第17話 わたしの悪役 SIDEレニ
今までずっと、生きた心地がしなかった。
なにか、骨でも抜かれたような、漠然とした感覚だ。物事全てが一枚の薄い膜を通してみている気持ちで、この感情はなんだろうと調べたけど、どれも症状がぴったりと該当することはなかった。
生きている実感がわかない。何か生きる上で夢や目標があればと思っていたけれど、なりたい職業も見つからず、きっと魔法学校に入れば何かが変わると信じた結果──入学早々化け物に襲われた。
おどろおどろしい化け物に拘束され、死の淵に立たされてもなお、私の心は動かない。けれど、目の前に桃色の髪の少女が現れ、化け物をこぶしの力で倒した時に、私は自分が何者であるか、そしてこの世界がなんであるかを思い出したのだ。
私しか知らない世界の秘密。それは、この世界が乙女ゲームであることだ。
ピンク髪の少女は主人公で、その周りにいる容姿端麗な男たちは、攻略対象。男女の恋愛を見守るゲームで、年齢制限は15歳未満非推奨のややしっとりとした表現があるものだった。
そうして世界の理とともに知ったのは、過去の、レニ・タングスとして生まれる前の私だ。
私は、本当に人にも、能力にも、そして生まれにも恵まれていた。裕福な両親のもとで育ち、優しく甘やかされ、友達もたくさんいた。悩みを相談すれば、かならず心配してくれて、私もちゃんと皆に恩返しができるよう、皆に優しく、大好きな人にはもっと優しくすることを目標に生きてきた。
親切にして、笑ってもらえるのが好きだ。困っている人を見つけたら、悲しい。だから助けてあげたい。勉強も好きだったし、たくさん勉強をして、国や人のためになる仕事に就きたいと思った。将来は女性初の総理大臣になりたい。小学校のころに抱いた夢は、夏休みに行った旅行からキャビンアテンダントになりたいに変わって、色んな人と話がしたいから、翻訳家なんてどうだろう? なんて、ころころ移っていった。
そして大学を卒業し、私はキャビンアテンダントの職に就くことになった。空の長旅を皆が快適になれるよう尽くす。晴れの空を間近に感じられることも好きだったし、出発までの少しの間、色んな国の料理を仲間たちと食べる時間も好きだった。
けれどある時、飛行機は事故に遭った。エンジントラブルに遭い、海へと真っ逆さまに落ちたのだ。以降記憶がないから、私はその時死んだのだと思う。
エンジントラブルは、あってはならないことだ。そのために、何十人という整備士が日々仕事をしっかりと果たし、私たちを旅出たせてくれる。私が好きだった彼は整備士だった。彼が送り出してくれたこの機体に、トラブルなんて起きるはずがない。
そして私は気づいたのだ。どんなに整備していても、物自体に欠陥があれば、意味なんてないということに。世の中に絶対なんてない。今まで生き方に後悔をしたことはなかったけれど、その時初めて私の中に後悔が生まれた。
こんなところで、死にたくない。
けれど、私は死んだのだ。
当時の記憶を思い出した私は、この世界が乙女ゲームであることを知って、強く思ったのだ。乙女ゲームのシナリオを知っていれば、この世界を操作できる。
そして、人間の一生分の幸福を決めるのは、生き方ではなく、死に方だ。どんなに素晴らしく生きたところで、死ぬときに後悔するのでは、意味がない。
だから、私は乙女ゲームのシナリオを使って、完璧な死に方をする。
例えば──最高の悪役となって、この世界のハッピーエンドのために、華々しく散る。ヒロインが最高のハッピーエンドを迎えながら、私は最悪のバッドエンディングを迎える──みたいな。
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