが、舌もびりびりしないし……」
リリーが来る前は、部屋を抜け出して調理場の余った食事を探していたけど、見つからなかった時は自分で調達するしかなかった。花を食べたこともあったけど、身体がしびれて動けなくなってからは食べていない。
けれど、周囲は唖然とした様子で私を見た。
「聖女はいつからそんな斬新な食事をしていたんだ?」
「……いつからかは分かりませんが……リリーが来る前までです」
「毎日か?」
「あ、でもずっと木の枝じゃないですよ。週に一度だけ屋敷に来る商人のおじさんがパンをくれたり、焼いた肉を包んで持ってきてくださることもあったので、週に六回くらいです」
「なるほど。その食生活は実に興味深い、レティクス、是非とも研究し、栄養剤の改良に務めるがよい」
「ああ」
レティクスは、アンテルム王子とエヴァルトに目を合わせたあと、頭を下げさっと部屋を後にする。そして王子は伸びをしながら自分も扉へと向かっていった。
「では天才のリリーよ、入学式と精霊の儀式が始まるまで少しある。その間まで聖女をよろしく頼むぞ」
そう言って王子は部屋から出ていった。私がリリーに「一緒に寝る?」と起き上がると、頭を押さえつけられそのまま寝たのだった。
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