第7話 勇者、魔王と・・・
「あなた達には、自然治癒力、魔力、筋力がある程度備わっています。それは、仲間が倒れてしまっても一人でも戦えぬく力が必要なため。但し仲間は必要です。攻撃を受け切る――――」
――――――――――――――――――
見慣れない天井。
嗅ぎ覚えのある畳の匂い。
和室で気を失っていたらしい。
心なしか、身体が軽く感じる。
……何を口走っていたんだ、俺は。
この一日で、心を許しすぎた。
——甘えるな。
魔王を倒す。それが俺の使命のはずだ。
どう思う、なぁ——
!!
「この魔力……何だ!?」
即座に身を起こし、魔力の気配のする方角へ身を潜める。
台所には、防音・防臭・存在感を消す結界——侵入者か。
並の者なら、まずこの結界から魔力を感知できない。
だが、俺は違う——。
目と耳に魔力を込め、結界の中を覗く。
黒い影。煙を上げる何かを抱え、刃物を構える暗殺者らしき姿。
こちらを誘うような隙だらけの立ち姿。
——処理班。
頭をよぎる不吉な二文字。
……だが早すぎる。まだ干渉はないはず。
——まだ来るなよ、あの二人は。
——せめて、あの笑顔だけは。
!!
「武器を捨てた……?」
違う。別の武器を持ち替えただけだ。
走りながらミニ聖剣を呼び出し、結界を切り裂く。
焦げ臭い匂いが一気に広がった。
そんなことはどうでもいい。
「……何が、目的だ」
刃を頸動脈に押し当て、顔を見た。
赤髪——
魔王と同じ。魔王と……同じ……。
魔王——!?
焦げた匂いの中に、
シャンプーの甘い香り。
触れた部分がやけに柔らかくて——
「勇者よ……何さらしてんじゃ、馬鹿垂れ」
――――――――――――――――――
見覚えのある天井。
畳の匂いも同じ。
「……夢か……?」
身体が少し重い。掃除疲れか。
「…何も!!!……なかった!!!」
ドン!そんな効果音が自分の中で流れる。
「そんなわけないじゃろ」
「ぬわっ、ま、魔王!? ……夢か」
そっと目を閉じる。
「魔王がここにいるわけない。
うん……夢だ。
いくら欲求不満でも、魔王が立て続けに……いや……」
記憶がフラッシュバックする。
あの髪質、体型、見栄っ張りの仕草。
……ずるい。
そして、あの立派なたわ——
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!! なんか、関節が曲がってはいけない方向に!
結界も……いやこれ、見覚えあるやつじゃん!!」
――――――――――――――――――
見慣れた天井。
すっかり友達になった畳の匂い。
さらに身体が重くなった気がした。
身体に異常があった時に治った反動……それに近い感覚だ。
とりあえず、落ち着こう。
「夢……なはず……まさか魔王が」
「目覚めたか、勇者よ」
その声に、条件反射のように身体を起こす。
「魔王!? 無事か!? 台所に、侵入者が――――!?」
……結界を感じる。
台所一帯を覆う、強力な気配。
「……魔王、気づいているか? 結界だ。相当手慣れの……」
そう言っても、魔王はこちらを見ようともしない。
視線は逸らされ、何かを隠している気配すらある。
「おそらく、狙いは俺だ。結界は俺が破る。破った後は――」
「待て、勇者」
魔王がため息をついた。
結界の気配がスッ……と霧散していく。
「台所で、わしが朝餉を作ろうとしただけじゃ」
「…………」
拍子抜け、という言葉がこれほど似合う瞬間もないだろう。
「えっ……この結界、魔王が?」
「料理の匂いが充満するのが嫌でな。ついでに騒がしいおぬしを起こさんよう、防音と遮断をかけておったのじゃ」
魔王が少しだけバツの悪そうな表情を浮かべる。
頬がほんのり赤い。
「侵入者かだと思って、飛び込んだのは、夢じゃなくて……」
「飛び込んでこられたら鍋もろとも吹っ飛んだじゃぞ!!」
俺は肩の力を抜き、大きく息を吐いた。
なんだよ、心配して損した。
「……朝飯、俺も手伝うよ」
「いらぬ!」
「魔王様、あの黒い物体では凛が泣いちゃいます」
「あれはまだ、試作段階じゃ」
「それに、凛の笑顔見たいじゃありませんか」
「勇者……!」
「俺は、見守るだけですよ。作るのは魔王一人のみですよ」
こうして、俺の……魔王朝ごはん作戦が始まった。
勇者、家政夫になる @belue
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