第21話

 後日、アクマリーゼは独房で目を覚まします。

 酷くお腹が空きますが、無理もありません、ここ二日まるで食べていないのです。

 一般囚人なら食堂に集めさせられるのですが、ヤリスギーはアクマリーゼが囚人と接触するのを警戒して、特別エリアを設けました。

 これが実に厄介です、手近には署長室と、階段があるだけ。

 脱走しようとすれば、必ず職員室を通らなければならない。

 階段はご存知拷問部屋、あまり考えたくはありませんね。


 「身体は……動く、わね」


 なんとか軋みながらも、身体は動いてくれます。


 「アクマリーゼ様、食事を運んできました」

 「ありがとう、カイン」


 鉄格子の向こう、食事をトレーに載せて運んできたのはカインの方でした。

 彼は小さな窓から、トレーを監禁部屋に置きます。

 アクマリーゼは受け取ると、食事を頂きました。


 「あの、アベルから聞きました、でもがなんの役に?」


 それ、とはアクマリーゼがスープの入ったお椀を持ち上げると、その裏にザラザラとした紙が張り付いていました。

 紙ヤスリです、木工用に用いられるので作業部屋に余るほどある物ですが。


 「クスクス、万が一、ですわ」


 そう言って食事を進めました。

 味は美味しくはありません、アクマリーゼの口には特に合わないでしょう。

 これが今の自分だと、理解らせるためです。

 アクマリーゼはそれでも体力をいち早く回復させるため、口へと運びました。

 完食したあと、彼女の前に署長が現れます。


 「被告アクマリーゼ、この後法廷に出廷するように!」

 「ついに、ですか」

 「それでは」


 署長は頭を下げると戻っていきます。

 アクマリーゼもまた頭を下げました。


 (警察にはコネを多く作りましたけれど、はてさて、わたくしに配られたカードで、なにが出来るかしら?)


 政治とは化かし合いです。

 持ちうるカードを出し合って、いかに相手を嵌めるか。

 少なくともアクマリーゼは嵌められました。

 相手は古狸の妖怪じじい、いかに天才といえど骨が折れましたね。


 それから一時間後、迎えが来ますと、アクマリーゼは裁判所へと出廷しました。




 「皆さん、これはこの国根幹にさえ関わる重大な裁判となります! どうかご静粛にお聞きください!」


 法廷には、貴族たちが集まり観衆となります。

 被告アクマリーゼは、ヤリスギーを見て、目を瞑りました。


 「被告アクマリーゼ・コワイ・ヤバイは、その身分にありながら、カンチガイ王国と結託し、戦争を起こし、あまつさえ聖グノシス教会に放火し、罪のない修道士たちを焼き殺したのです!」


 ザワザワ、当然観衆は湧き立ちます。

 早速「死刑だ、死刑!」などという物騒な声も聞こえます、ヤリスギーは実に良い笑顔です。

 裁判長は静粛を求めます。


 「被告アクマリーゼは、なにか言いたいことはありますかな?」


 裁判長の言葉に、アクマリーゼに視線が集中します。


 「無実ですわ、それだけです」

 「では、裁判を開始する」

 「ではまず証人をここに」


 裁判が始まると、まず一人の薄幸そうな男が、証人台に立ちました。

 アクマリーゼはその男を見て、素性を一発で引っ張り出します。


 「ヤリスギーの秘書、ヌーケアですか」


 ヌーケアを知る者は少ない。

 おそらく、最初からやりたい放題でしょう、アクマリーゼから重たい溜息ためいきも出ますね。


 「ええと、私は見たんです、燃え盛る教会の裏手から、出てくるアクマリーゼを!」

 「むぅ、もし本当ならそれは許されざる行為ですが」

 (ふふ、裁判長の視線も良いわね)


 実際やっているので、悪びれません。

 とはいえ、目撃は嘘でしょう。

 第一それはアクマリーゼの狙いではないのですから。

 アクマリーゼの狙いは教皇暗殺、そのついでに悪魔の巣窟を焼き払っただけです。


 「君は他になにか見たのだろうか?」

 「は、はい、アクマリーゼは次はカンチガイ王国ね、と悪魔のように呟いたのです」


 証人の言葉に、観衆は「悪魔だ」とアクマリーゼを見ます。

 その悪魔さえ、平伏させる女ですけどね。


 (この裁判、分かっていましたけれど、やはりお遊戯ですわね)


 ヤリスギー主演のお遊戯、この裁判に勝ち目はありません。

 反論はいくらでも出来るけれど、こちらには証拠がない。

 向こうはいくらでも証言をでっち上げられる。


 「「「有罪! 有罪! 有罪!」」」


 観衆の声は有罪で染まります。

 アクマリーゼは改善の一手を……持ちませんでした。

 裁判長は首をふると、手に持った木槌でテーブルを叩きます。


 「静粛に! ヤリスギー氏、これは誠なのか!」

 「全て事実! 裁判長、アクマリーゼは悪魔崇拝者でもあるのです!」


 違います、悪魔がアクマリーゼを崇拝するのです。

 この場にサフィーがいれば、間違いなく斬りかかったでしょうね。

 残念ながら三姉妹は裁判所には入れませんが。


 「被告アクマリーゼはこのことを」

 「裁判長! 被告に聞いたところで、裁判を引き伸ばすだけです!」


 発言の自由まで奪ってきます。

 ヤリスギーもテンションが上がっていますね。

 アクマリーゼは元から発言するつもりもありませんが。


 「有罪、ね」


 ただ彼女はその結果を受け入れます。

 ですが……。


 「ちょーと待ったー☆」


 当然緑髪の少女が法廷に飛び込んで来ました。


 「え、エメット?」

 「な、なんだ貴様は! 裁判中だぞ!」

 「証拠! 証拠を持ってきたの! 裁判長、まだ判決出すのは早いよね!?」

 「裁判長、もう充分です、有罪を!」


 裁判長は沈思黙考します。

 ヤリスギーとエメットを交互に見て。


 「正直言えば、被告は疑わしい、しかし被疑だけで、罰すのは間違いでしょう。そこのあなた、直ぐに証拠の提出を!」

 「やたっ☆ 間に合ったーっ!」


 エメットはここまでなにをしていたのでしょう?

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