第16話 推しのいる世界は最高なので③
駆けつけた先はまさに混沌としていた。花々に囲まれまるで湖のようになっている水辺の中心、アーチ状の噴水の上には、紫色の瘴気を纏いながら、四メートルはありそうな全身真っ黒の生物が蠢いていた。
頭部は龍のようで、胴体は筋骨隆々の男性に見える。下半身は茨の蔦がタコ足のように蠢き奇妙な浮き沈みを繰り返して、魔術師たちの攻撃を瘴気で無効化していた。とてもこの世のものとは思えない生き物に、周囲の生徒も怯え逃げ惑っている。
「あれは一体……」
「我も見たことのない魔物だ。不思議だ。今まで見てきたものは皆、牛や馬に似て浮遊などしなかったはずだが……? まぁいい。とりあえずこの聖剣アルビレオの切れ味を試してみよう! ラングレン!」
アンテルム王子は魔法陣を展開すると、ラングレンと共に魔物へと向かっていく。
「疾風よ! 我を加速せよ!」
「氷雪! 氷塊の道をしるせ!」
ラングレンの魔法によって氷の道が作られ、魔物への一本道が出来た。アンテルム王子が魔法で加速しながらそこを駆けていき、手をのばすと空から剣が現れ王子の手元へと向かっていった。
あの剣は、魔災消滅に絶対必要な剣だ。所持者はアンテルム王子だけど、他のキャラのルートの場合は継承という形で、そのルートの攻略対象があの剣を振るう。
王子は素早く魔物の足を切りつけていき、襲いかかってくる瘴気すら薙ぎ払っていく。一方ラングレンも魔物の口から発射される火炎から、氷魔法で王子を守り、援護していた。
「そら、魔物よ! 我と出会ったのが運の尽き――なに!?」
アンテルム王子は魔物の振りかぶった腕に器用に飛び乗ると、そのまま頭部目がけて走っていく。そうして剣を振りかぶった瞬間、魔物は近くの生徒を蔦で絡め取り盾にした。王子は剣が生徒に当たらぬよう体勢を崩し、そのまま落下する。
「大地よ! 巨人を顕現せよ」
しかし、落ちる寸前にアンテルム王子の真下から現れたゴーレムによって、王子は見事キャッチされた。ゴーレムを作り出した主――レティクスが、私とリリーの隣に立つ。
「あの魔物、知性を持ってるみてえだな。このままだと攻撃するたびに生徒の死体が増えるぞ」
「魔物って、ただ暴れるだけではなかったの……?」
リリーは怯えた様子だ。確かにゲームでは、魔物は知性がなく登場した瞬間暴れだしていた。そう、まるであの父のように。知性がない。
だからこんな噴水の上に浮かび、悪戯に周囲を怯えさせたり、人を盾にして攻撃を防ぐことなんてしない。
「どうするんだこりゃ……」
「大丈夫です! 私に任せてください!」
でも、とりあえず聖女の私がいる。そして天才のリリーや攻略対象たちがいるのだから、大丈夫だ。
「リリー! 私がとりあえず殴ってくるので、援護お願いします!」
「は?」
「私があの魔物の頭を殴ります。リリーは私の足元に水魔法を使って、いつもの噴水みたいな水でぽんぽん私を跳ね飛ばしてください!」
そう言って、私は魔物目がけて駆け出した。
「いっつも貴女は! 簡単な風に言ってきて!」
彼女は怒鳴ってから、魔法の詠唱を始める。やがて私の進行方向にどんどん魔法陣が展開し始めた。
「やっぱりリリーは天才です!」
「煩いわよ!」
リリーが叫ぶと同時に、私の足元で水流が発射された。そのまま私の身体は浮かび上がり、後押しするようにどんどん水流が発射されていく。手に力を込めると、キラキラとした光に拳が包まれ始めた。
きっとこれで倒せるはず。私はどんどん魔物に近づいて、水流によって跳ね飛ばされていく。
「リリー! お姉ちゃんのいい所っ見ててくださいね!」
私が高く飛び上がった瞬間、魔物が突然現れた炎に包まれ、うめき声を上げる。この炎は――?
「前見なさいよ馬鹿スフィア!」
リリーに注意されてハッとした。そのまま一番大きな水流が足元から発射され、私は勢いをつけ、魔物の眉間のあたりに落ちていく。
「この世界が、平和になりますように!」
私は思い切り魔物に向かって拳を突き出した。手の甲にぶよっとした感触を得た瞬間、ぱんっと魔物は弾けていく。そのまま噴水の中に落ちると焦ったのも束の間、リリーの水魔法によって私はキャッチされた。
「ありがとうリリー! 今日もすごいですね!」
「すごいすごい言い過ぎだわ。恥ずかしい」
「照れちゃってぇ」
「きぃぃ!」
リリーはツンデレのほかに、照れやさん属性も獲得したらしい。顔を真っ赤にして拳を握りしめている。かわいらしい。
「やれ、ご苦労だったな聖女よ。礼を言うぞ」
やがて水魔法が解け、私が噴水のへりのところに着地をすると聖剣を携えた王子が近づいてきた。後ろにはラングレンが控えていて、なぜかこちらを睨んでいる。
「いえいえ、今度一日だけ聖剣貸して頂ければそれでいい……え?」
私は背後に嫌な感じを覚えた。振り返った瞬間、倒したはずの魔物の蔦が暴れだし、先程人質にされていた女子生徒へと向かっていく。
「危ないっ!」
「豪炎よ、焼き尽くせ」
私が彼女へと駆け出した瞬間、蔦は一瞬にして灰になった。この声は、私の未来の旦那さんの――?
「エヴァルトさん!」
火球が飛んできた方向へ顔を向けると、ちょうどエヴァルトがこちらに駆け寄ってきてくれていた。
「スフィア嬢、大丈夫だった?」
「はい。貴方にまた恋をして、ドキドキで心臓が焼けただれた以外は無傷です!」
「うん……?」
エヴァルトは、「怪我はないかな」と、私の腕をとった。かと思えば私の周りの床までくまなく見て、「血も出てない……怪我はなさそうだね」と納得する。
そんなエヴァルトの横顔を見て、ほれぼれとする。しかし何故かその優しそうな横顔が、ぐにゃりと曲がる。なんだかとても瞼が重いし、頭がぐわんぐわんする。
「エヴ……あい、らぶ、ゆ……」
私は立っていられなくて、そのまま瞼を閉じてしまったのだった。
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