day22「描いて、描いて、足掻いて」

「……描けない」



 フェリスが寝静まった深夜。真っ白なスケッチブックを前に、柊はぽつりと呟いた。


 ──数ヶ月前に絵を描き始めてから、柊はほぼ毎日絵の練習をしていた。スケッチブックの冊数は、もう二桁目に突入していた。



「……はぁ」



 柊はテーブルに突っ伏しながら、開いたスケッチブックを横目で眺める。そこには、デフォルメが効いた女体が固い動きで何体も描かれていた。

 その画力はさながら、一ヶ月前の方が上手く描けているのではないかと思うくらいだった。



(これが、スランプ……?)



 柊は再起して、もう一体女体を描いた。しかし、上手く描ける訳もなく……この日は諦めて床に就いたのだった。





「柊ちゃん、何か悩んでる……?」



 休日。いつも通り二人で朝食を取っていると、フェリスが柊にそう尋ねた。


 フェリスに心配をかけたくないため、毎度のように「何も悩んでない」と切り捨てようとした柊。

 しかしフェリスにはなぜか毎回悩んでいることを見抜かれてしまうため、それが無駄だったことを思い出して、柊は小さく口を開く。



「……絵が、スランプかもしれない」

「スランプ? ……あー、上手くいかなくなっちゃう〜ってやつ?」

「そう」

「うーん……わたしと一緒にお絵描きしてみたら何とかならないかなぁ?」

「……どうだろう」



 柊は思案した。確かに、普段──フェリスが寝静まった深夜に、一人で──と違う環境──昼間、フェリスと一緒に──で絵を描いてみるというのは悪くない案かもしれない。



「……やってみようかな」

「わーい! 久しぶりのお絵描きだ〜!」



 こうして柊とフェリスは、一緒に絵を描くことになったのだった。





「……これは」

「わたしと柊ちゃんとお姉ちゃん!」



 フェリスの手元に広げられたスケッチブックには、フェリスと柊と四葉が手を繋いで笑っている絵が描かれていた。子供にしては上手い絵だな、と柊は率直に思った。


 フェリスに感化された柊は鉛筆を握り、何も考えずにフェリスを描いてみた。10分後には、スケッチブックの中で笑うフェリスが現れた。



「この絵、わたし!?」



 ぐいっと身を乗り出して、フェリスが嬉しそうに言った。



「まぁ、うん。……下手だけど」

「そんなことないよ! 上手だよ……!」



 フェリスは瞳を輝かせて、柊が描いた自分自身を見つめた。




 その間に柊は、次のページに鉛筆を走らせる。少しずつ絵の固さが抜け、伸びやかで自然な絵になっていく。それを繰り返しているうちに、柊ははたと思う。



(なんだか……絵を描くのが、楽しいかもしれない)



 その感情はスランプを抜けつつあるから感じたものなのか、隣でフェリスが自分が描いた絵を喜んでくれるからなのか──。

 それは定かではないが、とにかく柊は内心で胸を撫で下ろしたのだった。



(……もう一生、絵を描けなくなったらどうしようかと思った)




 ふと、柊の手によって夜空に咲く花火の絵が描かれた。暗い森の中から花火を見上げている視点で、程良く明暗のコントラストが効いている。


 

「これ、絵本で見た! そうそう、前に柊ちゃんと海で一緒にやった小さい花火だけじゃなくて、大きい花火もあるんだよね……!」



 フェリスは柊が描いた花火の絵を眺めながら、何かを考えている様子だった。そしてぱっと顔を上げ、言った。



「花火、見に行きたいな! 柊ちゃんと──お姉ちゃんと一緒に!」

(……言うと思った)




 柊は黙ってスマホを取り出し、検索窓に『花火大会 近く』と打ち込んだ。すると、ちょうど来週の土日に近所で花火大会と夏祭りが行われることが分かった。


 その旨をフェリスに伝えると、フェリスは案の定さらに瞳を輝かせて言った。



「この花火大会、みんなで行きたい! ……柊ちゃん、いいかな?」

「うん。いいよ」

「やったー!!」



 猫耳をぴこぴことさせて喜ぶフェリスを見て、柊は思わず小さく笑みをこぼした。そして、柊は四葉に久しぶりに自ら連絡を取るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

隔日 20:00 予定は変更される可能性があります

イマジナリーフェリス 桜宮余花 @sakuramiya_yoca

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画