第15話
戦争の終結後、彼女は帰り道で辺境伯の住んでいる国境沿いの城塞へと訪れていました、が。
「アクマリーゼ様万歳! 勝利の女神様万歳!」
「アクマリーゼ様! 村を守ってくれてありがとうー!」
「バンザーイ! バンザーイ!」
アクマリーゼはちょっと予想外の歓待に驚きました。
何もかも掌の上でコントロールしているっぽくて、実は常にアドリブで臨機応変に立ち回る彼女は、意外と穴があります。
まさか近隣の村々の住民が全員集まっているのではないでしょうか?
「あらあら、もしかして避難していた村の方々?」
「そのようです、皆さん感謝しています」
ハンス商会に命じて、率先して避難させた村の住民たちが、城に集まっているのです。
集めたのは間違いなく辺境伯でしょう。
辺境伯のマジメは正面でアクマリーゼを待っていました。
「アクマリーゼ嬢、いえアクマリーゼ将軍!」
「今まで通りで良いですわ、辺境伯様」
「いやはや、まさか少し前まであんな小さな娘が、戦争で華々しく活躍するとはな」
辺境伯はアクマリーゼにとって、叔父のようなお方、娘同然の子の活躍を見れば、感慨深く泣いてしまいます。
アクマリーゼは安心させるように微笑むと、辺境伯の手を握りました。
「辺境伯様こそ、よくここを保たせてくれました」
「なんのアクマリーゼ様が物資を都合してくれなければとても持たなかったですよ!」
アクマリーゼはこの辺境伯が護る最前線を最も重視していました。
敵は村々を略奪しながら、必ずこの城塞に集結する。
万が一ここが落とされれば、カンチガイ王国から補給線を連結させたまま、強大な前線防塁になるのは間違いありませんでした。
ですからアクマリーゼは出来うる限り、ここに食料と装備を回したのです。
それもポケットマネーで、おかげでアクマリーゼの懐はちょっと火の車でした。
「戦争は金食い虫ですわね、でもなんとかなって良かったですわ」
「アクマリーゼ様は全てを見据えていたのでは?」
辺境伯からすれば此度の戦争、改めてアクマリーゼの慧眼に驚かされるばかりでした。
カンチガイ王国の動きをいち早く察知して、前線に現れた時には鼻の良いお嬢様程度でありましたが、いざ開戦すると、事前に物資を融通し、村々は避難を完了させて、カンチガイ王国に略奪をさせない。
おかげでカンチガイ王国は兵糧の不足に陥り、辺境伯の城塞どころでは無くなったのです。
トドメにアクマリーゼは兵1,000で弱ったカンチガイ王国軍の横っ腹を貫通、あのヤラレヤク将軍を討ったのです。
文字にすれば軍略の鬼才としか形容できないと辺境伯は思います。
「情報は鮮度が命ですからね、後手後手では勝てるものも勝てませんわ」
「いやはや、若い頃のアモン公爵様を思い浮かべますな」
「お父様? お父様の若い頃って?」
「結婚もする前のことです、アモン様もかつては鬼と言われるほどの騎士だったのですよ」
でっぷりお腹で馬にも一人で乗れない父ばかり見ていたアクマリーゼにはピンと来ません。
あるいはそれが老いなのかも知れませんね。
なんにせよ昔のお父様は格好良かったとは、過去はいつだって美しいものです。
「さぁさ、立ち話もなんです、中へどうぞ」
「直ぐに帰るつもりだったのですが、無下にはできませんね」
本当は辺境伯の無事を確認したら国へ帰るつもりでした。
アクマリーゼといえど、親しい仲にある辺境伯が怪我でもされたら気分が優れません。
そういうところ、アクマリーゼ様って良い人なんですよね。
おっと、アクマリーゼに睨まれちゃいましたので、良い人は厳禁で。
「王宮はきっと大騒ぎでしょうな! アッハッハ!」
「きっと辺境伯にも褒賞が出ますわね」
「辺境伯は常に最前線を護るものですからな」
勘違いランキング常にトップと言える爵位といえば辺境伯でしょうね。
如何にも左遷された田舎の職ようなイメージですが、実際には国境警備を主とするバリバリの武闘派貴族ですから。
王の信頼厚くなければ、辺境を任せられる筈もありません。
「アクマリーゼ様ならすぐにでも軍務卿に、いやそもそもならアクマリーゼ様は皇女になるべきお方……だと言うのに皇太子はなにを考えているのやら」
「滅多なことは口にしないものですよ、どこで皇太子派が聞いているかも知れないでしょう?」
二人は無骨な通路を歩きながら、アクマリーゼが諌めます。
辺境伯は顎髭を擦りながら、ハッハッハと大笑いしました。
「ここにはアクマリーゼ派しかいませんよ!」
「アクマリーゼ派? どういう意味ですの?」
「戦争の英雄、勝利の女神、民衆は今や皇室よりもアクマリーゼ様を信望しています、勿論俺もです」
辺境伯の目、アクマリーゼはようやく理解しました。
常々おじさまのような方で、アクマリーゼに優しくしてくれる人でしたが、彼はアクマリーゼを強く心酔しているのです。
アクマリーゼは顎に手を当てると、小さな声で。
「……嫌な予感がしますわ」
アクマリーゼはそう呟くと、不機嫌さを隠し、辺境伯についていきます。
その日彼女は、とても盛大な歓待を受けました。
食事はまるで王様に振る舞うように贅を尽くされ、歌い踊る楽劇団が彼女を楽しませます。
けれどアクマリーゼの心は何故か晴れません。
それは何故か、出過ぎる杭の運命を知っているからです。
オワッテル皇国宮殿では、まさかの早期の勝利に湧いていました。
「ワッハッハ! あぁアクマリーゼ! 早くパパに顔を見せておくれー!」
軍務卿を務めるアモン公爵は、腹を叩いて大笑い。
あのアクマリーゼが鬼気迫る大活躍をしたのです。
今は戦後処理の最中でしたが、既にアクマリーゼの活躍は宮殿にまで届いているようですね。
「流石はアモンの娘よ、鬼の子は鬼であったな、のうウカッツ」
「ハイ、まさかこれほどとは思いませんでしたが」
白い
ウカッツはかつての恋人が今や英雄となったことに、驚きを隠せません。
元々奇人でしたが、思い返せば、学園の成績は常に主席だったのを思い出します。
「環境が彼女には合わなかったのかな?」
生粋の良い人ウカッツは、やっぱりアレの本心を分かっていません。
もしもアクマリーゼの本心が分かれば、運命はもう少し違ったのでしょうか。
ともあれ、称賛の声があれば、影もあるというもの。
細身の老人と筋骨隆々の老人は顔を合わせ、ある話をします。
それぞれダメダ公爵とシラネー公爵です。
「不味いぞアクマリーゼの活躍が過ぎればアモンの力がより増すぞ」
「ううむ、ゆくゆくはウカッツ皇太子が復縁を望む可能性もあるか」
「な、なに!? 皇太子とは我が娘のナンデヤが婚約しているのだぞ!」
コワイ家、ダメダ家、シラネー家の三家は皇国を支える三大公爵ですが、同時にライバルでした。
慣例的にコワイ家が最も権力があり、政治に関わるのはコワイ家派閥が最も多いです。
言ってみれば議席争い、コワイ家が上院で、ダメダとシラネー家が下院といったところでしょうか。
今はそのただでさえコワイ家の権力が強いのに、更に強大化するのを二人は恐れました。
「アクマリーゼは政治は知らぬ」
「何を言う、もう十八ではないか、しかも独身、政治などすぐにでも学ぶぞ」
「悪しき芽は早めに摘まねばな」
ダメダとシラネーの二人は、ドス昏い顔で、殺意を孕んでいます。
アクマリーゼの悪い予感は、着々とその通りになろうとしているのでしょうか。
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