第17話

 その日、宮殿から一人の被疑者が更迭されて行きます。

 混乱を避けるためか被疑者には頭から布を被され、その手は魔法封じルーンが刻まれた腕輪で拘束されていました。


 「おい突然なんだ……あれは一体」

 「謁見の間に兵士が入っていくのを見ましたわ!」


 被疑者はチラチラとフードに隠れたまま周囲の反応を探ります。

 このまま拘置所に送られるのでしょうか。

 ですが、でっぷりしたお腹の男が、駆け寄ってきます。


 「これはなにかの間違えだー! 娘は連れていかせんぞー!」

 「これはこれはアモン公爵」


 憤慨するアモン公爵を、皮肉げに笑うヤリスギー公爵、まさにしたりですね。

 顔面っかにして、まるでオークみたいな顔で、アモンはヤリスギーに指を指しました。


 「アクマリーゼを離せ! 離さぬかー!」

 「……お父様、今は抑えてくださいまし」


 フードで顔を隠した女性、アクマリーゼは父の狼狽を諌めます。

 ここで父が喚けば、周囲の心象はより悪化します。


 「っ、だがしかしアクマリーゼよ、何故連れていかれねばならぬ?」

 「現在このご令嬢は警察の管轄となります、いかに軍部といえど、法律は遵守していただきたいな」


 警察と軍、同じ皇王に忠誠を誓う武装組織ですが、それぞれ簡単には権力を行使できないように、法律はできています。

 特に内部摘発を行うこの部署は、とりわけ強力な権利があるのです。


 「面会は後日願います、ほら行くぞ!」

 「アクマリーゼ! アクマリーゼ!」

 「……ッ、お父様、耐えてくださいまし」




 アクマリーゼは宮殿の外に出ると、そのまま拘置所へと身柄を移されます。

 寒く暗い独房に放られると、彼女は天井を見上げました。


 「……本当にやってくれますわ」


 まさか帰っていきなり、偽りの嫌疑で拘束とは、アクマリーゼも想像さえしていません。

 嫌な予感はしても、それは切り抜けられる範囲と高を括ったのが、ミスでした。

 アクマリーゼに掛けられた嫌疑、すなわち国家転覆罪。

 カンチガイ王国と共謀し、戦争をでっち上げた……よくもまぁこんな稚気地味た妄想が出てきたものです。

 全てはアクマリーゼの華々しい活躍に危機感を怯えた敵対貴族の犯行でした。

 ダメダ家は、ヤリスギー氏は特に父を敵対視している。

 もしかすればアクマリーゼの婚約破棄も、裏でダメダ家が操作していたのかも。


 「馬鹿らしい、そこまで愚かでもないでしょう」


 彼女は兎に角疲れた身体を横にします。

 やっとゆっくり眠れるのです、心臓に毛の生えたアクマリーゼならでは、彼女はかまわず眠りに付きました。




 主がいつまで立っても帰らない別邸では、三人の使用人も落ち着かない様子です。


 「アクマリーゼ様、まさか宮殿でなにかあったんじゃ」

 「なにかじゃ済まされないかも▽▽▽」

 「ん?」

 「ちょっと魔法で宮殿をのぞいたんだけどさ☆ なんかアクマリーゼ様拘束されたっぽいー▽▽▽」


 瞬間、サフィーが飛びだそうとしますが、ルビアが馬鹿力で止めます。


 「離しなさいルビア! 今すぐに宮殿に行かなくては!」

 「落ち着きなよサフィー! 私ら使用人は入れないって▽▽▽」

 「んー」


 サフィーは居ても立っても居られません。

 ただ錯乱するように震え、アクマリーゼ様に焦がれます。


 「あぁ許さない許さない許さない! アクマリーゼ様に仇なす者は皆八つ裂きにしてやる!」

 「んー、ん!」


 ルビアは狂乱状態のサフィーをエメットに任せると、アクマリーゼの私室へと向かいます。

 アクマリーゼの私室は変に着飾らず、調度品は最小限でした。

 タンスに机があるだけ、貴族の部屋とは思えませんね。

 ルビアはというと、普段アクマリーゼが書類仕事をする机に向かいました。

 机の引き出しを開くと、中には書類がギッシリ、その中から彼女は目当ての書類を発見します。


 「ん」


 すぐに彼女はエメットとサフィーの前に戻ります。


 「ん!」

 「これは……あ」

 「養子縁組の証明書」


 もう随分前のことです、アクマリーゼは戯れに、サフィーら三人と養子縁組契約をしていたのです。

 まだ幼かったからか、三人は訳も分からず汚い字で自分の名前が記載された書類を手に取ります。


 「アクマリーゼ・ヤバイ・コワイの娘として、ここに証明します……」


 サフィーの本当の名前はサフィー・ヤバイ・コワイ。

 つまりアクマリーゼの娘にして、アモンの孫となっているのです。

 勿論これは公にはしていませんし、サフィーたちでさえ、すっかり忘れていたのです。

 アクマリーゼと三人の仲は、もとより家族のように睦まじく、何度か間違えてママと呼んでしまったこともありました。

 思えば、本当にママだったから、アクマリーゼ様はサフィーを叱らなかったのですね。


 「えっ☆ これがあれば宮殿に入れるかも?」

 「ん!」


 ルビアにしては良い考えでしょう。

 公爵家の息女ならば、無下にはできません。

 ただ、それにはいくつか問題もありました。


 「うう☆ でも紙切れ一枚で証明なんて出来るの?」

 「んー?」

 「それに娘だなんて恐れ多い、サフィーは家畜で充分です」


 そう言って頬を赤くするサフィーに、エメットは三白眼を向けました。


 「それアクマリーゼ様には厳禁ね?」


 サフィーの自分をとことんまで卑下にする癖、治すべきでしょうね。

 アクマリーゼにただ心酔し、自分を駒に出来るのは凄いことですが、それってアクマリーゼが望んだのでしょうか。

 ともあれ常識人の務めとして、エメットはいい方策を考えます。


 「とりあえずアモン様に会うべきっしょ☆」

 「アモン公爵様ですか」

 「ん?」


 善は急げと、三人はアモン公爵の住むご実家を目指します。

 時刻は真夜中、拘置所でぐっすり眠るアクマリーゼを他所よそに、外でも動き出します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る