全力で嘘告に乗ってみたらこうなった。

403μぐらむ

呼び出された!

 長かった夏休みも明けたまだ暑い秋晴れのある日。いつものように丘の上にある学校に登校するとこれまたいつものようにスニーカーを上履きに履き替えるべく下駄箱の扉を開ける。


 するとひらりと中から一通の手紙のようなものが舞い落ちた。


「ん? なんだこれ」


 拾い上げるとそれはなんてことはないありふれた白い封筒で宛名には『小渕寿也おぶちとしやさま』と書かれている。間違いなく俺宛みたいだけど、差出人の名前は封筒には書いていない。


 人の往来のある昇降口で封書を開けて見るのもなんだと思ったのでとりあえずバッグの中にそれをしまって教室に向かうことにする。


 そして、手紙のことなどすっかり忘れてそのまま時間は進み昼休みになった。


「さて、飯でも食おうか」


 そう思いバッグの中から昼飯のパンを出そうとしたとき朝方放り込んだままだった件の手紙がちらりと顔をのぞかせる。


「そういやこれがあったな。なんだろう? 果し状とかだったら嫌だな」


 十中八九匿名の苦情が書かれた手紙だと思うけどね。ちょっと前に友人の広瀬が『あなたの鞄から変な匂いがするので洗うか捨てるかしてください』っていう匿名の抗議文を受け取っていたし。


 パンを齧りながら憂鬱に封筒の封を切る。中の便箋に書かれていたのは案の定――。


「苦情じゃなかった件」


 非常に簡潔に書かれていたのは『今日の放課後、特別教室棟の裏まで来てください』という一文と俺と同じクラスの芦原愛莉紗あしはらありさの名前だった。


 色素の薄いミルクティー色の髪に碧色の瞳が特徴的なクラス一、いや学年一、もしかしたら学校一の美少女と謳われるような女子が芦原愛莉紗だ。ありきたりな言い方だけどむちゃくちゃ可愛い女の子、それが彼女だ。

 しかも天は二物を与えずを翻すように性格はいいしスタイルもいい、当然のように勉強もできる。なんならスポーツだって万能ではないものの得意だというのだから堪ったものではない。

 男女を問わず皆の憧れを具現化したような人物が芦原愛莉紗、その人である。


「その芦原が十把一絡げの俺をお呼び出し? しかも告白の名所である特別教室棟の裏って何の悪戯だよ」


 俺はこの手紙を100パーセント悪戯と判断して丸めてパンの包装といっしょにゴミ箱に捨ててしまった。

 誰が仕組んだのかは知らないけど悪趣味も良いところ。俺も迷惑だけど芦原だって勝手に名前を使われて迷惑なんじゃないかなと思う。


 まっ、俺がここで断ち切ったからこの話は終わりってことでいいよね。さて、残りのパンも食ったら昼寝しないとね。寝不足は午後の授業の大敵だからさ。




 翌日も快晴。秋風が涼しく気持ちいい朝の通学路だった。今日も今日とて昇降口で上履きに履き替える。下駄箱を開けるとひらりと何かが舞い落ちた。


「デジャ・ヴ?」


 拾い上げるとやはり昨日と同じ封筒だった。今日はその場で封を開けてみる。


「なになに? 『昨日はなんで来てくれなかったの? ずっと待っていたんだよ! 今日は絶対に来てよねっ。来てくれなかったら家まで行くからね!』だと……?」


 差出人も昨日と同じ芦原になっている。つっか家まで押しかけてくるとか怖すぎるんですけど。


「ほんと誰なんだよこんな悪戯仕掛けてくるのはよっ」


 若干イラッとはするが、自宅まで来られちゃ堪ったものではないので今日は決着すべく校舎裏まで行くことにする。ほんとめんどくせぇ……。




 今日の授業は7時限まであったのでとっとと帰りたいところなのだがあの手紙のことがあるので仕方無しに一度昇降口から出て校門に向かう皆の流れとは真逆方向に歩いている。


「…………いないじゃん」


 放課後、としか書いていなかったのでSHR終了直後とは限らないけど呼び出した挙げ句に待たせるとは何事だってーの。


 いや待てよ。俺を呼び出すだけの悪戯ならこれでコンプリートなんだから以降はもうこんなことはなくなるんじゃないだろうか。

 あれ? もしかして俺って虐められてたりするのか。そんなことはないよな。地味系統の男子かもだけど普通に友だちもいるし、ハブられたりしていないもんな。大丈夫だよな?


 隅っこにあったベンチに座りながらアレヤコレヤと考えていたらいくらか時間が過ぎたようだった。さて、ほんとうに誰も来ないようだし帰るかな、そう思い腰を上げた。その時。


「待たしちゃってごめんなさいっ」


 声がした方を向いてみるとそこにはここまで走ってきたのか肩で息する女の子、芦原愛莉紗本人がいた。


「アユとみーちゃんとの作戦会gじゃなくて、話が長引いちゃって……ほんとごめんなさい」


「いや別に俺は暇だったからいいんだけど。……まさかのご本人が登場とはね、驚いた」


「え? なんのこと」


「いやいや、こっちの話だから気にしないでくれ。そんで、早速だけど要件は何なんだ?」


 ただの呼び出すだけの悪戯だと思っていたけど本人が来たことで別のことを確信した。これは世の噂に聞く嘘告ってやつだ。

 いつも芦原とつるんでいる三笠歩夢と佐藤美知留辺りと何らかのゲームをして芦原が負けた結果罰ゲームとして嘘告をやらされている、と俺は一瞬で推測した。もう見た目小学生な何某もびっくり、我ながら冴えているとしか言いようがないな。


 俺の催促の言葉に芦原はピタリと身体を止め硬直したようにカクカクとした動きをするようになる。いきなりどうした? いにしえのロボットダンスでも始めるのか。


「あ、あ、あ、あの……」


「うん?」


「わ、わたしね…………………小渕くんのことが…………えと…………すっ、すっ、すっ――」


「すっすっすー?」


「好きです! わたしとおつきあいしてくだっさい」


 獺祭? それはうちの親父が大事に飲んでる酒じゃないのか。というか、俺のこと好きって?

 それが事実であるならば天にも登るような嬉しさでこんな俺でさえも狂喜乱舞しそうだけど、これってどうせ嘘告でしょ? わかってるし。


 だったら無理だよねー。それにさ、作戦会議とか口走ってた気がするし、さっきから向こうの方で三笠と佐藤がチラチラこっちを覗いているのが見えてんだよね。もうバレバレ。詰めが甘すぎるってーの。


 それにしても純情なモブ少年の純粋な気持ちを弄ぶなんてなんて酷いことをするものだ。


 とは言ってもここまで緊張して告白ってやつをやらされている芦原のことも少しくらいは考慮してやんないといけないと俺も思うわけだよ。

 嘘告という行為自体は許されないことだけど、芦原が無理に告白をさせられているのはこのガチガチっぷりをみても間違いないだろう。

 ならば俺の取る手段は一つ。嘘を嘘と理解しつつ芦原の申し出を受け、機会を伺っては黒幕であろう三笠と佐藤をとっちめる。これがベストと言わずもベターであろうことは紛れもない事実。


 俺を侮ると痛い目を見るぜっ!


 ということで。


「お、俺も芦原さんのこと好きでした。お付き合いお願いしますっ」


 俺が右手を差し出すと芦原は両の手でそれを包み込むように握る。そして心底ホッとしたような表情を浮かべた。


(まあ任務完遂ってことで安心したんだろうな)


 この瞬間『ばーかばーかっ! こんなの嘘告ドッキリだよ、何マジになってんだ。小渕ったらおかしいのーぷぷぷぷぷっ』くらいは言われるかと思って構えていたのだが、あっちの二人は何もしてこない。


 これはもしかしたら長期戦だったりするのか? 一週間から一ヶ月ほど嘘告からの嘘恋人を演じて長期にわたって俺を小馬鹿にし続けるって魂胆なのかもしれない。そういうあくどいやり方もネットに書いてあったし。

 まったく、なんて恐ろしいことをする奴らなんだ……。恐怖からか背中に嫌な汗が流れていくのを感じるぜ。


 まさかとは思うが実は芦原が虐められているなんてことはないだろうな。三笠たちとは普段から仲良さそうだから大丈夫だとは思うが……。女同士のいざこざはおっかないんだよってうちの姉ちゃんも言っていたし用心に越したことはないよな。


 それにしても長期間に渡る嘘の強要を求められる罰ゲームを考えつくなんて女子の怖さの一端を見たようで震えが止まらない。


「ありがとう。あの、寿也くんって呼んでもいい?」

「も、もちろんだよ。呼び捨てでもトシちゃんでも何でもいいぞ」


「やった。じゃあ、わたしのことは愛莉紗って呼んでね」

「おっけーわかったよ、愛莉紗」


 あくまでもなんてことない風を装っているけれど、いきなりの名前呼びはだいぶ恥ずかしい。平静を装っているが変な汗をかいているし、顔も身体もやたらと熱い。


「あのね。今日、一緒に帰ってくれる?」

「もち! 愛莉紗といっしょに帰る以外の選択肢は俺にはないよ」


 コテンと首を傾げながら聞いてくる愛莉紗はやっぱ可愛すぎてもう嘘でもまやかしでも彼女と恋人同士になれたことを一瞬三笠と佐藤に感謝してしまいそうになる。




 翌日からは愛莉紗といっしょに登校することになった。学校までの道のりも二人で並んで歩くことになるのでやたらと周りからの視線が気になる。昨日は殆どのやつが下校した後だったので気にならなかったが、今朝はなにしろ登校時間のど真ん中だし。


 これも想定内と言えば想定内なんだが、不快なものは不快だと言える。まさかこの不快さ加減さえも三笠たちの目論見の内とかはないよな。


 隠すつもりがないのか、若しくは隠すこと自体を禁じられているのか俺と愛莉紗は教室までずっと一緒に隣を歩いていた。

 教室に入るとき一瞬教室内がザワッとなった気がするが、あまり気にしすぎると三笠たちの思うツボな気がするので努めて冷静に対処しようと思う。


「じゃ、また後でな」

「うん」


 一旦それぞれの席に向かうことにする。俺の席は窓際の一番うしろ。一方の愛莉紗の席は中央寄りの前から2番目の席なのでそれなりに離れている。

 後ろから見ていると早速三笠と佐藤が近づいていき、あっという間に愛莉紗を拉致してどこかに連れ去っていった。


「何か愛莉紗に不手際でもあったんだろうか。なのに三笠はなんだかニヤニヤしてやがったよな。おっかねー」


 暫くして3人は戻ってきたが、愛莉紗の顔はうつむき加減かつ顔が真っ赤だった。一体どのような責め苦をあの二人に与えられたのだろう。嘘告からの偽彼女だけど『俺の彼女に何しやがる』って気持ちがふつふつ湧いてくるから不思議なもんだよ。


 俺が騙されるのは100歩も譲らなくても構わないが、愛莉紗が不当に扱われるのは絶対に許されない。


「(ウソでもなんでも構わない。をやっている間だけは俺が愛莉紗の全面的な味方になろう)」


 決めた。俺も男だ。あえて愛莉紗には騙されよう。三笠たちの魔手から彼女を助け出し、自由にしてあげるのが俺の務めだ。




 更に翌日は愛莉紗が駅から学校まで手を繋いで行こうと言ってきた。これが奴らの司令なのは確実だろう。愛莉紗は思いの外照れ屋さんみたいなので人前で手を繋ごうなんて言ってくる訳ないと俺は推察している。

 ならばどうするか? 奴らの指示に従うのは業腹だが、拒否することで愛莉紗が困るのであれば俺とすれば完全に不本意である。


「じゃ、つなごうか。どうせなら恋人繋ぎってやつで」

「……うん!」


 どうだ! 三笠に佐藤。お前らの一歩も二歩も先を俺達は進んでやるぜ。オレはやるぜ。お前たちには負けない!


 周囲の男どもからの嫉妬の視線も痛くて思わず蹲りそうだけど、俺は戦っているのだからこれしきことではへこたれないぜ。俺は愛莉紗のためなら勇者だろうと戦士だろうと何にでもなってやろうじゃないか。




 そうこうしている間に日々は過ぎていく。その間、ふたりきりで水族館にデートなるものにも行ってみた。嘘の恋人同士だとしても存外に楽しかったので、特に不満はない。


 そして相変わらず登下校は愛莉紗とふたりだ。流石に一ヶ月もすると周りからの視線には慣れるし、そもそも目を向けてくる奴らも殆どいなくなっていた。

 この嘘恋人関係はとうとう周囲の人達までもすっかり騙してしまっているという事実に戦慄さえ覚える。三笠たちの策略に恐怖を感じない日がない。


 教室に入ると三笠たちはいつも愛莉紗を拉致っていって、戻ってくる際には彼女は真っ赤な顔をしているのでとても心配だ。



 その日の放課後思い切って愛莉紗に尋ねてみた。


「愛莉紗、心配事とか若しくは、ああしたいこうしたいみたいな希望とかないか? 俺にできることなら何でも言ってくれ」


 もしかしたら『助けて』の一言が言えないだけかもしれないなんて考えたんだ。表面上仲が良さそうでも愛莉紗が三笠たちに虐げられていたとしたら俺がどんなことをしてでも助けてやりたい。


「心配事……。なくは、ないよ。したいこともあるけど……わたしから言うのはちょっと恥ずかしいし」


「っ!! やっぱりあるんだ……」


 愛莉紗がぼそっと呟いた。やはり、心配事があるじゃないか! くっそ、三笠と佐藤め。許せん。


「あのね、だって……寿也くん。今日でお付き合いして一ヶ月の記念日じゃない? それなのに寿也くんって手を繋いでくれているだけなんだもん」


「そうか、もう一月だよな……んん? 心配事ってもしかして俺に関することなのか? 三笠とか佐藤のことじゃ……」


「アユとみーちゃん? 二人には相談に乗ってもらったけど、心配事自体は寿也くんのことだよ。もう聞かれちゃったし、ほんとうに恥ずかしいけど正直に言うよ」


「お、おう?」


 近くの児童公園に連れ込まれ、隅に設置されたベンチに座らせられる。


「あああ、あのね……」

「う、うん」


「寿也くんがわたしのことを大事にしてくれているのはよく分かるの」

「ああ、そのとおりだよ」


「だけどね」

「はい」


「手を繋いだだけで、その先のことをぜんぜん求められないのってすごく不安だし心配になるの」


 今までに見たこともないような真剣な表情で俺の眼をまっすぐに見つめたまま愛莉紗に不安を告白された。


「え、でも……」


「でもじゃないの。わたしはもっと寿也くんとくっつきたいしイチャイチャもしたい。き、キスだって……したいもん」


「は、へ? き、キス!?」


 いやいやいやいや! 嘘告からの嘘恋人の関係なのにキスとかだめだろう。そこまで行ったらいたずらとか冗談の範疇から逸脱してしまう。

 それ故に越えちゃいけない一線は越えないようにしていたのに……。


「それとももう寿也くんはわたしのこと好きじゃないの?」


「しょ、正直に言うと……」


「えっ!?」


 すごく不安そうな表情を見せるが、もう俺からも言うべきことは言わないといけない。


「むちゃくちゃ好きです。もう嘘告とかどうでもいいくらいに愛莉紗のことが好きになっちゃいました」


 もう我慢できなかった。この一月愛莉紗過ごした時間はかけがいなくとても充実した大切な時間だった。当初は嘘にわざと引っかかり三笠たちの鼻を明かしてやろうなんて考えていたけど、愛莉紗に接すれば接するほど彼女に惹かれてしまう自分がいた。


「へっ、えへへ、へへ、嬉しいなぁ。そんなに好きなんだぁ。……ところで、嘘告って何のことなの?」


「え?」

「え?」


「だって、愛莉紗が俺に告白してきたのって――――」


 最初に告白された時に俺がどう思ったのかを事細かに愛莉紗に説明した。嘘告されてどう行動しようかと思ったことまで包み隠さず。最初は神妙に彼女も頷いていたけど、途中から首を傾げはじめ最終的には俺は頬を抓られていた。


「わたしが寿也くんにそんなことするわけないでしょ!」

「ふわぁい。せょうれすね」


 両頬をムギュッとつままれていたので変な喋り方になるのは仕方ないのだが、ただいま絶賛愛莉紗に叱られ中です。


「わたしは、アユたちに相談は何度もしたけど強要とかはされてないから。初めての彼氏だから、どうすればいいのかアドバイスもらっただけ。だた、ちょっと……過激なのが多くて困ったけど」


「そうなのか、ごめん。俺なんかが愛莉紗に好かれるなんて思ってもみなかったから絶対に嘘とか罰ゲームのたぐいだとばかり思ってしまったんだ。ほんとごめん……」


「でも本当の告白だったら寿也くんは嬉しかったんだよね?」


「そりゃもちろん。さっきも言ったけど狂喜乱舞は最低でもしていたと思う。でも実際は疑っちゃったわけだし、なんか最低だよな、俺」


 決めつけて、思い込みで嘘を疑うなんて人としてもだめだと思う。愛莉紗のことを想っての行動は取ってきたつもりだけど根本のところが間違っていたら全部台無しでしかない。


 こんなやつが愛莉紗の隣になんて絶対にふさわしくない。


「はぁ……そうなんだぁ」


「せっかくの一ヶ月の記念日なのに。俺が全部悪かった。だから今日で全部終わりに――――」


「もうっ」

「ん! んんんんっ」


 ノーモーションで唇を愛莉紗に奪われた。めっちゃ柔らかい。なにこれ、気持ちよさすぎなんですけどっ!


「終わりになんてしないよ? 確かに寿也くんに勘違いされていたのはショックだけど、キミのこと好きって気持ちは変わりはないからね」


「うん、ありがと」


 曰く、俺は誰にでも優しいし、責任感はあるし、人が嫌がるようなことも率先してやることなどは尊敬できるそうだ。他にもいろいろと褒められたけど途中から恥ずかしくて聞いていられなかった。

 要するに愛莉紗にとって俺は好きになるに値するいい男だってことらしい。


 うれし恥ずかし。でも誇らしくもある。


「これからも俺といっしょにいてくれるかい?」

「もちろんだよ!」


 日が暮れていく公園のベンチで影が再び重なった。

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