第2話 本当の二人

「……リア……セシリ……セシリア……っ!」

「んぅ〜……」


 身体を強く揺すられ、叩かれ、それでも起きないセシリア。

 クロードは耳元で大声で呼ぶ起きる気配を見せないセシリアに、大きく「はぁ」と溜め息をついた。


「いい加減に起きろ、セシリア! どんだけ寝てるんだ!」

「んー……むぅ、あともうちょっと……」

「何を言ってるんだ。お前のあともうちょっとは二時間後だろうが! いいから、さっさと起きろっ」


 ガバリと勢いよくセシリアから布団を剥がすクロード。

 けれど、セシリアも頑なで、布団を剥がれたというのに身を縮めるだけで起きる素振りを見せない。


「セシリア! 結界の見回りを怠って、魔獣が侵入してきたらどうする! さらに面倒なことになって困るのはお前だろう!? いいから早く起きろ!」

「わかってるわよぉ…………すぅすぅ」

「おいこら、また寝るな! 全然わかってないだろ! ほら、さっさと起きて支度を済ませろ! このままでは人前に出られないだろう!?」

「んー、そんなことないから大丈夫ですぅ」

「そんなことあるわ!」


 現在のセシリアの格好と言えば、猫っ毛なのも相まって髪がこんがらがってしまっていてボサボサ。顔はもちろんすっぴんな上に、頬には涎跡をつけて皺くちゃの寝巻きを着た状態。


 誰もが憧れる美しく清廉潔白なイメージの聖女であるセシリアが、こんな状態で人前に出られるわけがなかった。


「んぅ、もー……クロードはしつこいなぁ……」

「しつこくさせてるのは誰だ!」

「じゃあ、クロードがチューしてくれたら起きてあげるー。……ほら、お姫様は目覚めのキスで起きるっていうでしょう?」

「朝からふざけたことを言ってるんじゃない。いい加減に起きないと、俺はもうこれ以上何もしないからな。勝手にもう家を出るぞ」

「え! ちょ、ちょっと待って、それはダメ! ……わかったわよぉ。起きればいいんでしょ、起きれば」


 ようやく身を起こすセシリア。

 その姿は寝起きなせいで目は半開き状態で、誰が見てもだらしなかった。


「ほら。さっさと顔を洗って着替えてこい」

「えー……、クロードがやってくれるんじゃないの?」

「どれだけ甘える気だ。そんなことばかり言っていたら髪の手入れ放棄するぞ」

「……自分でやってくる」


 クロードの脅しに、セシリアは渋々と言った様子で立ち上がっておぼつかない足取りで洗面所に向かう。

 その背を見送りながら、クロードは再び「はぁ」と大きな溜め息をつくのだった。



 ◇



 セシリアが洗面所で顔を洗い、着替えを済ませてリビングへとやってくる。

 けれど、そんなセシリアの姿に、思わずクロードは眉根を寄せた。


「おい、セシリア。その服、昨日着ていたやつじゃないか? やり直し」

「えー。一日着てたくらいじゃ大丈夫でしょ」

「何も大丈夫じゃない。汗かいているだろう。臭い聖女なんて民衆はお断りだぞ」

「そんなことないわよ。私の体臭でみんなメロメ……」


 言いかけたところでクロードからまるで汚物を見るような冷ややかな視線を向けられていることに気づいて、思わず口を噤むセシリア。

 クロードの冷めた目は彼の整った顔も相まって非常に怖い。なのでセシリアもそれ以上抵抗するのをやめた。


「もー、ちょっとした冗談でしょ。わかったわよ。着替えればいいんでしょ、着替えれば」


 そう言いながらその場で脱ごうとするセシリアの頭をスコーンと叩くクロード。

 あまりの痛さにセシリアは頭を押さえながら蹲った。


「いったーい!」

「痛いじゃない! 何でここで着替えようとするんだ。ちゃんと、脱衣所で着替えてこい! それから、服はまとめておいたら洗うから、その辺で適当に脱ぎ散らかすんじゃないぞ」

「うー。わかったわよぉ〜」


 そして、再び渋々といった様子で着替えに行くセシリア。

 今度こそ新しい服に着替えたのを確認すると、クロードはやっとセシリアを食卓の席につかせた。


「いただきまーす! って、うぇ。これピーマン入ってるじゃない」

「こら、口から出すな。街の人達には食材に感謝して好き嫌いせずに何でも食えと言ってるだろうが」

「私はいいの」

「いいわけないだろう。セシリアにはあらかじめ少ない量を取り分けてるんだから、ちゃんと食え」

「クロードの意地悪」

「意地悪で結構。いいから、さっさと食べろ」


 クロードはセシリアに食べるのを促しながら、セシリアの髪を櫛で梳かす。その手つきは慣れたもので、こんがらがっていたはずの髪もみるみるうちに綺麗に解けていっていた。

 そのまま綺麗に櫛で梳かしきると、器用に三つ編みを結び始めるクロード。

 これまたもう慣れたもので、セシリアの髪が綺麗にまとめられていった。


「よし。できたぞ」

「ありがとう、クロード」

「全く。毎回毎回同じことの繰り返しなんだから、いい加減早起きできるように調整しろ」

「そんなこと言ったって。ほら、聖女の力を使うと眠くなっちゃうのよね」


 実際、聖女の力を使用するとその反動で眠くなる。セシリアは特にそれが顕著で、寝ても寝ても寝足りないというほどよく寝ていた。


 のだが、長年一緒にいるクロードにそんなセシリアの言い訳など通用するはずもなく、クロードは一蹴するようにセシリアの言い訳を鼻で笑った。


「はっ! よく言う。確かに聖女の力での疲労もあるかもしれないが、どうせ、借りていた小説が面白かったからと読み漁ったり、昼間にやればいいお守りの作成を後回しにして夜間に作ったり、眠いからと昼寝をしたり夜は眠くないと夜更かししたりと自分に甘い生活を送っているからだろう」


 グサグサグサグサ


 よくもまぁ、こんなに当てるなというくらい図星に刺さりまくって反論できないセシリア。

 実際どれもこれも身に覚えがあり、実は見られてたのかと思うくらい、的確に当てられてぐうの音も出なかった。


「ほら。だから、前々から一緒に暮らそうって言ってるじゃない」

「バカ言え。俺と一緒に住んだら全部俺に丸投げで今以上に自堕落になるだろう」

「それは……そうかもしれないけどぉ」


 朝は起こされ、食事を作ってもらい、洗濯もしてもらっている状態。まさにクロードにおんぶに抱っこである。


 現時点で既にクロードの負担は計り知れないレベルであったが、確かに一緒に住んだらセシリアの甘えがもっと酷くなるだろうというのは誰もが想定できることだった。


「もっとセシリアが自立できるようになったら考えなくもないが、今はできない相談だな」

「クロードのケチ」


 相変わらずつれない態度のクロードに不貞腐れるセシリア。

 けれど、そんなセシリアの対応など慣れたもので、セシリアをあしらうことなどクロードには造作もないことだった。


「俺にそんな悪態ついていいのか? 化粧してやらないぞ」

「え!? 無理無理無理無理! クロードにやってもらわないと私すっごい酷い顔になっちゃう!」

「だったら大人しく言うこと聞いて準備しろ。誰かさんのせいでもうあまり時間がないぞ」

「え、やだ、大変!」


 そう言って、急いで出された食事を完食するセシリア。

 その後、歯を磨いてクロードに化粧してもらうと、すぐさま家を出る。


「おはようございます。聖女様」

「おはようございます。本日もよいお天気ですね。本日も皆様が健やかに暮らせますように」


 外に出ると、そこには誰もがいつも見るセシリア。……清廉潔白でみんなが憧れる美しい聖女の姿があった。

 そして、先程の剣幕はどこへやら。それを澄ました表情で何も言わず、実直そうにそばに仕えているクロードがいた。



 これが、ずぼらな聖女セシリアとお節介焼きな騎士クロードの秘密であった。

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