第8話 決意と再起
美咲から送られてきた雅也のラインには続きがあった。
『いつも君を見ている。どんな時も、どこにいても』
そのメッセージの下には、美咲の日常を切り取った写真が並んでいた。
コンビニから出てくる姿。駅の改札を通る瞬間。会社のビルに入っていく後ろ姿。
全て、本人が気づかないうちに撮影されたものだ。
美咲からの次のメールには絶望が綴られていた。
『もう限界かも』
『会社にも行けない』
『どこにいても見られてる気がして』
『翔太くん、どうしたらいいの』
画面を見つめたまま、俺は動けなかった。
俺に何ができる?自分だって外に出るのが怖い。コンビニに行くだけで、誰かに見られている気がする。唯一のやりがいだった仕事も失った。もう何のために生きているのかもわからない。
いっそ、誰も俺のことを知らない場所に逃げてしまいたい。
でも——
美咲のメールをもう一度読む。
『翔太くん、どうしたらいいの』
一番大事な人が、俺を頼ってくれている。俺よりもっと怖い思いをしているのに。
ベッドに倒れ込んだまま、天井を見つめる。このまま何もしないで、美咲に何かあったら?
あの小説のように雅也が美咲に酷いことをしてしまうようなことがあったら?
そんなこと、受け入れることもできないし、許すこともできない。
しかし、今のあいつならそれをやってしまう可能性は十分にある。
俺が何とかするしかないじゃないか。
ゆっくりとベッドから体を起こす。そして、椅子に座って考えた。
雅也を一時的でもいい、美咲から興味をそらして何かできる方法はないだろうか。
考えろ、考えろ……
奴が、美咲以上に執着するもの。欲望……
「そうだ!」
スマホを取り出し、連絡先を探す。
『神山裕也』
直近で制作進行をしていたアニメ「星降る夜のメロディア」の監督だ。
神山監督は俺のやる気を気に入ってくれて、仕事の後によく食事に連れて行ってくれた。業界の先輩として、人生の先輩として、いろんな話を聞かせてもらっていた。
震える指でメッセージを打つ。
『神山監督、ご無沙汰しています。藤原です。ちょっとお話があるのですが...』
すぐに返信が来た。
『藤原!大丈夫か?ニュース見たぞ。俺は気にしていない。今日の夜なら時間取れるよ』
目頭が熱くなった。
監督は俺を見放していなかった。
『ありがとうございます。本当に、ありがとうございます』
『バカ、謝るな。いつものファミレスでいいか?』
こんな格好では会うことができない。気持ちも入れ直さなければ。
まず、シャワーを浴びる。久しぶりに髭を剃る。クローゼットから一番まともな服を選ぶ。
そして、近所の定食屋へ。
「カツ丼、大盛りで」
久しぶりのまともな食事。最初は胃が受け付けなかったが、少しずつ噛みしめる。
力が戻ってくる感覚。美咲を助けるために、俺がしっかりしないと。
夜11時。
待ち合わせ場所は、いつものファミレス。アニメ業界の人間は、なぜか深夜のファミレスが好きだ。打ち合わせも、愚痴も、人生相談も、全部ここでやる。
「藤原!」
神山監督が手を挙げた。相変わらずのジーンズにパーカー姿。その表情は、いつも通り穏やかだった。
「久しぶりだな」
温かく迎えてくれた。まるで何事もなかったかのように。
「痩せたか?大変だったな」
席に着くなり、監督が口を開く。
「まさかお前があんなことに巻き込まれるとは」
「すみません、ご心配おかけして」
「謝ることじゃない。で、どうなんだ?俺の知ってるお前の行動じゃないもんな。違うんだろ?本当のところは」
事情を説明した。高校時代のこと、雅也のこと、小説のこと、そして美咲のこと。
監督は黙って聞いていた。時々頷きながら、コーヒーを飲む。
「なるほどな。それで?」
「え?」
「話ってなんだ?愚痴ってわけじゃないんだろう?」
さすが監督だ。俺の意図を見抜いている。
「実は、なんとか神山さんに力になっていただきたいことがありまして...」
深呼吸をして、続ける。
「雅也を...小説を書いてる奴を誘い出したいんです」
監督の眉が上がった。
「ほう?」
「美咲が...雅也いストーキングされていて危険なんです。このままじゃ、取り返しのつかないことになるかもしれない」
「それで、俺に何をしろと?」
俺は覚悟を決めて、口を開いた。
「実は...」
つづく
《次回予告》
「ネット小説家、島田雅也」
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