第2話

「夏みかん」


キャップを前後ろ逆に被った少年は展望台の上からそう言った。


「え?」


突然何を言い出したのかと下にいる私は目を丸くする。


「だから、今日からお前のコードネームは夏みかんだからな」


この少年、海野くんとは小学校3年生のクラス替えの時に出会った。

友達になったきっかけは席が隣になった時の苗字が奈津野と海野で”の”が一緒だねという些細な会話だったが、そこから徐々に仲良くなって5年生になってからもたまに遊んでいた。


夏休み初日に遊ぶ約束をしてこうしていつもの公園に集まったのだが、急にコードネームつまりはあだ名をつけられて困惑した。


「なんであだ名とかつけるの?」

「コードネームだ!だって名前を隠してコードネームで呼ぶのってカッコいいじゃんか。お前奈津野美果って名前だし夏みかんじゃねって思ってさ」


最近流行っている怪盗のアニメの影響だろう。そのアニメで仲間はみんなコードネームで呼び合うらしく、クラスで男子を中心にあだ名の付け合いが流行っていて少しだけ問題になっていた。


私は特にそのアニメに興味がなかったので、かっこいいとか夏みかんなんて安直すぎるとかいう気持ちよりあだ名をつけられたことにより先生に注意されるんじゃないかと内心不安になった。

視線が下に落ちて被っている麦わら帽子の影が濃くなる。


それに気がついた海野くんは慌てながら階段を駆け降りた様だった。足音がだんだんこちらに近づいてくるのが聞こえる。


「大丈夫だって、絶対に誰にも言わないし……そうだ!お前と遊んでる時だけにしか呼ばないよ。二人だけの秘密だ!約束する」


顔を上げると息を切らしながら小指を突き出している海野くんがいた。目を見ると赤みがかった瞳が太陽の光を反射して輝いているのが見える。


今思えば全く大したことはない話だが、当時の私からしてみればまるで結婚の約束をしてくれたかのような決意のこもったその宣言に胸が高鳴った。

真っ赤になった顔を隠すように再び下を向くと、頷いたように見えたのか「よかったー」と聞こえてきた。


頷いたわけじゃないと訂正しようかともおもったが、夏みかんというあだ名も案外可愛くないわけではないし、好きな子と2人だけの秘密ができたこと内心ドキドキしていた。


「では夏みかん、駄菓子屋にお菓子を頂戴しに行くとしようか」

と、歩き出そうとする海野くんを「待って」と呼び止める。


「海野くんにもあだ名つけてあげる」

「コードネームだよ」

あだ名とは訳が違うんだよなと説明し出したが無視して考える。


「えっと、海野言うみの ごんだから海に関係あるものがいいな。海、ごん……あっサンゴとかいいかも。逆から読むとごんって入ってるし、サンゴって赤いし海野くんの目も赤っぽいから。よし、サンゴくんにしよう」


「えー、サンゴとか。もっとかっこいいのないのかよ」


小さい声でぶつぶつ言っていたのだが、聞こえていたらしく海野くんは抗議の声をあげた。

海でもサメとかシャチとかかっこいいのいるじゃんと不満そうに言うので少しムッとして

「真剣に考えたのに」

そう拗ねたように呟くと、まずいと思ったのか「じゃあサンゴでいいよ」と仕方ないなという顔をしながら折れてくれた。


海野くんはお母さんから女の子には優しくしなさいとよくよく教えられていたので、私を含め他の女子にも優しかった。

そのため、こうやって意見の衝突が起こり女子の機嫌が悪くなりそうな時はすぐに自分が折れて女子の意見を優先したりする(男子に対してはそんなことないのだが)。


私は女子の機嫌をとる言動が唯一海野くんの嫌いなところだった。

そうする事で海野くんが好きな女子が増えていくからだ。

まあ、私もこうして不機嫌になっては優しくしてもらっているので人のことを言えないのだが。


「やった。じゃあサンゴくん行こっ」

そうしてかけ出した私の後にやれやれといった感じで海野くんことサンゴくんが追いかけてくる。


「あ、あとさっきこれやってなかったよね」

「そう言えばそうじゃん」


小指を繋いで約束する。


「ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった」

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