第二話 同窓会(2)

「みんな久しぶりだね」


 店に入った純恋が微笑んでみんなに手を振った。俺はそんな彼女じっと見つめた。


「高村、高村」


 呆然とした俺を向かいのやつが呼び続けた。俺は彼に顔を向けた。


「あの人、小森だよな? 小森純恋」

「うん・・・多分」


 俺は小声で呟くように答えた。


「マジか。小森はさらに可愛くなったな。高校の時よりもっと可愛いな」

「そう、だね」

「あれ、どころで高村、急に敬語使わないね」

「あ、そうだね」


 俺は苦笑いを浮かべながら適当に返した。向かいのやつと話してる途中にも、俺は純恋から目を離せなかった。


「声かけてみたら?」

「ん?」

「君だって久々に会うだろ。先に声かけてみなよ」

「でも・・・」


 なんて声をかけたらいいのかわからなかった。

 十年ぶりに会うのだから・・・「元気だった」がいいかな。いや、それより「久しぶりだね」がいいかも。でもいきなり話しかけたら困るかな。俺のこと忘れてるかもしれないし。・・・でもどうしても純恋とは話したいんだが。


 やっぱ普通に「おはいよう」がいいかな。


「・・・あっ」


 そんなこと悩んでいる中、純恋と目が合っちゃった。

 どうしよう、とりあえず手を振ってみるか。それとも今は見なかったふりをして、後で話を


「えぇ、夏梅なつめじゃん」


 俺を見た純恋は明るい笑顔を浮かべ、両手を振りながらこっちへ近寄ってきた。


 ちょ、ちょっと、俺、まだ最初の言葉決めかねてるんだけど。


 しかし、純恋は足は止まらなかった。結局、彼女は俺の前に立ち、頭の中が真っ白になった。


「おはいよう、夏梅」

「う、うん。そう、だね」

「あ、今の時間ならこんばんわが良かったかな」

「べ別にどっちでもいいと思う」

「へへ、そうかな」


 純恋はにっこりと笑った。そして向かいの空き椅子を引いた。


「ここ会いてる? 座ってもいい?」

「あ、いっ」

「当たり前だぞ。座って座って」


 俺の言葉を遮って向かいのやつが答えた。純恋は「ありがとう」と短く返事して椅子に座った。そして店員さんに生ビール一つ頼んだ。店員さんが立ち去ると、まるで待っていたかのように向かいのやつはヘラヘラ笑い、小森に話しかけた。


「小森、久々だね。俺のこと覚えてる?」

「えぇと、それが・・・」

「まさか覚えてない? 高村は覚え」

「おい、黒岩、ちょっとこっちきてみな」

「はあ?! なんでだよ。ごめん、ちょっと行ってくるよ」


 向かいのやつが席から立ち上がり、自分を呼んだところに行った。


 っつか、あいつの名前、黒岩だったんだ。


 同窓会が開始された時から、ずっとここに座っていて仕方なく今まで一緒にいたが、一時半が過ぎてやっと名前を知った。


「あ、黒川くんだったね。容姿が変わって全然わからなかった。夏梅はわかってた?」

「いや、全然わからなかった」


 実は今も誰だか思い出せなかった。


「夏梅、やっと二人っきりになったわね」


 純恋がにこりと笑った。

 そういや、黒岩が行ったおかげで、このテーブルには俺と純恋この二人だけが残されていた。


 まずい。なんの話をすればいいんだ、これ。気まずすぎて死にそう。


 高校の時代は親しかったが、合わなかった期間がなんと十年だ。しかも連絡も取れなかったんだから、十年間全く接点がなかったのだ。そのため、今の純恋はどんな人かわからなかった。何が好きか、何の話をすればいいか、丸切りわからなかった。


 俺がそんなことで考え込んでいた中、店員さんが注文した生ビールを持ってきた。純恋は生ビールをゴクっと一口飲み、先に言い出した。


「元気だった?」

「ん? あ、うん。まあ元気だった」

「よかったね。夏梅は全然変わってないね。高校の時と同じだわ」

「そうかな。君もあんまり変わってないよ」


 むしろ高校の時よりもっと可愛くなったと思う。しかしこれを口に出すのは恥ずかしいから、口にしないことにした。


「夏梅は最近何してるの。ゲームとかまだ好きなの?」

「覚えていたんだ」

「そりゃもちろん。夏梅いつも部室でゲームやってたから」

「そう・・・だったっけ」


 言われてみれば、そうだった気がする。学校にゲーム機を持ち込んで部室に隠し、放課後になると部室でこっそりとゲームをやってた記憶があった。


「純恋、君だって部活にいつも本読んでたんじゃん」

「私たち文芸部だったじゃん。文芸部で本を読むのはまさに文芸部らしい活動だよ」


 あ、そういや高校の俺、文芸部だった。最近、思い出に浸る暇がなくてちょっと忘れてた。


 もう十年前のことだった。俺がゲームやってると、純恋は向かいに座って本を読む文学少女だった。毎日読む本が変わるほど、本が好きな少女だった。たまに俺に「この本を読んでみろう」と勧める度に困ってたたが・・・。


 でも、俺はその時間が好きだった。静かでなぜか心が落ち着く、その時間が好きだった。


「文芸部でゲームやってるなんて。しかも後輩たちの前で、堂々として。ゲームやるならなんで文芸部に入ったんだわよ」

「君が頼んでただろ、一年の時。文芸部作りたいから、入ってくれって」

「私、そうだったっけ」


 純恋がよく思い出せない風に言った。


「でも入ってくれたね。夏梅って嫌なことは絶対やらないじゃん」

「まあ君が幽霊部員でもいいって言ってたから」

「ああ言って毎日真面目にきたくせに」

「そりゃ部活でゲームできたから」


 あと、部室にはいつも君がいたから。

 だから、真面目に部活に行ったと思う。もちろん、部活ではゲームばかりやってたけど。


「夏梅はマジで私が部長だったことに感謝してね。他のとこだったら、ゲーム機とかすぐ没収されちゃったわ」

「それは、たまに君も一緒にゲームやってたから、先生に言わなかっただけでしょ。共犯者だったから」

「えぇ、私がそうだったっけ。私、全然覚えてないよ〜」


 純恋は茶目っ気たっぷりの口調で言った。俺はそんな彼女をぼーっと見つめながら口を開いた。


「純恋は昔のままだね。全然変わってない」

「え、酔った? あれさっきも言ってたよ」

「いや、今のは容姿を言ってるんじゃない。性格について言ってるんだ」

「それ、褒め言葉なの?」

「もちろん」


 俺は即答した。あれは嘘じゃなく本気だった。

 最初、純恋と二人で残された時には、どうすればいいか、何を話せばいいか、頭が真っ白だった。でも純恋と話してるうちに、いつの間にか純恋と話すのが楽になった。最初あんなことで悩んでたのがバカらしく感じるほどだった。

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