第13話

 アクマリーゼが父より託されたのは騎兵200に、歩兵800。

 合わせて1,000人規模の軍団でした。

 敵の総数十万に比べると、酷く少なく見えますが、アクマリーゼはこれで充分だと思ったようです。


 「装備はこちらから支給しますわ」


 ハンス商会への依頼の一つは、出来るだけ早く装備をかき集めることでした。

 戦争になれば鍛冶屋は大忙し、そこで先立って今ある分をハンス商会から買い取ったのです。

 相場の百分の一に値切ってですが。

 会長さんも、これには血の涙を流したことでしょう。

 勿論鞭で終わらせるほど、アクマリーゼは鬼ではありませんが。


 「アクマリーゼ様、乗馬は」


 付き添いのサフィーは上等な白馬を彼女の前に連れてきました。

 アクマリーゼは白馬の頭を撫でながら、サフィーに言います。


 「問題ありませんわ」


 なんならドラゴンだって、乗って見せしょうか、なんて自自信たっぷりに。

 本当にドラゴンライダーになっても、違和感ないのですから、アクマリーゼの女傑っぷりは凄まじいものです。


 「よっ、と、ウフフ、わたくしの命を預けるのです。光栄思いなさい?」


 トントン、馬の鞍上を叩きながらアクマリーゼは騎乗します。

 彼女は直ぐに軍を進軍させました。


 「アクマリーゼ様、エメット魔法を使えば一瞬では?」

 「いいのいいの、あの娘は学校があるしね」

 「ん」


 軍には世話係としてサフィーとルビアが同行しています。

 エメットだけは国へと残しました。

 まぁ彼女の思惑としては、能ある鷹は爪を隠すつもりのようですが。


 「しかしこのままでは会敵が遅れるのでは?」

 「構いません、サフィー、戦略に口を出すには経験不足よ」

 「ハッ、申し訳ございません」


 戦争経験はアクマリーゼもないのにこの態度、彼女の自信はなんなんでしょうね。

 ともあれ軍を進めて三日後、遂に会敵しました。


 「敵影、三百!」


 騎士の一人が報告します。

 アクマリーゼは特注の望遠鏡で覗くと、がっかりしたように。


 「小粒ですわね、まぁ良い経験にしましょう。騎士兵士各員、土足で故郷を踏み鳴らす蛮族を叩きつぶしなさい!」


 アクマリーゼの号令に、兵士たちから鬨の声があがります。

 先ずは騎兵の突撃、遅れて兵士たちが敵兵に襲いかかります。

 数の差、しかも敵は今飢餓状態でもあります、当然敵兵は直ぐに敗走しました。


 「クスクス、良い音ね」

 「追撃しますか?」

 「野党くずれになっては面倒ですか、投降を促しなさい」


 手近の騎士は直ぐにアクマリーゼの指示を伝達します。

 彼女としてはもっと、手応えがほしかったのですが、少し敵を弱体化しすぎましたね。


 「予想通り飢餓の発生、そしてモラルハザード、もはや軍ではなく野盗かしら」

 「アクマリーゼ様は、一体何を見据みすえているのですか?」


 サフィーはアクマリーゼに馬を近づけ、聞きました。

 アクマリーゼはクスリと微笑むと。


 「悪の帝国、かしら?」


 戦争は彼女が望んだ幸運だと言います。

 本当は戦争じゃなくてもいい、飢饉でも、災害でも、とにかく民衆が救いを求める舞台さえあれば。

 彼女はそのまま、破竹の勢いでカンチガイ王国軍を蹴散らしました。

 正規軍が集結する頃には既に、敵主力は国境沿いまで後退していたのです。

 それを見た味方は、アクマリーゼ軍の掲げる旗を見て勝利の女神と称え、敵は旗を見て、軍神と恐れ慄きました。




 「敵の旗印ヤラレヤク将軍の軍団です」


 名前もよく覚えていない騎士がアクマリーゼにそう伝えました。

 猛将ヤラレヤク、カンチガイ王国を今のような国にしたのは、この男の影響は大きいと言います。

 重厚な鎧を纏い、大きな槍を構えた姿は、見るものを圧倒しました。


 「クスっ、きっと良い音がするわ」

 「は? アクマリーゼ様?」

 「なんでもないわ。攻撃開始、直に正規軍も動くわ」


 自分たちは先行部隊、本来なら偵察任務で充分なのですが、アクマリーゼがそれを望む訳はありません。

 戦争を芸術だと思っている彼女が、この舞台に興奮しない筈がないのです。

 アクマリーゼの軍が前進すると、両軍は激突します。


 「ここを護りきれ! 直本国から援軍はくる!」

 「それはどうかしら?」


 ヤラレヤク将軍の鼓舞は兵士たちを高揚させます。

 ですが、正面から金髪紅目の女性が白馬に跨り、ヤラレヤクの前にまでたどり着きました。

 ヤラレヤクは彼女を見て、一目で気づきます。


 「軍神アクマリーゼか!」

 「軍神だの、勝利女神だの、勝手なことですね」


 正直その称号はどちらもアクマリーゼにとって、意味はありません。

 なにせここまで彼女は後方から見ているだけ、時々指示を出して、兵士たちを働かせているだけなのです。

 利用はしますが、アクマリーゼが求めるのは最初から、このヤラレヤクでした。


 「うおお! 死ねアクマリーゼッ!」


 周囲から当然アクマリーゼを狙う槍が襲いかかりました。

 しかし直後、死の旋風が敵を襲います。


 「アクマリーゼ様に手出しはさせません!」

 「ん」


 二人の使用人がありえない強さで蹴散らすのです。

 アクマリーゼは意図的に乱戦に持ち込み、ヤラレヤクとの一騎打ちの舞台を用意しました。


 「決闘はいかが?」

 「ふん、若いな……随分無茶をする」

 「無茶って若者の特権だと思いませんか? ウフフ」


 アクマリーゼの武器は細身の剣、馬上から振るにはいささかリーチが足りません。

 一方ヤラレヤクの武器は馬上槍、武器の差からヤラレヤクは負けるとは思っていません。


 「女とて容赦はせんぞ!」

 「むしろ全力で!」


 二人は馬を走らせます。

 一合目、ヤラレヤクは裂帛れっぱくを轟かせ、槍を突き出しました。

 馬の突撃とヤラレヤクの豪腕が合わさると、それはドラゴンさえ仕留める一撃となるでしょう。

 普通なら一合で終わり、ヤラレヤクも当然そう考えています。

 ですがアクマリーゼは違います、彼女はヤラレヤクの軍馬に飛び乗っていました。

 何が起きたのか、ヤラレヤクが槍を突き出すと同時に、アクマリーゼ鞍上から跳躍、そしてレイピアをヤラレヤクの首筋に当てたのです。


 「得物で過信しましたね?」

 「ぐっ、殺せ……!」

 「クス、良い音で鳴いてね」


 決闘は一合で決着でした。

 ヤラレヤク将軍の戦死、アクマリーゼはヤラレヤクの首を掲げ、勝利を宣言します。

 頼れる猛将を失った敵はヤバレカバレの戦いに身を投じました。


 「ヤラレヤク様の弔い合戦だー!」

 「うおおおお!」

 「アハハッ! これよ、やっぱり戦争って素晴らしいわ、命の壊れる音って、なんて美しいの!」


 彼女は狂ったように、戦います。

 敵も死にもの狂い、その必死さに、彼女は下腹部を熱く濡らし、逝ってしまいます。

 やがて正規軍は敵陣を包囲、本格的な殲滅戦が開始されます。


 「アクマリーゼ様! 後方へお戻りください!」

 「あら、大丈夫ですわよ」


 騎士の一人が、アクマリーゼを連れ戻そうと駆け寄ってきました。

 血で所々汚れるアクマリーゼはケロンとしていますが、きっと心臓に毛が生えているんでしょうね。


 「アモン公爵が悲しまれます!」

 「お父様……」


 陣の最後方、本営には軍務卿としてアモンが出陣しています。

 父の顔を思い浮かべると、彼女はスンと大人しくなり、騎士に従いました。


 「お父様を悲しませるのは、わたくしの本位ではありませんわ」


 父といえど利用はする。

 それはそれとしてアクマリーゼは父を愛しています。

 父だけではなく、それは母も。

 クレイジーサイコパスな娘でも、親は大切なようです。



 ほどなくして戦争は集結しました。

 糧食の確保も充分に出来ず、略奪の失敗した大軍など烏合の衆、アクマリーゼはそう断じます。

 モラルをなんとか維持していたヤラレヤクの軍でさえ、将を失えば脆いものでした。

 終わってみれば一週間戦争とよばれたこの戦い、アクマリーゼの暗躍はより本格化するのです。

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